■「アリスのままで/Still Alice」(2014年・アメリカ)
●2014年アカデミー賞 主演女優賞
●2014年ゴールデングローブ賞 主演女優賞
監督=リチャード・グラツァー ワッシュ・ウェストモアランド
主演=ジュリアン・ムーア アレック・ボールドウィン クリスティン・スチュワート ケイト・ボスワース
言語学者として大学で活躍していた主人公アリスが若年性アルツハイマーになってしまった現実と立ち向かう姿と、家族の愛を描いた本作。言葉を扱ってきたアリスから、その言葉が少しずつこぼれ落ちていく。周囲の人が誰かもわからなくなっていく。難病ものの映画というと、どうしても綺麗にまとまりがちなのがこれまでの映画だった。しかしジュリアン・ムーアの素晴らしい演技とその不安な気持ちを描く巧みな演出は、スクリーンのこちら側の僕らを単なる傍観者にさせないところが見事だ。
若年性アルツハイマーを扱った映画というと韓国の「私の頭の中の消しゴム」という秀作がある(元ネタは日本のテレビドラマだが)。ソン・イェジンン扮する美しい妻が次第に自分を失っていく姿が悲しく、彼女への夫チョン・ウソンの愛が心に染みる作品だった。こちらは二人に物語の焦点が絞られているだけにラブストーリーとして美しく仕上がっていた。同じ難病を扱っていても「アリスのままで」が大きく印象が違うのは、いくつか理由がある。ひとつは当事者アリスを物語の中心に据えていること。「消しゴム」はどちらかとチョン・ウソンの目線で彼女を見守る映画だった。対して「アリスのままで」は、当事者の不安やどうしようもない焦り、覚悟が描かれていることだ。
二つめは、彼女を支える"家族の成長物語"であることだ。難病を抱えた家族だが、それぞれに向き合う現実がある。それぞれの生き方、そして成長があるところが感動を生んでいる。扱いにくい存在だった次女が最終的に母アリスを支える立場になる。周囲にいるのが誰かもわからなくなってきた母親に本を読んできかせるラストシーンは美しい。いい映画に登場人物の"成長"はつきものだ。映画の冒頭と最後で印象が変わらない主人公なんて、これほどつまらないものはないだろう。「アリスのままで」は家族が変わっていく姿も印象的だが、認知症の当事者自身の成長を描いた映画もある。介護問題をテーマにした日本映画「老親」がそれだ。介護問題をきっかけに夫と別居した主人公のもとに認知症の義父が突然やってくる。何ひとつ自分でできなかった義父が、次第に変化していく姿が微笑ましく感動に導いてくれた。こちらも機会があれば是非観てほしい秀作。
僕が「アリスのままで」を見終わった後、最も心に残ったのはラストシーンの母と娘の会話。
「愛の話なのね」
「そうよ、愛の話なのよ」
記憶や言葉を失っていっても、人を愛する気持ちは残る。
★
そのラストシーンで思い出したことがある。私ごとだが僕の祖父のことを書かせて欲しい。僕が最後に祖父に会ったのは亡くなる数年前。自宅の狭い個室で寝ていた。祖父には僕の父を含めて四人の息子がいた。僕は祖父に挨拶したが、僕が自分の孫だとはわかってはいないようだった。その僕に祖父は壁に貼っているお気に入りの写真の話を始めた。その写真は大相撲のカレンダー。当時横綱だった四人の力士が和服姿で並んでいる。祖父は、その写真を指さして微笑みながら、僕にこう言った。
「これはわしの四人の息子だ。」
そこへ祖母がやってきて、祖父はもう誰が誰だかわからなくなりつつある。だけどこのカレンダーの写真の横綱が四人の息子のように見えるんだろうね、と言った。愛する気持ちは最後まで残る。「アリスのままで」のラストシーンでちょっと涙ぐんでしまったのは、じいちゃん、あなたのせいだよ。