穴村久の書評ブログ

漫才哲学師(非国家資格)による小説と哲学書の書評ならびに試小説。新連載「失われし時を求めて」

1-6:箱庭のような中国自動車道

2018-07-13 07:22:40 | 妊娠五か月

 Tを乗せたタクシーは十分ほども市街地を走ると畑や田んぼの点在する道に出た。風景はだんだんと鄙びてきて、両側に低い山並みがせまる単調な風景の中を走る。

 「お客さんは不動産関係の人かね」と運転手が聞いた。ぼんやりと外を見ていたTは不意を突かれて、えっと言ったが、そうか、さっき人に頼まれて土地を見に行くといったから不動産屋かと思っているのだな、と気が付いた。そうだ、ととりあえず簡単に頷いた。運転手はちらっとバックミラーを見ると、「あんなところの土地を買う人が居るんですかね」とつぶやいた。

 「そのお客も誰かから騙されているのかもしれないね。うまい話のようにお化粧されて売りつけられているのかもしれないな。原野商法というやつかもしれないな」

「そんな話にひっかかるんですかね」

「さあね、その人も全く見当がつかないが怪しいとは疑ったのだろうな。簡単に断れないような知人からの紹介なのかもしれないね」

「その人は年配の人なんですか」

 失礼な運転手だ。しつこい奴だとTはあきれたが、こしらえた話は続けなければなるまい。「ああ、お年寄りだ。おばあさんだ」

 運転手は馬鹿にしたようにヘーっと言った。俺の話を信用していないようだとTは思った。信用しなくてもいい、それで運転手もうるさく質問しなくなった。

  沿道にはところどころまだ集落は残っているようだ。道端に理髪店のぐるぐる回る派手な看板が出ているのには驚いた。

「床屋が営業しているのかね」と運転手に聞いた。

ああ、とかなんとか運転手は口の中でつぶやいた。

「こんなところで床屋を開業するほど客がいるのかな」とTは驚いた。周りは田んぼで2,300メートル行けば山の中に入ってしまう。人家は見当たらない。運転手は返事をしない。

  ふと右側に迫ってきた山並みを見上げると、上のほうの山腹に開いた穴からミニアチュア・カーが這いだしてきてのろのろと走ると反対側の山並みに吸い込まれていった。Tは現実感が喪失したように上を見上げてぽかんと口を開けた。「ありゃー」とTが言うと運転手はちらりとTの視線の先を見上げて「中国自動車道ですよ」と教えてくれた。

 「そろそろこの辺ですがね」と運転手はGPSを確認しながら言った。「そうか、すこしゆっくりと走ってくれ」とTは頼んだ。しばらくは草ぼうぼうの放置された田んぼのようだった。休耕田というのか、生産調整で放置されたままの水田らしい。突然ゴミ捨て場が出現した。それも整備されたものではなくて、沿道から勝手に投げ込まれたような廃品やごみが積み上げられている。汚れた洗濯機のような家電製品もたくさん捨ててある。壊れた自動車も無造作に捨ててある。自転車の残骸も放り込まれている。

  そのゴミ捨て場に隣接して二階建てのプレハブが立っていた。驚くことに今でも人が住んでいるらしい。プレハブの前には浅黒い男女が立っていた。通り過ぎるタクシーをうさん臭そうな目つきで窺っている。その前を通り過ぎるとその先は行けども行けども人の気配はない。

 「お客さん、さっきの所じゃないですかね」と運転手は再びGPSを確認しながら言った。

「どうもそうらしいな。ありゃなんだろう」とあっけにとられたようにつぶやいた。

「ときどきああいうのを見かけますよ。昔の飯場みたいなところじゃないですか」

「いたのは外国人みたいだったな」

「そう、外国から来た建設労働者ですよ。女は風俗だね」

「こんな山奥に住んでいるのか」

「只だからね。放置された他人の土地に入るこむんだから金はかからない」

「だけど不便だろう、どこに働きに行くのだろう」

「なあに、道路が整備されているからね、ボックスカーに詰め込まれて働きに行くんですよ。街まで大して時間はかからない」

「彼らが自分でやってるわけ」

「そんなわけはないでしょう。やくざが仕切っているんですよ」

そうだろうな、とTは納得した。「じゃあ、戻ってくれるか。降りて写真だけでも撮っていくか」

「危険ですよ。彼らに因縁をつけられる。不法占拠だからいつ強制退去させられるかとビリビリしていますからね」

「とにかく戻ってくれ。ゆっくりと前を通ってくれ」

  前をゆっくりと通ったが降りるのはやめて車内からスマホで撮影したがうまく撮れたかどうか。驚いたことに駐車していた黒いバンがゆっくりと動き出して威嚇するようにしばらくタクシーの後をつけてきた。「冗談じゃないぜ。俺を相続人にして彼らを立ち退かせる交渉の矢面にしようというのか。あの無秩序なゴミ捨て場を片付けるのが所有者の責任だと持っていくのが市役所の魂胆らしい。桑原桑原。

 

 

 


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