不適切な表現に該当する恐れがある内容を一部非表示にしています

たけじいの気まぐれブログ

記憶力減退爺さんの日記風備忘雑記録&フォト

やれやれ、結局、今年も、防獣ネット張りすることになり

2021年05月08日 18時33分36秒 | 畑日誌(見様見真似の野菜作り)

霞か、雲か、はたまた 黄砂か・・、
当地、今日は 1日中、ぼんやりした天候、動けば汗ばむ暑さだった。
午前中は 病院へ妻を送迎する等して終わってしまったが、
午後になってから、
イチゴの収獲に行ってこないと・・・
ということで 畑へ Go! と相成った。

ところが・・・、
ヤッ!、ヤッ!、ヤッ!、イチゴが きれいさっぱり、
何も無い・・・・、
残っているのは 熟していない白いイチゴだけ。
イチゴの畝、ネット等に、荒らされた形跡は無いようだし、
齧られたようなイチゴ等も まったく落ちていないようだし、
オカシイ?
いったい犯人は誰だ・・・、
もしかして、
タヌキ、ハクビシン、イタチ、イノシシの仕業に見せかけた人間の仕業か?
今のところ、なんとも言えないが・・、

「ブログ内検索」してみると、
7年前には、明らかに人間の仕業と分かるイチゴ泥棒被害に遭ったことがあった。


振り返り記事 2014年5月15日 「畑泥棒」 → こちら


あの時、畑地に張り付けた紙の写真が 外付けHDに残っており、今回も張り出そうか等と話しているところだ。


それはさておき 
まだまだ、タヌキ、ハクビシン、イタチ、イノシシ等による被害も有り得るので、
とりあえず出来る自衛手段として、
急遽、気休めながら、防獣ネット張りをすることになった。
気力体力減退、今年は やらないつもりでいた防獣ネット張り、
結局、やることになり、収穫して、直ぐ帰るつもりが、
3時間以上の大仕事になってしまった。
挙げ句、収獲 ゼロ。
今日の収獲イチゴを友人にお裾分けする心づもりだった妻は大ショック、
夕方、草臥れ果てて、帰ってきたところだ。

さてさて、明日以降のイチゴ畑、どうなることやら・・。

コメント (6)

「中学生日記より」その29(再)

2021年05月08日 11時31分09秒 | M男のあの日あの頃(the good old days)

「中学生日記より」

「gooブログ」に引っ越してくる前、「OCNブログ人」時代に 一度書き込んだことの有る「中学生日記より」を 改めてリメイクしてみようと思っているところだ。「中学生日記」とは 中学生だった頃のM男が ほんの一時期付けていた日記帳のことで 数年前に実家を解体する際に発見した、ボロボロのゴミ同然の日記帳のこと。土産物の小綺麗な空き箱や包装紙、冠婚葬祭ののし袋に至るまで 廃棄処分するという感覚が無かった父母が、子供達の教科書やノート、通信簿、図画工作作品等も押し入れの奥に詰め込んでいたもので、その中に有った。まさに「タイムカプセル」を開けるが如くの感じで、ページを捲ってみると すっかり喪失してしまっていた記憶が 断片的に炙り出されてくる。まさか 60数年後に、ブログで第三者の目に晒される等とは 当時のM男は想像もしていなかったはずで 下手な文章、下手な文字、誤字脱字多しの日記である。(以上 コピペ文)


その29 「いなご(蝗)とり」

昭和30年(1955年)10月7日(金)、天気 曇、
起床6時、

1限目 職業、いなご(蝗)とり
2限目 数学、いなご(蝗)とり
3限目 理科、
4限目 国語、辞書の引き方、
5限目 図画、風景画、
6限目 社会、中部地方の地形、

1、こうもり(蝙蝠傘)をもっていったが(持って行ったが)、
  じゃま(邪魔)なので こっそり はさ(稲架)の中にかくして(隠して)おいた、
2、いなご(蝗)とりを 別にやった、
(宅) 16時、

この日、1限目、2限目の授業は無しだったようだ。「いなご(蝗)とり」と書いてある。
記憶曖昧だが、M男達中学生、小学生、生徒児童全員が各毎に集合し、田んぼの中をいなご(蝗)を捕りながら、登校したような気がする。

当時はまだ、水田に農薬散布等していなかった時代、毎年、いなご(蝗)の発生量は半端無しで、稲穂が実る頃等、人が田んぼに近づくと一斉に飛び立つ様は見事?な程だったが、稲刈りが終わった後の田んぼにも、まだまだ いなご(蝗)の群れが残っていた。そんないなご(蝗)を、田んぼの中を歩き回りながら捕まえて、各自持参した布製の袋等に詰め込みながら(現在のようなビニール袋等無かった時代)登校したような気がする。
いなご(蝗)は、稲には害虫?だったが、中学生小学生がしていた「いなご(蝗)とり」は、害虫駆除を目的としたものでなく、集めた大量のいなご(蝗)を、食品か薬品かなにかの原材料とする業者に買い取ってもらい、貧弱だった図書室の「図書購入費」に 充当することだったのである。
ビニール製の手袋等無かった時代、素手で掴まえ、袋に詰め込んでいる内に、いなご(蝗)独特の嫌な臭いが漂い、手や指には 黄色い色も染み付いて、洗ってもなかなか消えず、いなご(蝗)とりは苦手だった。後年になっても、その情景を思い浮かべるだけで、その臭いと色が蘇ってしまい、畑地等でいなご(蝗)類を見つけても、捕まえる気がしなくなっている。

雨が降り出しそうな天候だったのだろうか。こうもり(蝙蝠傘)を持って家を出たようだが、当時のこうもり(蝙蝠傘)は、黒い布製、大きくて重かったように思う。いなご(蝗)とりには、邪魔だったようで、途中、どこかの田んぼのはさ(稲架・稲を乾燥するための木組)の中に こっそり隠して登校、下校時に持ち帰ったようだ。

(ネットから拝借画像)
いなご(蝗)

 

コメント (2)

「ワテの愛する季節どす」・まんがゼミナール「枕草子」その1

2021年05月08日 05時31分37秒 | 読書記

足腰大丈夫な内に出来る限り、不要雑物処分・身辺片付け整理をしよう等と思い込んでからすでに久しいが、正直なかなか進んでいない。それでもここ2~3年には、押し入れや天袋、物置、書棚等に詰まっていた古い書籍類をかなり大胆に処分してきた。ただ、中には「これ、面白そう・・」等と目が止まり、残してしまった書籍もまだまだ結構有る。その中に 漫画家赤塚不二夫著、元東京学芸大学附属高等学校教諭石井秀夫指導の古典入門まんがゼミナール「枕草子」(学研)が有る。多分、長男か次男かが、受験勉強中に使っていた「枕草子」の解説本・参考書の一つのようだが、錆びついた老脳でもなんとか読めそうな、まんがで描いたくだけた内容、その内いつか目を通してみよう等と仕舞い込んでいたものだ。ながびく新型コロナ禍、不要不急の外出自粛中、ふっと思い出して、やおら引っ張りだしてみた。当然のこと、本格的な「枕草子」解説本、参考書とは異なり、限られたサワリの部分に絞ったものであるが、学生時代に多かれ少なかれ齧っていたはずの日本の代表的な古典、清少納言の「枕草子」も、ほとんど覚えていないし、「古典」に疎く、苦手な人間には、十分楽しめそうで、御の字の書である。


「ワテの愛する季節どす」・まんがゼミナール「枕草子」その1

第1段 「春は曙」
四季それぞれの美しい情趣を醸し出す時刻と景物を綴った随筆・随想的文章であり、随所に作者清少納言らしい感覚がちりばめられている「枕草子」冒頭部分。

春は 暁がよろしいおすな・・・、

夏は夜
月のころはさらにええわ、
暗闇かて、蛍が飛び交えば、風情が有るものやし・・・、
そないな夜は、雨が降る様子かて、面白おす・・、

秋は夕暮れが何と言うたかて、よろしおすえ、
まして、形のええ雁が列を連ねて遠く小さく見えるのは
ほんまよろしおす。
日がすっかり暮れてしもうて、風の音、虫の声等、
言うことは あらへんほどでおます、

冬は朝早くがええ、
雪が降った朝の素晴らしさ、言うまでもあらへんえ、
霜等がえろう白うおますのも気持ちがええものでおます、
えろう、寒い朝に急ぎおこした炭火等持って、
廊下を行くのも、冬の朝に、よーく似つかわしくおます、
せやけど、昼になって、寒さがゆるうなると、
火桶の火も白い灰が多くなって、あきまへん、


原文だよ~ん

春は曙。
やうやう白くなりゆく、山際少しあかりて、
紫だちたる雲の、細くたなびきたる。
夏は夜。
月のころはさらなり、闇もなほ、螢の、多く飛びちがひたる。
また、ただ一つ二つなど、ほのかにうち光りてゆくもをかし。
雨など降るもをかし。
秋は夕暮れ。
夕日のさして、山の端いと近うなりたるに、
烏の寝どころへ行くとて、
三つ四つ、二つ三つなど飛び急ぐさへあはれなり。
まいて、雁などの連ねたるが、いと小さく見ゆるはいとをかし。
日入り果てて、風の音、虫の音など、はた言ふべきにあらず。
冬はつとめて。
雪の降りたるは、言ふべきにもあらず。
霜のいと白きも、また、さらでもいと寒きに、火など急ぎおこして、
炭持てわたるも、いとつきづきし。
昼になりて、ぬるくゆるびもていけば、火桶の火も灰がちになりて、わろし。