ホテルを出ると同じ施設内に洋服屋はあるかとプロムナードに設置されている案内版を見る。洋服屋というボタンを押すとまず三階の平面図が表示された。彼は三階に下りてもう一度案内版を表示させた。洋服屋は何軒かあるがこの階にあるのは建物の一番遠い端にある。広い廊下を透かして見ると向こう側はかすんでいて見えない。このビルはおそらく東京競馬場ぐらいの広さがあるようだ。
彼はとことこと歩きだしたが、十分間あるいても建物の端が見えない。丁度通りかかった老婆を捕まえで店まで何分ぐらいかかりますかとた尋ねた。彼女は驚いたように彼のそもそも異世紀的な珍妙な服装をこわごわと見たが、びっくりしたように「そこまで歩いていくんですか」と問い返したのである。
「はっ」と彼が戸惑うと、彼女はこのエイリアン的服装のおとこをよほどの田舎者と思ったのか親切に教えてくれた。「館内バスを呼ぶんですよ」
「・・・」
「ほら案内版の横にバスを呼ぶパネルがあるでしょ。そこで行き先を指示するとバスが迎えに来ます」
彼は老婆に厚く礼を言った。「なるほど、バスか」
彼は次に見つけた案内板の前に立ち、改めてよく見ると確かにバスを呼ぶパネルがある。そこには行き先と人数を入力すボタンがある。彼は「凸凹洋服店、一人」と入力した。そうすると、優しい女性の声で「かしこまりました、しばらくお待ちください」と案内された。
待つほどもなる座席が二つしかない無蓋の乗り物がどこからともなく現れて、ピタリと彼の前にとまると「どうぞ、ご乗車ください」と人工音声が伝えた。運転手はいない。かれが座席の一つに座ると、ソレは音もなく走りだし、十分後に建物の端にある洋服屋の前にとまった。「注意してお降りください」という人工音声に促されてバスを降りると彼は洋服屋の店に入った。広い店だった。ここで彼は一時間ほどかけて上着からシャツや下着、そして靴まですべて新調した。
彼にアテンドしたのは學校を出たばかりと言う感じの初々しい女性であった。
「ところであの褌はここでも売っているのですか」と聞いた。
「ふんどし??」とかわいい首を傾げたのであった。
彼は身振りで腰から下半身あたりに布を巻くジェスチュアをしてみせた。
「ああ、キンタマ袋のことでございますね。こざいます。あまり種類はございませんが」
と音楽的な声で答えた。
.「わたしは外国から着いたばかりでよくわからないのだが、あれは日本のファッションなんですか」
彼女は信じられないという様な表情に変わった。
「外国と言うと?」
「中東方面ですが」
「するとあちらでは何もしていないのですか」
かれはまずいな、と思ったが平気を装って「ええ」と答えた。
「あちらでは放射能の被害はないのですか。先の大戦では世界中が放射能に汚染されたのかと思いましたが」
フムフムと彼はこの新歴史的知識を頭にしまった。後で図書館で調べなくちゃ、と頭にメモした。