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三日月が円くなるまで 小十郎始末記 (角川文庫) 宇江佐 真理 角川グループパブリッシング このアイテムの詳細を見る |
主人公、刑部(おさかべ)小十郎は仙石藩の武士。
あるとき、仙石藩主がライバル島北藩に恥をかかされるという「檜騒動」が起きて、
正木庄左衛門が藩主の汚名をそそごうとする。
小十郎はそこまでの藩への思い入れはないのだけれど、
その助太刀を命じられ、やむなくその任につく。
この話は、実際にあった「檜山騒動」の南部藩と津軽藩のいさかいを元にしているとのこと。
ふーむ、歴史に疎い私にはそういわれても分かりませんが・・・。
まあ、忠臣蔵を想像してみるといいのでしょうか。
主君が恥をかかされて、家臣がその仇をうつ。
つまり相手の命を狙う、ということなんですね。
今ではちょっと想像しがたい行為ですが、これぞ武士の心得・・・。
それでいうと、この小十郎は、立派な武士道を持っているとはいいがたいのです。
当面は、本気で仇を討つ機会を狙っている庄左衛門の動向を見守るだけの役目。
つまりは退屈なのです。
無為な日々。
しかし、いつかは命をかけて大仕事をしなければならない。
いつかの大事と現在の無為。
このギャップの中での小十郎の心の揺れ、
それははかない恋心であったり、
友人とのふれあいであったりするのですが、
ほろ苦く切ないその青春を描いています。
時代小説の魅力というのは、その封建制度という大きな制約の中でも、
今と変わらず、夢や希望を持って精一杯生きようとしている人々の姿が
心を打つのだと、私は思います。
考えてみれば、民主主義の今の世の中でも、
受験やら就職やら、結婚やら・・・、
様々な制約の中で、世の中の大きな歯車のひとつとなって生きている、
ということでは江戸時代とそう変わってはいないのかもしれませんよね。
だから、時代物とはいっても、実は古くて新しいテーマを扱っているわけです。
私は今のところ、宇江佐さんのものしか時代ものは読まないのですが、
こういうことが分かっただけでも、
この著者の作品に触れてよかったなあ・・・と思うのであります。
なんだかちょっと短気なところもあるこの小十郎さんが、
お寺で修行しなければならないところがあるんですよ。
そこで意地悪な僧に徹底的にしごかれるのですが、
彼はそこで逆に武士の矜持を取り戻す。
・・・いいシーンです。
無為の日々の中でも、徐々に人間的に成長していく小十郎。
さあ、「その日」は本当に来るのでしょうか・・・。
満足度 ★★★★☆