続・浜田節子の記録

書いておくべきことをひたすら書いていく小さなわたしの記録。

マグリット『火の時代』

2016-05-25 07:00:15 | 美術ノート

 『火の時代』
 インディアン(ネイティブ・アメリカン)の横向きの姿は全体が赤く、右手からは炎のような不定形な立ち上りがあり、左手のひらは白い。両の手とも背景の土(あるいは岩)が赤い縁取りで部分的に見える。
 暗赤の雲、土色の空、湖面(あるいは海面)そして岩礁(陸地)の景である。

 これらの条件をもって『火の時代』と称している。
 立ち上る赤いものは確かに火のように見えるが、単に赤い板状にも見える。つまり全体が動いていない、停止状態に見えるのである。

 右手に持っている赤いものから垣間見える白いものは球体のようであり、それは《真理》を暗示しているのではないか。火に包まれた真理が変形し、炎と共に空中に消えていく。あるいは真理は常に人と共にあるということだろうか。

 火と水、そして空気と土が画面を支配している。インディアンは古代の人の象徴としての暗示であれば、火を使用し始めた原初を指している。〈それぞれの地域でそれぞれの事象(火山活動・落雷・太陽熱etc)により発生・発見〉

 遡ること200万年ほど前から…生活の基本である『火』の使用は生命の生死を左右する根源的な要素である。そしてそれは現代においても変わることのない普遍性を持っている。

 『火の時代』それは『人類の時代』に等しい。
 火の持つ神秘、それは人類の要であり、不可欠な祈りの象徴でもある。

 わたしたちは、原初の昔から現今、そして未来に至るまでの長きを火に寄り添い生き続けるに違いない。
 『火の時代』それは宇宙滅亡のずっと遥か彼方からの眺望である。(その眺望からすれば、インディアンも現代人も差異がなくイメージ化された一枚に集約されてしまう)
 時代の凝縮、マグリットの眼差しはずっと、ずっと向こうに視点をおき、こちらを夢想している。


(写真は国立新美術館『マグリット』展・図録より)


『銀河鉄道の夜』321。

2016-05-25 06:26:49 | 宮沢賢治

その林のまん中に高い高い三角標が立って、森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも云へずきれいな音いろが、とけるやうに浸みるやうに風につれて流れて来るのでした。


☆倫(人の行うべき道)の誅(罪を責め咎める)考えの講(はなし)は散(バラバラ)に隔てて表し留め、真の誅(罪を責め咎める)果(結末)を運(めぐらせrこと)を、隠して申べている。
 普く縷(連なる糸)の記である。


『城』2326。

2016-05-25 06:00:28 | カフカ覚書

文面は、おそろしく下品な表現がしてあって、わたしは、それまでにこんな言葉を耳にしたこともなく、前後関係からこういうことなのだろうと半分ぐらい推量するのが、関の山でした。


☆書き物は涙にくれるような表現であり、決して聞いたこともないものでした。ですから、つながりを単に半分ほど推量しただけでした。