さて傑作選のとりを飾るのは「さようなら」である。著者が師太宰治の墓前で自殺するのは昭和24年11月であるが、その月の雑誌に掲載されたもので、短編ではあるが、自分の生活、小説を振り返っている。要領よく(要領よくというのはこの場合適切ではないが)まとめられており、すぐれた評伝あるいはこの本の自著解説に変わりうるものである。
また、これは田中英光の遺書でもある。自殺する月の雑誌に発表されるなんてタイミングがいい。もっとも小説の中では「生きたまま西行のように死ぬ」と告示しているが、本当に死んでしまった。執筆当時は書いてある通りのつもりだったのが気が変わったのか(つまり擱筆宣言だったのか)あるいはカモフラージュなのかは不明である。
いくらなんでも雑誌編集者が生前に自殺の決意を承知しながら放置して遺書を掲載する訳がないからね。
この中でパンパン(まま、いまの読者に通用するかどうか)のリエのことが出てくる。桂子のことであることは明白だが、前回ふれた桂子もののどこまでが私小説かを憶測させるところがある。