店の中に入ると接客用のカウンターがあって若年増が一人座っていた。年のころなら二十五をちょいと越えた見当の女だ。茶色に染めた長い髪を後ろで高く結わえて肩のあたりまで垂らしている。かなり化粧をした努力の跡が残っていた。「ダイヤモンドの指輪を売りたいのだが、扱っていますか」
女は疑わしそうな視線を上目使いに前に立っている彼の上に走査すると、「はい、どんなものでしょうか」と硬い声で答えた。
疲れ切ったアラブ人の大男で目はほとんど寝ていないので血走っている。洋服は公園の繁みで付いた土や落ち葉で汚れている。歩道のベンチにじかに横になって寝たためによれよれになっている。女の疑わしそうな眼ももっともだな、と彼は思った。誰だってこんな男がダイヤモンドを売りに来るとは思わないだろう。持っていれば盗品だろうと見当をつけられてもしょうがない。あるいは密輸品と思うだろう、と彼は思った。
彼は女の前に座ると右手の中指から大粒のダイヤのついた指輪を引き抜いた。これなんですがね、というと女は一瞬ひるんだように身を引いた。明らかにガラス玉と思っているのだ。
「私には鑑定できませんから係りを呼びます。ちょっとお待ちください」と断って電話機を取り上げるとどこかに連絡した。中老の男が奥から出てきた。チョッキ姿でワイシャツの袖を二つ折りにしてまくり上げている。男は女の横に腰を落ち着けると「拝見しましょう」といって指輪をつまみあげた。チョッキのポケットから柄のついていないレンズを取り出すと右の眼窩にはめ込んだ。彼は柔らかい布で指輪の表面を拭くといろいろ角度を変えて覗き込んでいる。
「珍しいカットですな。どこでお求めになられましたか」
「ドバイです」
「ははあ」と彼は不審をぬぐいきれないように呟いた。
「たしかにダイヤモンドのようですな」
殿下は失礼な男の物言いにむっとしたが、我慢した。
「それで」とその鑑定士は聞いた。「いくらご入用ですか」
「一両でお願いしたい」
それを聞いて、男はぎょっとしたようにのけぞった。どうも、演技でも駆け引きでもないらしいな、と殿下は踏んだ。本当に驚いたようだ。
「それではお引き取りできませんね。申し訳ありません」
「幾らならいいのですか」
「そうですね、一分ですね」
今度はアリャアリャがのけぞる番であった。
「三分でお願いできませんか」
男は相手を見てしばらく考えていたが、「二分ですな」と伝えたのである。