■「バビロンの陽光/Son of Babylon」
(2010年・イラク=イギリス=フランス=オランダ=パレスチナ=UAE=エジプト)
監督=モハメド・アルダラジー
主演=ヤッセル・タリーブ シャーザード・フセイン バシール・アルマジド
僕たちはイラクの何を知っているだろう。教室で習ったこと、クルド人問題、テレビで見たフセイン政権のこと、湾岸戦争、英米による攻撃があったこと、その戦後処理に自衛隊が派遣されたこと。映画「ハート・ロッカー」で観た自爆テロの現実と爆発物処理班のこと・・・あれこれ語られてきたことだが、そこで暮らす人々の様子を僕たちは知らない。この「バビロンの陽光」は、イラクの現状を世の中に伝えるために製作された映画。幾度も製作中止になりながらも、様々な国々の支援で完成にこぎつけたと聞く。僕たちはこの映画で、庶民がさらされている想像を超えた厳しい現実と、本音の叫びを聞くことができる。映画を通じて異国の様子を知ることは素晴らしいことだが、こうした悲しい現実を知ることでもある。
墓標すらない集団墓地に眠る兵士たち。それを遙かに超える行方不明者。主人公の少年は12年前に徴兵されて行方不明となった父親を探すために、クルド語しか話せない祖母に連れられて旅に出る。行く先々で二人の期待は裏切られる。収監されているはずの刑務所は無人になっていて、モスクで暮らしている元囚人を訪ねたが人違い。それまで避けてきた集団墓地で父の名を探す。二人が出会う人々もイラクの今を伝えてくれる。ヒッチハイクさせてくれたおじさんの温かさ、煙草売りの少年の懸命に生きる姿、夫の死に泣きながら踊る女たち。中でも二人を放っておけないと世話を焼いてくれる男性のエピソードは印象的だ。意思に反して兵士となった人たち、命じられたことではあるが、その行為に対する贖罪の気持ち。
映画後半に登場する集団墓地の場面はあまりの状況に驚くばかりだった。誰ともわからぬ遺体にすがって泣く祖母。その悲惨な光景の中で、必死に励まそうとする少年。この映画のどこにも希望は見えてこなかった。かつて栄華を誇ったバビロンの都。その地で暮らすその子孫たちが、再び誇りと希望を取り戻すのに、僕らはいったい何ができるのだろう。まずは、この映画で現実を知ることだ。そしてその現状を誰か一人でもいいから伝えて欲しい。そんな気持ちにさせられた。