『エルシノア』
平原に唐突に緑の森が現れる、巨大であり深いが一枚の薄い平面状である。焦点は地平線にも樹々にも樹の上方にも…つまり全体を真正面から見ている。しかも木々の上は建屋の形がくっきり刻まれ街の態である。
物理的根拠をすべて外し得たという光景は、何を意味しているのだろう。概念の通用しない世界の形成。徹底的に存在の条理を否定し、さもありなんという共通項を残している。
平原に然り、林立する樹木、背景の薄雲のかかった空・・・しかしどこかおかしい、総てに奥行きがあると見せかけてベタ(平面状)なのである。世界の在り様の不条理をこの画に暗示している。
絶対に!こうではないという光景を意図的に描き出している。
世界の不在(空虚)を、硬質の薄っぺらい板状の盾で表示する企てである。
一見すると緑豊か。しかし、緑(濃淡)でしかなく不気味である。木々の在り様も総てが直立は不自然だし、葉の密集に枝の欠如はあり得ない。
あり得ない光景を現出させた意図はなんだろう。
この画の中に鑑賞者は入りこめない、入口も出口もない異世界。絵(世界)の前で立ち往生し、禁断の門の構築を再認識せざるを得ない。とにかく誰も入れない、入れない、禁断の境界である。マグリットの強固な意志の表明である。
写真は『マグリット展』図録より