差塩と趣味の世界

故郷 福島差塩の想い出と徒然なる盆栽奮闘記

霊峰富士 №X

2024年11月30日 | うんちく・小ネタ

 空気が澄んで眺望が出来る今朝、街の外れから見える霊峰富士を撮ってみる。5合目までであろうかすっかり新雪を纏っていた。いつものことながらその神々しさに心惹かれる。左に瘤のように見えるのは、仲間と登った江戸時代に噴火した宝永山である。皆元気だったが、あれは70年代だったかな、、、。

 さて、今日は町内会の親睦行事、「紅葉を愛でる会」である。市立狭山緑地などを散策し、森の中に佇む食事処で野趣豊かな料理を愉しむという。ややもすると疎遠になりがちな今日の地域社会、こうした催しがますます大事になるのではないだろうか。企画した役員の方々に感謝・感謝である。

 

 


冴える月

2024年11月29日 | うんちく・小ネタ

 防寒対策をしっかりして我がルーティンの一つ、早朝散歩に今朝も出かける。凜とした中で心も引き締まるような感覚となる。天上を見上げれば有明月、その鋭角が一層さむざむさを感じさせるように見えてくる。

 ところで、日課としてしばらくは10,000歩を課していたが、この春から齢を考え7,000歩する。この日課も朝夕に分け実施しているのであるが、今朝は4,000歩だった。「年寄りの冷や水」この日課が果たして妥当なのか、いや「年寄りの冷や水」なのかと、冴える月を暫し眺めて想う爺である。

 今日は母の命日、70数年前の別れの日、、、、。


朝日に輝く紅葉

2024年11月28日 | うんちく・小ネタ

 気温5度、無風、一点の曇りもない快晴の清々しい朝を迎える。我がブログに今頃、恒例のようにアップするイナバシダレモミジを撮ってみる。

 画像ではそうでもないが目には輝くような紅色である。池に這わせたので水面に映る姿はより鮮やかに見える。金魚たちも鑑賞しているかな、、?

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 昨日、学友K君と久しぶりに電話する。高齢による聴力の衰えのためか話がかみ合わない。話好きな彼の面影は既にない。やむなく息子さんに真意を伝えて電話を切る。空しさだけが、、。頑張って欲しい友よ、、、、。


ウルシ被れ、、、

2024年11月27日 | うんちく・小ネタ

 市の財政上のこともあろうか、近くの公園の管理もあまり行き届かなかった。先日、業者が入りさらっとすませたが、いまいちである。それにウルシの木は手つかずである。この木は触れると被れるという厄介な樹木なので、改めて人を介して要望することにした。

 そのためもあってか、昨日改めて業者が入り作業してくれたのだが、今朝行って観るとウルシの下枝を剪定しただけだった。これでは、また幹周りから芽吹き出し繁茂するだろうに、、(プロの業者は知らないはずがない)、。公園に馴染まないウルシなどは根元から伐採してして欲しかった。子ども達の遊び場でもあるのだから、、、

 業者任せでだけでは、NO!!なのだ。 公園のマネジメントプランナーは何処に、、、、。


実生の山ザクラ紅葉す

2024年11月26日 | うんちく・小ネタ

 平成16年自治会長当時、自治会集会場となりの公園の一隅に山ザクラの種(小さなサクランボ)を蒔いてみた。それがすくすくと成長し4㍍ほどになって、今年もアップしたように見事な紅葉を楽しませてくれている。

 この木は、幼苗のころ雑一緒に一緒に刈り込まれないように支え棒を添えて見守ってきた記念樹的存在である。梅も役員の数だけ蒔いたが、これも大きくなって実を付けるようになっている。数本は刈り込められてしまったが、、、。


見事な紅葉・級友(旧友)からの℡

2024年11月25日 | うんちく・小ネタ

 庭のモミジたちも紅葉も終盤に掛かり愛でるほどの美はない。今日アップしたのは、お隣のモミジである。場所が場所だけに剪定することもなく自然の木そのままであるためか紅葉も見事である。あるがままなのが一番なのかもしれないな、、、。

 昨日は、久しぶりに学友のひとりM氏から電話があり、暫し久闊を叙し心和む一時であった。70年来の学友も、ひとりまた一人と旅立ち人の世の理とはいえ寂寥感の忍び寄るときもあり、こうした会話は貴重なのである。感謝、感謝である。

 どこかで読んだ文の1節に「齢を重ねると言うことは、孤独の道へと進む、、、」というようことが記してあったが、ますます友の有り難みを感じるこのごろである。互いに健康にこれまで以上に留意し、こうした繋がりを大切にしていこう。


欅の黄葉

2024年11月24日 | うんちく・小ネタ

    ミニ盆栽たちの植え替えをそろそろしなければならないと言うことで、今日はその作業をしている。アップしたのは黄葉始めた欅の木である。鉢が適当なものがなかったのであり合わせの鉢に植えていたが、しっくりこないのでやや深めの鉢に植え替えてみたのである。

 ミニで育てている老爺柿もすっかり葉を落としたので、これも植え替えしてあげよう。小品として愉しむためには鉢にとのバランスも大事である。さてさてこの木はどうしたものか、、、。

 小春日のような日差しの元でこうしたちまちました作業もまた爺のとっては、至福の時間なのである。

 

 

 


咲かない花キリン

2024年11月23日 | うんちく・小ネタ

 求めたときは良く咲いてくれた花キリン、このところアップしたように葉は元気ですくすく伸ばし繁るばかりで咲いてくれない。室内ではあるが、陽当たりも良く環境的には恵まれ、肥料もあたえ、水遣りも欠くことなく与えているのだが、、、。過保護にしたためであろうか。

 恵まれた環境の中では、生を謳歌し子孫を残そうなどとと想わないなどと言われるが、植物の中でも当てはまることがあると言いう。厳しい環境の中では、必死に子孫を残そうと種をつけると言うから、アップした花キリンも少しほったらかししてみようか。そのことによって花を咲かせ種も出来るかもしれないか。これまで種など見たこともない。


セッコクランの種

2024年11月22日 | うんちく・小ネタ

 フーランとセッコクランを檜の木株に着生させ愉しんでいるが、今年もセッコクランの種が生っている。発芽させてみようと調べてみると、この種、蒔いてから花とつけるまで10数年かかるという。こんなに掛かるのでは、寿命との競争か、、、

 ところで受粉がうまくいき種をつけるには媒介するものがいるのであるが、花に留まっている虫を見たことがない。これも調べてみると夜間に訪れる蛾という。あの仄かな香りは蛾を呼ぶためであった。徒に芳香を放っているわけではないのか、、、。納得、納得、納得、納得、、、。


ジャンボ化したデンドロヒューム

2024年11月21日 | うんちく・小ネタ

 昨日は、元気のないコチョウランを取り上げたが、今日はその真逆の元気いっぱいのデンドロヒュームを撮ってみた。石斛や小振りのデンドロヒューム、そしてカトレアなどランの仲間を着生させた木株であるが、その中のデンドロヒューム株の中で一際大きく伸びてきた一本がある。アップしたようにひとりバランスを崩したようにジャンボ化しているのである。

 よほどこの木株が気に入っているのであろうか。有機、無機を問わず肥料はたいしたものは与えていないが、時々池の水を浴びさせているだけである。天然の液肥ということか。大きい太い幹なので花をつけたら見事なものになるであろう。今から愉しみにしている。木株に着生させた中では、バランスが保てないが、、、、。見事に咲いたらアップしてあげよう。