花好き・旅好き80代北国女性の日記(ブログ開設18年目)

趣味はガーデニングと家庭菜園、外国旅行だが、新型コロナ禍と膝の不調、円安が重なり、今は外国行きは見合わせている。

「スリランカ」旅行(7)

2013年04月05日 | 海外旅行「南アジアⅡ」スリランカ・ネパール

≪いにしえの都「ポロンナルワ」①≫

「シーギリヤ」から下山後、再度75kmの道のりを「ポロンナルワ」に戻り、世界遺産の古都の寺院や石仏を夕方まで観光した。

ガイドブックによると「ポロンナルワ」は10世紀末から11世紀に、インドのチョーラ王朝が大軍を送り込み、シンハラ王朝の首都「アヌラーダプラ」を征服したため、シンハラ王朝は首都を「ポロンナルワ」に移し、灌漑設備の修復、仏教の普及に力を注いだという。
その結果、「ポロンナルワ」は仏教の聖域となり、タイヤビルマから訪れる僧が多くいたそうだ。

しかしインドのチョーラ王朝は、「ポロンナルワ」にも攻め込んだため、13世紀にはシンハラ王朝は島の中心部に後退した。
「ポロンナルワ」は次第に衰退してジャングルの中に埋もれて行く事になったという。

英国の植民地になっていた1900年以降発掘されてようやく様々な遺跡が日の目を見ることになったらしい。

私達は遺跡群がある「クワドラングル」(四辺形の意)を見学した。

①遺跡「ワタダーゲ」 
遺跡の入り口には「ムーンストーン」と呼ばれる象が彫られた半円形の石が置かれていた。この石の前で靴を脱ぎ、裸足で中に入るのだ。中心の坐像は「ダーガバ」だという。

   

 

②遺跡「ハタダーゲ」
12世紀に建てられた仏歯寺院である。中に碑文が残されているという。

 

③遺跡「トゥーパーラーマ」
天井が高く、小さな天窓しかない真っ暗な寺院だった。中に置かれている数体の仏像は砂金で造られているため、ろうそくの明かりや朝夕天窓から差し込む僅かな光で、キラキラと輝きを放つ様になっていた。



④「ガルポタ」
9m×1.5mの本の形をした遺跡だ。インドの侵略者の事、周囲の小国との関係、これを造らせた王への賛辞が刻まれている。

⑤寺院「ランカティラカ」
高さ17.5m、奥行き52m、幅18mもある大きな建物で、13世紀に建てられた。奥中央に頭のない巨大な仏像があり、シマリスが駆けずり回っていた。



他にも長い間ジャングルに埋もれていたといういくつかの遺跡があったが、割愛する。
ここには猿が沢山いて、私達を和ませてくれた。下の写真は、小猿を抱いたメスの所に近くにいた雄猿がにじり寄って来て、メスにアタックし出した所だ。

また、道路の修復工事をしている人たちの大半がスカートを穿いた中高年の女性だったことにも驚いた。現地ガイドに聞くと、日給制で700~800円位だと言っていた。



コメント (2)
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