続・浜田節子の記録

書いておくべきことをひたすら書いていく小さなわたしの記録。

『飯島晴子』(私的解釈)秋草に。

2021-08-24 07:36:40 | 飯島晴子

   秋草に日光走る脂首

 秋草はシュウ・ソウと読んで、修、草。
 日光走るはジツ・コウ・ソウと読んで、実、構、想。
 脂首はシ・シュと読んで、旨、趣。
☆修(おさめた)草(下書き)の実(内容)の構想は旨趣(心の中の考え)である。

 秋草はシュウ・ソウと読んで、師友、相。
 日光走るはジツ・コウ・ソウと読んで、実、恒、創。
 脂首はシ・シュと読んで、紙、須。
☆師友の相(有様)は実に恒(何時も変わらず)創(はじめるための)紙を須(必要としている/持っている)。

 秋草はシュウ・ソウと読んで、衆、嗾。
 日光走るはジツ・コウ・ソウと読んで、昵、興、想。
 脂首はシ・シュと読んで、試、趣。
☆衆(大勢の人)を嗾(けしかける)ために昵(近づく)。
 興(面白味のある)想(考え)を試す趣(ねらい)がある。


『飯島晴子』(私的解釈)秋の芽や。

2021-08-24 07:05:12 | 飯島晴子

   秋の芽や男の眠る山の径

 秋の芽はシュウ・ガと読んで、襲、蛾。
 男の眠るはナン・ミンと読んで、難、民。
 山の径はセン・ケイと読んで、戦、警。
☆襲う蛾は難(わざわい)である。民(人)は戦(おののき)警(用心する)。

 秋の芽はシュウ・ガと読んで、集、賀。
 男の眠るはダン・ミンと読んで、団、民。
 山の径はセン・ケイと読んで、千、警。
☆集まって賀(祝う)団(ひとまとまり)の民(人々)に、千(たくさん)の警(守り/警備)がある。

 秋の芽はシュウ・ガと読んで、集、餓。
 男の眠るはナン・ミンと読んで、難、民。
 山の径はサン・ケイと読んで、惨、景。
☆集まる餓(飢えた)難民、惨めな景である。


D『泉』2。

2021-08-24 06:37:38 | 美術ノート

 『泉』と題した小便器、女性は使用しない、というか出来ない。身体の構造に差異があるからである。『L.H.O.O.Q』ではモナリザに髭をつけただけで男女の差異を失くしたが、唯一、性器では男女の相違が明らかになる。

 この差は? 決定的な身体の仕組みの相違を否定できない。
 確かに男と女には区別がある。染色体、たった一つのDNA塩基の違い、男(XY)女(XX)。このことが、あるいはこんなことで、男女の差異が決定づけられてしまう。Xジェンダー、sex and gender、ジェンダーレス・・・心の性別。

『泉』はこの問題を秘かに投げかけている。


『セロ弾きのゴーシュ』13。

2021-08-24 06:14:54 | 宮沢賢治

第三夜…狸の子。

「だってぼくのお父さんがね、ゴーシュさんはとてもいゝ人でこはくないから行って習へと云ったよ。」

 狸の子のお父さんは木星、Jupiter/ローマ神話では天地を支配する大神で雷電を武器として投げつける。ギリシャ神話ではZeus。

 確かにね、ゴーシュ(地球の精神)さんは狸のお父さん(木星)を大神/Jupiterと崇めたのだから(とてもいゝ人)のはず。

「ぼくは小太鼓の係りでねぇ。セロに合わせてもらって来いと云はれたんだ」
 木星(雷)の子、雷さまは太鼓をたたくのは定番。