続・浜田節子の記録

書いておくべきことをひたすら書いていく小さなわたしの記録。

R.M『炎の帰還』

2020-11-18 06:36:44 | 美術ノート

   『炎の帰還』

 一輪のバラを持ち頬杖をついた山高帽の男が街を俯瞰している。
 地も空も赤く染まっているが情熱の赤というよりも怒涛の憤怒、大いなる否定のために再来したと言う感じである。
「違う!」と男は全身で主張している。男は巨体をもって街(社会)に表れたが、決して踏みつぶそうなどとはしていない。黒いスーツ姿ではあるが、軽く、重さのない幽体である。

 帰還、以前確かにこの場所に存在していたのだけれど、今再び炎をもってこの場所に帰ってきた男、マスクで隠された正体は明確ではない。炎、焼き尽くそうというのだろうか、否、「全否定」で燃えている。
 しかし、ロマンを持ち、正装であり、頬杖をついた達観の姿である。

 悪(混乱)へのあくなき挑戦、正義だろうか。
 街(秩序)を俯瞰している、観念、常識への失笑だろうか。
 巨きなエネルギーを携えて、変革を狙っているのだろうか。

 答えなき『炎の帰還』、熱く語ろうとしている内実は推し量れない。
 しかし、大いなる活性、莫大なるエネルギーを以て街(社会)を俯瞰し、沈思黙考、前を見つめている。
「進め、突き破るのだ」彼は静かに微笑んでいる。


 写真は『マグリット』展・図録より


『飯島晴子』(私的解釈)家にゐる。

2020-11-17 07:32:30 | 飯島晴子

   家にゐる父匂ひなく麦乾く

 働き盛りであるはずの父が家に臥している。匂い(気配や風情)もなく、麦乾く(最終段階)に入っている。過酷な胸つまる慟哭のシーンである。

 家にゐる(家居)はカ・キョと読んで、夏・去。
 父匂ひなく(父匂無)はフ・ニオ・ムと読んで、普、匂、無。
 麦乾くはバク・カンと読んで、莫、感。
☆夏が去り、普く匂い(気配)無く、莫(空しく寂しい)感じである。

 家にゐる(家居)はカ・キョと読んで、苛、嘘。
 父匂ひなく(父匂無)はフ・ニオウ・ムと読んで、怖、仁王、務。
 麦乾くはバク・カンと読んで、縛、監。
☆苛(むごい)噓を怖れる。
 仁王さまの務めである縛(罪人をしばる)監(見はり)がある。


『飯島晴子』(私的解釈)やっと死ぬ。

2020-11-17 07:17:40 | 飯島晴子

   やつと死ぬ晩夏の梅林

 夏も終わりになって、ようやく生気が無くなった梅林である。辛うじて(やっと)再びの春に向けての準備に入ったかもしれない。

 死ぬはシと読んで、詞。
 晩夏はバン・カと読んで、番、仮。
 梅林はバイ・リンと読んで、媒、輪。
☆詞(言葉)の番(組み合わせ)を仮に媒(仲立ち)とし、輪(順番に回す)。

 死ぬはシと読んで、視。
 晩夏はバン・カと読んで、万、禍。
 梅林はバイ・リンと読んで、黴、霖。
☆視(よく見ると)万(なんとも)禍(災い)である。
 黴(かびている)霖(長雨)。


『飯島晴子』(私的解釈)春の航。

2020-11-17 06:56:54 | 飯島晴子

   春の航わが紅唇を怖ぢにけり

 春、船で水上を渉るのは、何かあったらと思うと生きた心地がしない、春の水はまだあまりにも冷たいはずだから。

 春の航はシュン・コウと読んで、悛、交。
 わが紅唇(我紅唇)はガ・ク・シンと読んで、俄、苦、震。
 怖ぢにけりはフと読んで、腑。
☆悛(過ちを正す)交(交際)の俄(にわかな)苦しみ、震(ふるえおののく)腑(心の中)である。

 春の航はシュン・コウと読んで、俊、巧。
 わが紅唇(我紅唇)はガ・ク・シンと読んで、画・苦・新。
 怖ぢにけりはフと読んで、風。
☆俊(優れている人)の巧みに描く句は、新しい風(趣・傾向)がある。


『城』3538。

2020-11-17 06:30:37 | カフカ覚書

こうしてたえず幻滅ばかりしているために、疲れはててしまいました。自分にできるだけの仕事もできずに終わってしまったのも、もしかしたら、そのためだったかもしれません。わたしは、ちょっとでも暇ができると、二階の廊下のところに駈けあがり(従業員がここに立ち入ることは、かたく近似られていたのですが)、壁のくぼみに身をぴたりと押しつけて待っていました。。


☆こうして尽きない幻滅に非常に疲れてしまいました。彼の策略、すこしのチャンスがあっても(従業員は外への道は固く禁じられている)壁の亀裂に来世の苦悩が待っていました。


『飯島晴子』(私的解釈)なぜかしら。

2020-11-16 07:03:23 | 飯島晴子

   なぜかしら好きになれない金魚かな

 金の魚である観賞魚、♪赤いべべ着た可愛い金魚~♪ でも、なぜかしら好きになれないのは、囲いの中で華美を誇示する哀れが胸を締めつけるからかもしれない。

 なぜかしら(何故)はカ・コと読んで、化、個。
 好きはコウと読んで、恒。
 金魚はコン・ギョと読んで、渾、語。
☆化(形、性質を変えて別のものになる)個(一つ一つ)がある。
 恒(つね)に、渾(いろんなものが一つに融け合っている)語がある。

 なぜかしら(何故)はカ・コと読んで、果、怙。
 好きはコウと読んで、講。 
 金魚はクン・ゴと読んで、訓、語。
☆果(結末)を怙(たのむ)講(話)である。
 訓(字句を解釈する)語(言葉)がある。


R.M『応用弁証法』②

2020-11-16 06:34:08 | 美術ノート

 二枚の対になった画面は、いわば往復の図である。この画のフレームは何かアルバムのような式であり、遠い昔の記録として掲げられている感じである。

 正否、勝敗、期待と憔悴・・・この二枚は時間的にどちらが先行しているというのではなく、繰り返される事象である。
 背反、たがいに背き相容れない時空は実はつながっている。敵対するものは勝敗を分け、勝利は土地や富を得、敗退は焦土と化すが必ずしも永遠ではない。

 地球を空から見たら国境は見えないというフレーズのとおり、小さな星の争奪戦にすぎない。
 有機の存在である人類の欲望、単に物質の進化途上にすぎないと考えれば、宇宙誕生の原理である反物質に結びつき、いつの日か消滅、霧消の時代を迎えるかもしれない。

 しかし人類はそれでもなお闘いを止めず、過去にも未来にもこの構図は通用するのである。『応用弁証法』は宿命の構図である。


 写真は『マグリット』展・図録より


『城』3537。

2020-11-16 06:22:28 | カフカ覚書

〈いまこそ降りていらっしゃるにちがいない〉と、わたしは考え、まさしく期待からくる不安と、彼がここにはいってこられたらいの一番にお姿を見たいという願望からたえずそわそわ走りまわっていました。


☆今にクラムは来るだろうと、いつまでもずっと考え、予期する不安とともに、まず直ぐにここに出現するところを見たいと思ったのです。


『飯島晴子』(私的解釈)凍蝶を。

2020-11-15 06:13:59 | 飯島晴子

   凍蝶を現(うつつ)に見たる伊良古かな

 詩人、伊良子清白ならば、凍蝶を現実に見て、死であると決定づけるに違いない。凍蝶の生死は見分けがつかないほど色形に変化なく美しい。(まるで生きているようだと感じてしまう)

 凍蝶はトウ・チョウと読んで、謄、帳。
 現(うつつ)に見たるはゲン・ケンと読んで、言、兼。
 伊良子はイ・リョウ・シと読んで、異、両、旨。
☆謄(書き写す)帳(ノート)の言(言葉)には、兼ねた異(別)の両(二つ)の旨(考え)がある。

 凍蝶はトウ・チョウと読んで、悼、弔。
 現(うつつ)に見たるはゲン・ゴンと読んで、厳、言。
 伊良子はイ・リョウ・シと読んで、遺、寥、思。
☆悼(死をいたみ)弔(とむらう)厳(おごそかな)言(言葉)には、遺(取り残された)寥(寂しい)思いがある。