ドストエフスキーの三大長編小説とはわたしが勝手に選んだものである。悪霊、未成年およびカラマーゾフの兄弟の三つである。父と息子をその布置としていることで共通している。もちろん夫々内容は違う。
同じなら三つも書く必要もないわけだ。この三作の異同については前号で縷々述べたところであるが、こういう切り口からの分析はほかで見ないので、もうすこし付け足しておこう。
問題を出そう。悪霊とカラマーゾフで出てくるキャラで未成年で出てこないものは何か ?
答:青少年の教唆役というか、使そう者というか、青少年のこころに感染するウイルスのように気味の悪い影響力を行使する、優秀な頭脳を持った(ことになっている)無神論者。悪霊でいえばスタヴローギンであり、カラマーゾフの兄弟ではイワン・カラマーゾフ役が未成年では出てこない。
とくに悪霊のスタヴローギンは日本の読者、評論家に人気のあるキャラである。すこし重視しすぎるきらいがなきにしもあらずである。
また「未成年」のみが未成年アルカージーの一人称で述べられているのも特徴だろう。ドストエフスキーが悪霊、未成年、カラマーゾフの順序で書いた背景などを考えてみるのも面白い。
他の長編では父の影も出てこない。罪と罰では父親のいない母子家庭だし、白痴のムイシキンは孤児という設定である。