■「マジェスティック/The Majestic」(2001年・アメリカ)
監督=フランク・ダラボン
主演=ジム・キャリー マーティン・ランドー ローリー・ホールデン
フランク・キャプラの「スミス都へ行く」や、ウィリアム・ワイラーの「我等の生涯の最良の年」、マービン・ルロイの「心の旅路」・・・。この映画には「アフリカの女王」や「巴里のアメリカ人」等多くのクラシックが登場するが、僕の頭の中では、最初に挙げたような、もっともっと様々なクラシック映画の記憶がよみがえった。見終わって最初に思ったことは、おすぎじゃないけど”淀川さんに観せたい!”ということ(笑)。これ程の映画愛に満ちたフィルムは最近なかった。マーチン・ランドーが映画館再建を息子(と信じている男)に訴える場面から、泣けましたよ、ホント。ダラボン監督作に共通する要素”映画愛”は、本作では全面に出されている。「世界が静止する日」のゴドー(ロボット)の光線の光をバックに口づけする二人がシルエットになる・・・何ていい場面だろう!。
主人公は記憶を失って自分の真実を探そうとする男。しかも浜辺に流れ着いた町ローソンではその町の戦死した若者と間違えられ、脚本家として仕事をしていたハリウッドでは”赤”と勘違いされて審問会に召還。「ショーシャンクの空に」では無罪なのに投獄されたティム・ロビンス、「グリーンマイル」では幼女殺人犯として死刑囚となったマイケル・クラーク・ダンカン。ダラボン作品共通要素のひとつ”間違えられた男”(これもヒッチコックの映画のタイトルだね)がここにある。彼らは皆あるべき自分・あるべき生き方に考えをめぐらしている。
そして本作でダラボン監督が特に力を入れているのは、”民主主義の理想”を高らかに歌うこと。しかもそれがフランク・キャプラ監督作へのオマージュとなっていることだ。いわゆる”赤狩り”の時代を背景にしているけど、あの時代は、共産主義という外的要素でアメリカがどこかおかしかった時代。映画を本当に愛していながら、それが表現できなかった悲しい時代。そこを描くことで”民主主義”を際だたせたのだ。この映画を「都合がよすぎる脚本」等と批判する向きは、過去のハリウッドクラシックに何ら敬意も払えない、又は現代お気楽ハリウッド映画にのみ価値を認めて過去の偉大な作品群を観ようともしない人々だろう。だって「スミス都へ行く」なんてもっとすごいよ(ネタバレになるので詳細は書きません)。
ジョージ・ルーカスも「エピソード2」に関するインタビューで「この映画で民主主義について考えて欲しい」と述べていたが、あのSFXドンパチ映画で考えろと言う方が無理というもの。ダラボン監督は主人公の言葉を借りて(本編での手紙の朗読はマット・デイモン!)、アメリカ国民に「今のアメリカはどっか間違っていないか?」と言っているようにさえ思えるのだが。でもここが強調されているのが、この映画がイマイチ一般受けしていない理由なのかもねぇ。僕はあのジャズ・ピアノが耳から離れません。
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