映画と本の『たんぽぽ館』

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「魚舟・獣舟」 上田早夕里

2009年02月06日 | 本(SF・ファンタジー)
魚舟・獣舟 (光文社文庫)
上田 早夕里
光文社

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私にははじめての作家ですが、SF作品ですね。
この本は短篇5編+中篇1編。
なにやら、この物語性のありそうな題名とイラストにつられて読んでみました。

短篇はどれも、「滅びの国」がテーマのように思えます。
現代文明が終焉の時を迎え、何か他の「もの」が、世界を制覇しようとしている。
でも、そんな中でもまだ残っている人々は必死に生きようとしている。
かつて、自分たちが謳歌し、ほしいままにしていた世界。
失われた繁栄への郷愁と、この世の寂寥。
それでも生きていくことのいとおしさ。
全体を通じて、このような雰囲気が漂っているように思えました。


表題の「魚舟(うおぶね)・獣舟(けものぶね)」。 
現代社会崩壊後、陸地の大半が水没した未来世界。
そこに、魚船・獣船と呼ばれる異形の生物が、
人類と深いかかわりを持ちながら生息している。
人類は、ほとんど原始に近い生活に戻っているのかと思えば、
話はDNAのことにまで及んでいき、
かつて積み上げた科学は失われてはいないことが解る。
この世界観は、「ナウシカ」の世界観に近いかもしれませんね。
全くの異世界であるにも係らず、なんだか郷愁を感じてしまう。
そんな不思議で切ないストーリーです。


最後の中篇「小鳥の墓」は、他の短篇と少しイメージが異なります。
ここに出てくるのは「ダブルE区」という教育実験都市。
他の地域と隔絶された、理想の平和な街。
住む人は厳選された「正しい行い」をする人々で、
子どもの非行を防ぎ、思いやりのある優しい子に育てるのが目的。
誰もが「いい人・いい子」で、学校にはいじめも存在しない。
何か少しでも問題を抱えていそうな子には、
周りの大人たちも絶えず目を配り、言葉をかけ・・・。
そんな街に住む、「僕」は、しかし、毎日がつまらなく、生きている気がしない。
級友ともなじめない。
・・・しかし、同様にいつも1人でいる「勝原」に誘われ、
ある日こっそり「外」の街に抜け出るのだが・・・。
「僕」が次第に壊れていく様が、納得できてしまう。
お手軽なヒューマニズムはぶっ飛んでしまう、ビターな作品です。
これは彼女のデビュー長編「火星ダーク・バラード」の前日譚であるとのこと。
機会があれば読んで見ますか・・・。

「魚船・獣船」

満足度★★★★☆