舘野晴彦(ゲーテ編集長)との対談
ヘルマン・ヘッセ「赤いブナの木」が大好きで、何とか曲を付けて表現できないかと考えていた少年時代。
小学校の頃に、大人たちにかましてやろうと言葉を探して図書館に通い詰めて図書館の本を読み漁っていた時代
ミュージシャンになる気はなかった
広告代理店に就職した1978年22歳 取材先の米国西海岸でDJに言われた言葉。
自分ではソングライティングしてないんだろう?
どうして今その時代で書いた曲を年を取ってから歌うことができるのか?
今書いた曲を歌おう
1980年24歳 アンジェリーナでデビュー、ガラスのジェネレーション
最初は全然ダメでした。100位にも入ってなかった。ライヴ会場では熱狂的な10代が聴いてくれる。いつかヒットするだろうって思ってました。しかし、アルバム3枚目くらいになると、レコード会社との関係がどうなるかなって。さすがにレコード会社の人たちにも喜んでもらいたいと思ってました。
1981年
SOMEDAY
これが大ヒットでしたよね。
はい。
商業的にどうやったら曲が売れるかは昔も今も全然わからない。
時々の自分に正直に自分が楽しめる音楽を作れば、いつか良い聴き手が僕の音楽を発見してくれると思っています。
変な自信はありましたね。多くの人が気に行ってくれるんじゃないかって。
年齢を経てどうですか?
自分が歌う中でテーマにしている中で大事なテーマは人間はどうやって成熟していくのか?
当時は10代、自分も20代最初のころですから、それがどうなって聴いてるかな?って
成長することってどういうこと?って
大人になった彼・彼女はどこでどんな風になっているんだろうってことを想像して詩を書くことがありますね。
1983年27歳NYで生活
ヒップホップブーム。VISITORS
ふっとした瞬間に思い浮かんでメモをとる。最初のインスピレーションです。3か月、4か月経ってそのメモを見て、まだピンとくるようだったら、それを1曲にしていく。日々どんな時もこれは曲の題材にならないか、街に出て人々をみて、あの人はどんな人生でどんなことを考えているのか、日々日常の中で浮かんでくる。泳ぎが好きで、心も体も空っぽになるんですね。するとそこにすっと入ってくる。泳いでいるうちに思い浮かぶと、紙ナプキンに書いて、また泳いだり。安心してまた泳いで、どんなことを書いているか見たら水で滲んで読めないし、もう思い出せない。その時がとても損した気がする。
最近のJPOPは単純な詩だと思う
日本のポップ音楽の詩は「叙情的」ですよね。小説の世界では私小説が多い。それは世界的にはまれな表現ですね。
僕は叙事的な表現、スローリーが好き。個人的な好き、感情ではなく、
僕の自分で書いた曲がその時代にフィットしている。そういう曲を作りたい。
心に結び目ができちゃったものをほどいたり、
その時代時代のストーリーを紡ぎたい。
人びとがどんな曲を望んでいるか、人々がどのようなことを考えるかステージに立てば何となくわかる。全国にロードに出ると、彼らがどんなことを歌ってほしいかがわかる気がするんですよね。その感覚を大事にしています。
今年7月22日 BLOOD MOON
バイ・ザ・シーのプロモ
常に新しい時代を見ている。世の中の不条理を歌っておられて
これはロックン・ロールでしかできない表現を追求してみました。日常のネガティヴな言葉はそれだけでしかありませんが、ロックン・ロールの場合は、その言葉にリズムや音が重なるとネガティヴなものだけではないと思います。ポップ音楽を楽しんでくれる時にネガティヴなイメージというのは、良いのかなっていうのは僕の中にはまた別のところにありますが、でも敢えて、僕はネガティヴな詩がロックン・ロールを通してポップ音楽として表現する。それを試してみたかった。
アートは現実を凌駕して乗り越えることができるのか。
自分のアートでもって現実をどう凌駕していくのかって。無駄であっても自分で表現していきたい。
しかし、大変ですね。沢山、やりきれないことがあって、嫌になったりしませんか?
意外とタフですね。ナイーブなんか気取ってなんかいないぜって感じ。下町っ子だって。
CDもUSBメモリー、レコードもある。
多様なメディア
スタジオの音がそのまま聴こえるのを嫌がる人もいるじゃないですか
はい。
自分は独立レーベルを作っていますが、メジャー・レーベルでは出来ないことをやっていく。自分たちのレーベルが大きなレーベルの人たちが参考になるようなことも視野にいれてやっています。
唯一無二っていうか、そういう風にあり続けようというか、音楽に対する取り組みがあるからですか?
自分ではそうありたいと意識していることはないですね。例えば、ラジオの番組がありますよね。自分で構成して、自分でしゃべって。でも友人が自分のしゃべり方を真似たりして、それで笑ったりしているんですよね。それは何だろう?って思いますよね。僕の良い所を見て欲しいんだけれども、悪い所ばかりを見たりするんですよね。僕は目が乱視で悪かったりして、眼鏡を取ってみたりつけたりする、そのしぐさが面白いって真似したりするんですよね、もっと良い所を見てくれよ!
どこまでやる気なんだろう?って自分で思いますよね。
目標とか決めると、それを達成することを目指しちゃうから、そうはしないでやりたいことをしたいですね。でも、
お前どこまでやる気なんだよって、思いますね。
まあそう自分で自分に聞きながら楽しんでやりたいですよね。
今一番気に入っている言葉は、新しいアルバムの中の曲の一部なんですが、
「たとえば
美しい経験 幻を見るような永遠」(色紙に書いた文字)
ライミングしている
説明する必要ない(笑)
ヘルマン・ヘッセ「赤いブナの木」が大好きで、何とか曲を付けて表現できないかと考えていた少年時代。
小学校の頃に、大人たちにかましてやろうと言葉を探して図書館に通い詰めて図書館の本を読み漁っていた時代
ミュージシャンになる気はなかった
広告代理店に就職した1978年22歳 取材先の米国西海岸でDJに言われた言葉。
自分ではソングライティングしてないんだろう?
どうして今その時代で書いた曲を年を取ってから歌うことができるのか?
今書いた曲を歌おう
1980年24歳 アンジェリーナでデビュー、ガラスのジェネレーション
最初は全然ダメでした。100位にも入ってなかった。ライヴ会場では熱狂的な10代が聴いてくれる。いつかヒットするだろうって思ってました。しかし、アルバム3枚目くらいになると、レコード会社との関係がどうなるかなって。さすがにレコード会社の人たちにも喜んでもらいたいと思ってました。
1981年
SOMEDAY
これが大ヒットでしたよね。
はい。
商業的にどうやったら曲が売れるかは昔も今も全然わからない。
時々の自分に正直に自分が楽しめる音楽を作れば、いつか良い聴き手が僕の音楽を発見してくれると思っています。
変な自信はありましたね。多くの人が気に行ってくれるんじゃないかって。
年齢を経てどうですか?
自分が歌う中でテーマにしている中で大事なテーマは人間はどうやって成熟していくのか?
当時は10代、自分も20代最初のころですから、それがどうなって聴いてるかな?って
成長することってどういうこと?って
大人になった彼・彼女はどこでどんな風になっているんだろうってことを想像して詩を書くことがありますね。
1983年27歳NYで生活
ヒップホップブーム。VISITORS
ふっとした瞬間に思い浮かんでメモをとる。最初のインスピレーションです。3か月、4か月経ってそのメモを見て、まだピンとくるようだったら、それを1曲にしていく。日々どんな時もこれは曲の題材にならないか、街に出て人々をみて、あの人はどんな人生でどんなことを考えているのか、日々日常の中で浮かんでくる。泳ぎが好きで、心も体も空っぽになるんですね。するとそこにすっと入ってくる。泳いでいるうちに思い浮かぶと、紙ナプキンに書いて、また泳いだり。安心してまた泳いで、どんなことを書いているか見たら水で滲んで読めないし、もう思い出せない。その時がとても損した気がする。
最近のJPOPは単純な詩だと思う
日本のポップ音楽の詩は「叙情的」ですよね。小説の世界では私小説が多い。それは世界的にはまれな表現ですね。
僕は叙事的な表現、スローリーが好き。個人的な好き、感情ではなく、
僕の自分で書いた曲がその時代にフィットしている。そういう曲を作りたい。
心に結び目ができちゃったものをほどいたり、
その時代時代のストーリーを紡ぎたい。
人びとがどんな曲を望んでいるか、人々がどのようなことを考えるかステージに立てば何となくわかる。全国にロードに出ると、彼らがどんなことを歌ってほしいかがわかる気がするんですよね。その感覚を大事にしています。
今年7月22日 BLOOD MOON
バイ・ザ・シーのプロモ
常に新しい時代を見ている。世の中の不条理を歌っておられて
これはロックン・ロールでしかできない表現を追求してみました。日常のネガティヴな言葉はそれだけでしかありませんが、ロックン・ロールの場合は、その言葉にリズムや音が重なるとネガティヴなものだけではないと思います。ポップ音楽を楽しんでくれる時にネガティヴなイメージというのは、良いのかなっていうのは僕の中にはまた別のところにありますが、でも敢えて、僕はネガティヴな詩がロックン・ロールを通してポップ音楽として表現する。それを試してみたかった。
アートは現実を凌駕して乗り越えることができるのか。
自分のアートでもって現実をどう凌駕していくのかって。無駄であっても自分で表現していきたい。
しかし、大変ですね。沢山、やりきれないことがあって、嫌になったりしませんか?
意外とタフですね。ナイーブなんか気取ってなんかいないぜって感じ。下町っ子だって。
CDもUSBメモリー、レコードもある。
多様なメディア
スタジオの音がそのまま聴こえるのを嫌がる人もいるじゃないですか
はい。
自分は独立レーベルを作っていますが、メジャー・レーベルでは出来ないことをやっていく。自分たちのレーベルが大きなレーベルの人たちが参考になるようなことも視野にいれてやっています。
唯一無二っていうか、そういう風にあり続けようというか、音楽に対する取り組みがあるからですか?
自分ではそうありたいと意識していることはないですね。例えば、ラジオの番組がありますよね。自分で構成して、自分でしゃべって。でも友人が自分のしゃべり方を真似たりして、それで笑ったりしているんですよね。それは何だろう?って思いますよね。僕の良い所を見て欲しいんだけれども、悪い所ばかりを見たりするんですよね。僕は目が乱視で悪かったりして、眼鏡を取ってみたりつけたりする、そのしぐさが面白いって真似したりするんですよね、もっと良い所を見てくれよ!
どこまでやる気なんだろう?って自分で思いますよね。
目標とか決めると、それを達成することを目指しちゃうから、そうはしないでやりたいことをしたいですね。でも、
お前どこまでやる気なんだよって、思いますね。
まあそう自分で自分に聞きながら楽しんでやりたいですよね。
今一番気に入っている言葉は、新しいアルバムの中の曲の一部なんですが、
「たとえば
美しい経験 幻を見るような永遠」(色紙に書いた文字)
ライミングしている
説明する必要ない(笑)