久しぶりに実質分煙カフェに行くと常連の老人たちが新顔の客と談笑している。四十五歳ぐらいの大きな男で赤ら顔の胆汁質の巨漢である。薄くなった髪の毛を短く切っているのでピンク色の頭の地肌が見える。大量の紙袋が席の横に置いてある。面白そうに両手を振り回して大げさなジェスチュアでまくし立てている。第九は話を聞こうとそばの席に座った。
下駄顔老人が第九に言った。「しばらく顔を見せませんでしたね。忙しかったんですか」
「いえ、そういうわけじゃないんですが、ちょっと、こちらに脚が向かなかったもので。こちらのほうは変わりありませんでしたか。その後クレイマーが現れるとか」
「あの女は現れないね。どうも一過性だったらしい」
禿頭老人が新顔を紹介した。「彼はパチプロなんだそうですよ。この大きな紙袋はみんな景品らしい」
「へえそうなんですか。だいぶ稼ぎましたね」
「毎日三万円は儲けるらしいよ」
「するというと、パチンコで生計をたてているんですか」
「そうですね、それで病院から転職しました」
「医師より収入があるんですか」
「また、職種にもよりますね。開業医なんかしていればもっと儲かるでしょうがね。病院勤務だと勤務時間がやたらと長いうえに余禄がないですからね。もっとも外科の医長なんかになれば別ですよ」
「どういうことですか」
「手術なんかするでしょう。そうすると患者の家族が百万円とか二百万円を包んできて、どうぞよろしくお願いします、というわけですよ。そうする偉い先生が直々に執刀するわけです」
「へえ、お金を渡さないとどうなるんですか」
「見習いの経験のない若い医師に患者を切り刻ませるんですよ」
そりゃー危ないね、と老人が心配そうな顔をした。「事故も起こるでしょうな」
「その収入はどうなるんです」と下駄顔が聞いた。
「もちろん税金の申告なんかしやしません。まるまる懐に入るわけです」
「先生は経験もあるお医者さんに見えますけどね。そういう余禄はなかったんですか」
「私は精神科でね、そんなものはありません。それでいて病気の性質から患者とのトラブルが多くてね。担当の患者に自殺者がでたりすると院長にネチネチ絞られるしね。女性の患者だとなにか勘違いしてストーカーみたいに真夜中に自宅まで押し掛けられたりする。
大変な仕事でしたよ。勤務時間も長くてブラック企業なみでしたからね。そこへ行くとパチンコも土方労働者の仕事と変わりはないが、一日八時間もやればいい。場合によっては二、三時間で切り上げることもある」
しかし、と第九は考えた。会社を辞めた直後は一日中やることのない時間を持て余して、ときどきパチンコ屋に脚を運んだことがある。パチンコ台の前に八時間も座って打ち続けるなんてやったことがなかったが、あの騒音の中でやっていたら頭がおかしくなるのではないか。そんなわけですぐにパチンコ屋に行かなくなったのである。