まず、自分の中に愛を~平和もそこから 2015・5・5・
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チベット仏教寺院の仏像
ダライラマ師の講演会に始まる2時間前に着き 並んで一番前の席を
とることができました。
話しの内容は詳細は省きますが、テーマは”平和について~親の愛”
というものでした。
平和というのは各自の心の中から始まり、宗教を超えて民族を超えて
文化を超えて互いに同じ人間である、愛情を知る心をお互い大切にすることから
始まるという趣旨でした。
愛情を知る心~それは、国や文化の違いがあっても、誰もが、親の愛に守られ
未防備な幼年時代を過ごすことができた、誰もそういう意味で
同等であるという話でした。
親の愛~その愛を知っている自分がインナーチャイルド、と呼ばれる純粋な
子供心の部分でしょう。
私の記憶では、8歳までは両親が死んだら自分も生きていけない~と本気で
考えていたのでした。
それほど、親の愛情だけを頼りに生きていた時期も自分の人生にはあった
のです。講演が終わると、ラマ師は何人かの人の質問を受けました。
高校生ぐらいの少年が聞きました。
”ダライラマ様、私の母はとても良く笑う母でしたが、癌が見つかり、笑いを
失ってしまいました。もう一度、母の笑顔が見たいのです。
どうしたらよいでしょうか?”
すると、ラマ師は
”チベットの薬はとても良く効きます” 会場から笑い声が起こりました。
”わけてあげましょうか?とても高価ですが・・・”
少年は”残念ですがゆとりがありません。”
すると、冗談だよと、ラマ師は笑顔で
”明後日まで都内のホテルに滞在しています。あとで詳細を教えましょう。
私の部屋に受け取りにいらっしゃい。分けてあげましょう。”
少年は信じられないといった表情で大喜びでした。
短い会話でしたが、ラマ師の優しさの原点を見ました。
一方、同じ癌の余命宣告を受けた友人を持った女性の 質問には、
ラマ師は
”誰にでもカルマがあります。 次の生で迷わないで済む様に
今生きている意味を考えて、精一杯 生きてくれるように、友人として
伝えてください。”とも答えていました。
こうして2時間近い講演の終わり、ダライラマ師は丁寧に会場の四方に
向いて、深く合唱され、私たちに祝福を与えてくれました。
私はとても近い席にいたので、思わず、目と目があったような錯覚を
覚え思わず、合掌礼を返しました。
何かがその礼と一緒に私の心に一種の”確信”となって残りました。
それは グループホームに母をいれず、とりあえず、平和な心になって、
母と暮らしてみよう~平和になれないのは 私に原因があるのかも
しれない。私(インナーチャイルド)の声に耳を傾ける余裕のないほど、
”~しなくてはならない”とか”~あるべきだ”とか、”犠牲になっている”とか、
”責任を負う”とか、いつの間にか、ゆとりとやさしい気持ちを、どこかに
忘れてきてしまっているのかもしれない。
幼いとき母が自分に平安と安らぎの場を与えてくれたように
母に その平安と安らぎを与えてみよう。
こうするべきだ~という観念ではなく、素直に インナーチャイルドの
声に従うことで・・・母は愛そのものだ。
認知症と診断された取り留めのない過去の断片で埋まった
心の奥底にも、必ず、この天使に応える、天使の心があるはずだ。
母の子供時代~自分の”天使の子供”を十分に発揮できる時代ではなかった。
混乱の続く昭和の初めの時代に幼少を過ごし、多感な青春時代には、
戦争が勃発して、親子離散、疎開生活、兄弟姉妹の多い中で十分に
親から愛情を受けたという記憶もあまりないに違いない。
グループホームの施設に母をお願いすると申し込み用紙を書いてきた
ことを妹にすでに報告していたので、改めてメールを送ることにした。
そのメールを4月13日に送った。
”御世話になっています。 今週は土曜日 O整形外科病院で術後
ひと月検診があります。母は家の中を伝い歩きしてトイレに一人で
行くことができるようになりました。
夜もだいぶ落ち着いてきています。
インドから様子を見に来た息子H も、母の回復が速いので驚いています。
不思議なことに、孫に対しては、母は正常な様子で以前と変わらずに、
応対しています。
今私が味わっている、貴方が味わってきた、あるいは夫が味わった
母との軋轢や緊張というのは、それぞれの立場でそれぞれのカルマ
があり、違うということを母の孫への対応をみていて感じました。
人はこの世に生まれ、カルマ、因縁の決済をしてバランスをゼロに
したとき解脱を得ます。そのために 母は観音様として私の前に
私の自我を示してくれるために存在しているように思えます。
一昨日 ダライラマ師の講演会に緊急なご招待を受け速達で送られて
きた招待状を持って一番前の席でお話しを聴いてきました。
師のオーラに接し、目の前の大師から目を合わせ合掌しあったその時
私の心に何かが生まれました。
グル―プホームに入れなければ無理だという周囲のご意見は尊重しつつ、
もう少し頑張ってみようという気持ちになりました。
幼少時 無償の愛を注いでくれた親にたいし、時どき、狂ったようになる
母に怒りとイライラ感と恐れを抱くということは 無償の愛にまだ私が
なりきっていないということです。
そういう意味でまだ 私と母の間にはカルマが残っているのだと
思います。”
具体的には 5時に帰宅した母に温かいお茶とおやつを用意しよう。
美味しい手作りの夕食を楽しく摂ろう。
一緒に母の好きなゲームをして、夜間 良く眠れるように頭も使って
もらおう。買い物が大好きな母に、帰宅した夕方、暖かい午後は夕食まで
のひと時は 母の車いすを押して買い物に出かけよう。
布団はいつも、清潔にして、暖かい寝床を用意しよう。
深夜に、”やすよ!”と、幾度となく、起こされたら、”明日、朝6時味噌汁
をつくるから寝かしてね”と何度でも言って、わかってもらおう。
お洒落をしてもらおう。
幼い自分が母のそばで安心感を得たのは母の愛の力だった。
今こそ、それを実践して 母の中の”天使の子ども”の住む
部屋をノックして 中にもう一度入れてもらおう・・・・