遅まきながら、高校一年の担任だった田村剛一先生の「お墓参り」に山田町まで出かけた。
亡くなられたことを知ったのは逝去された一ヶ月後だったので、恩師への弔辞の奉読は叶わなかった。
埼玉在住のSさんを含めクラスメイト四人でご自宅を訪問し、奥様から晩年の先生の様子や告別式模様等を
詳しく伺うことが出来た。
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高齢の義母様を見送った後、僅か一ヶ月余りで「最愛の夫」を失い、奥様はかなりの衝撃を受け、未だに
そのショックから立ち直れずにいるようだった。
その後、ご自宅がお寺さんの直ぐ真ん前だったので、奥様がお墓まで案内してくれた。
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一関から高速道路を使って片道約三時間を要したが、車中では情報量の豊富なMさんの「お話し」が尽きること
がなく、長くは感じられなかった。
高校時代は男と女が言葉を交わすことが少なかったので、当時の「思い出話し」は初耳が多く、特に経済的
負担能力が無い中での「ヤマ汽車通学等の苦労話し」は出色だった。
また、W君からは「貴君のブログを見て、いつも元気を貰っている」と嬉しい激励のメッセージを頂戴した。