『恋人たち』
恋人たちは頬を寄せあい、キスをする。愛の始まりは胸がときめく・・・お互い相手の全てを知っているわけではなく未確認である。
男女の頭部は白い布で覆われている、恋は盲目を象徴しているともいえるこの光景。見つめ合う眼差しも頬を寄せる触覚も働かない断絶、無謀な白布。
知らないゆえの魅惑、好奇心。
実体は後から知らされるかもしれないが、恋人という未知の時代には不可解な領域が大きい。
本能的な男女の結びつき、どんなに身体を近づけても相手の真意までは見抜けない。不確定な要素に満ちた危険な関係ともいえる。
被せられた白布はいずれ時の経過とともに薄皮を剥ぐように正体を露見させるに違いない。
しかし、見えないがための魅惑というもは、むしろ見えてしまう現実よりも想像力を掻き立て精神を高揚させる。男女はそれぞれの夢想で相手を抽象化した幻影を引き寄せるのである。
夢想と現実・・・。
この白布の中には、それぞれの人生の情報が隠ぺいされている。
《恋人たち、それは無謀な試みである》というマグリット一流の皮肉が垣間見える。
(写真は国立新美術館『マグリット』展・図録より)