家の作りやうは、夏をむねとすべし。冬は、いかなる所にも住まる。暑き比わろき住居は、堪へ難き事なり。深き水は、涼しげなし。浅くて流れたる、遥かに涼し。細かなる物を見るに、遣戸は、蔀の間よりも明し。天井の高きは、冬寒く、燈暗し。造作は、用なき所を作りたる、見るも面白く、万の用にも立ちてよしとぞ、人の定め合ひ侍りし
京都の冬も結構寒いと思うんだが、まあ火に当たっていればなんとかなるのに対して、夏はいまみたいな科学の力が全くないので、大変だったろうと思うのである。この前テレビやってたが、エアコンのない状態では、やっぱり人間は30そこそこで死に向かうように出来ているみたいである。
深い水は涼感がないというのも、まあそうかもしれない。
ただし、よくわからんが、兼好法師の言っていることは、もう暇になった人間の言う事みたいな感じがある。方丈記の人の方がまだやる気があった。彼の方丈は、コンパクト書斎みたいなものだったからだ。
その後、約十五、六年の間、私は書斎などということを全部忘却してでもいるようにして暮らしているのです。つまり、生活の土台が安定していないからで、出来るならどんなところにいても自分の思うような仕事が出来ればいいなぞとただ不精な考え方をしているのです。
由来、日本の社会様式や家の構造は、人間になるべく仕事をさせないように故意に出来ているといっても過言ではありません。殊に少しく実の入った精神的な仕事をしようなどと柄にもない心掛けを起こしたら、まったくいても立ってもいられないようになるに相違ありません。
――辻潤「書斎」
10年以上前、ゼミ生と、梅崎春生は家族の騒音のなかで原稿を書いていたらしいと話し合ったが――、彼は蜆の呟きまで聞こえてしまう人であって、逆に、人間のだす騒音など、戦地の騒音みたいなものだったのかもしれない。あるいは、酔っていて気にならなかったのであろうか。対して、上の文章の結論は自分は方丈時代の人なんでと言って、否定しているが、――辻潤みたいなひとはあんがい書斎を持ちたがっているのではなかろうか。彼の文章を読んでいると確かにそんな気がする。彼の訳したシュティルナーは無の上に自分を置くけれども、あれは書斎を打ち立てるようなものである。