■「思い出のマーニー/When Marnie was there」(2014年・日本)
監督=米林宏昌
声の出演=高月彩良 有村架純 松嶋菜々子 寺島進
宮崎駿監督の引退宣言後、初のサマーシーズン。ジブリの最新作は「借りぐらしのアリエッティ」を手掛けた米林宏昌監督の手による新作。他人に心を開けない少女杏奈は、喘息の療養に海辺の村を訪れる。彼女が「おばちゃん」と呼ぶ育ての親の親族は親切だが、杏奈は地元の子供たちと仲良くすることはどうしてもできない。そんな彼女は入り江に建つ古いお屋敷に興味をひかれる。誰も住んでいない建物だが、ある日その窓辺に金髪の少女がいるのを見つける。マーニーと名乗るその少女と杏奈は友達でいることは秘密だと約束をし、お互いの心の内を少しずつ打ち明け始める。マーニーと出会ってから杏奈の周りで起こる奇妙な出来事。マーニーとは誰なのか。謎めいた彼女とひと夏を通じて、少女が成長する様子を描くミステリアスな物語。
映画は冒頭、印象的なナレーションから始まり、主人公杏奈の心情が伝えられる。
「この世には目に見えない輪がある。/輪には内側と外側があり、私は外側の人間。/私は、私が嫌い。」
これまでのジブリ映画のヒロインは前向きなキャラクターが多かった。どこか無気力なのは「千と千尋の神隠し」の千尋くらい。杏奈は"もらわれっ子"である自分を肯定できず、苦しんでいる少女であり、輪の外側の人間。しかし、マーニーと出会ったことで、誰しもがそれぞれの悩みを抱えて生きていて、何が幸せなのかは人それぞれであることを知る。他人との関わりを拒絶していた彼女が、マーニーの為に行動しようとする。その心の変化に見ていて引きつけられる。
今回、数々の映画等で活躍している種田陽平を美術担当に迎えて製作されている。この作品は何よりもまず風景の美しさに見とれてしまう。入り江に建つお屋敷や、暗い空にそびえ立つ不気味なサイロ。この作品は全体的に遠景が多いだけに、背景の美しさや緻密さはますます印象に残る。しかし、それだけではない。遠景が多いだけに、時折クローズアップされる二人のヒロインの表情がとても強く心に残る。少女の孤独な心理に迫る物語なのに、なぜ遠景が多いのだろう。
例えば映画の最後、海辺で絵を描く久子さん(重要な物語の語り手となる)に、杏奈が「おばちゃん」を紹介する場面。これまでのジブリ映画なら、「おばちゃん」や杏奈の表情に迫り、観客にわかりやすく感動に導く描き方をしたに違いない。ひと夏の成長を物語る重要なその場面すら、米林監督はロングショットを用いた。これまでのジブリ作品なら、観客を登場人物の目線に据えて作品との一体感をもたせるのではないだろうか。力ずくで感動に導くのとは違うだけに、どこか冷めた印象を持ち、物足りなく思う人もいたかもしれない。
宮崎駿監督は、本来アニメーションのアクション描写が得意な人だ。その描写は僕らを物語に巻き込むようにわくわくさせてくれたし、飛行シーンで主人公と一体化するような高揚感があった。それはなんだかんだ言ってもアクション描写が上手だった黒澤明にも通じる。一方、「思い出のマーニー」は観客を二人のヒロインに近づけようとしない。米林監督は僕ら観客に、心を開けずにいる少女たちを"見守る"ことを望んでいるのだと思う。現実、悩みを抱えて生きている人の気持ちを本当に理解することは難しい。僕らにできることはその気持ちに寄り添うことだ。杏奈はひと夏の出会いで成長する物語。僕らがこの映画で得る感動は、少女たちを"見守る"視点の感動なのだ。それは文学作品に一人向き合っているような感覚。そこで僕らは、孤独を感じている二人の少女に「大丈夫。君は一人じゃない。」という気持ちで、スクリーンを見守っている。従来のジブリ作品とは違う向き合い方だと思うのだ。
プリシラ・アーンが歌う主題歌、Fine On The Outsideは、プリシラ自身が孤独を感じた経験をふまえて書かれた曲だという。その優しいメロディはこの少女の成長物語に、友達のようにそっと寄り添っている。「アリエッティ」の時のように無理に日本語詞にしなかった潔さは、誰しもに伝わるものでないにせよ、そこに込められた気持ちをそっと大事にしているような優しさ。上映時間が終わる時に感じるのは、大作を観て思う満足感とは違う。"あぁ、よかったな"というほんのりした幸福感は、やさしさに包まれる時間。
入江の潮の満ち引きが、二人の少女の世界を近づける。ジブリ作品は
これまでも、大量の水が押し寄せた後で主人公を取り巻く世界が変わる…という展開が幾度もあった。「千と千尋の神隠し」の大雨、「崖の上のポニョ」の押し寄せる波、敢えて言えば「カリオストロの城」のラストだって、「パンダコパンダ」だってそう。別に継承ではないのだろうが、こういうディテールの相似は面白い。