ustad Shujaat Husain Khan~私のグル(師匠)のシタール
2015・5・23
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先日、インドに出かける前、実家の掃除をしていた。
神棚の下に忘れられたように たてかけられたシタールの
ケースが目に留まり、2年ぶりに開けて観る気持ちになった。
日本に3つ、インドに一つ 置いてあるシタール。
名器の自慢になってしまいそうで恐縮だが
いずれも、かの、ビートルズのジョンレノンのシタール
を造った デリーの銀座街といわれる、コンノードプレスの
楽器製造販売の、リキラム店の 故マスターが創作して
くれたものだ。
現在 跡を継いでいる、サンジェイ氏、アジェイ氏
(双方とも独立してリキラム店を継続)
の父上に当たるかたで、シタール演奏家レジャンド・ラヴィシャン
カール(ジー~尊称)とは特にお親しく 多くのシタールを
提供されている。
インドのアパートに置いてある一器は、私にとって特別な
シタールだ。
先回、インド訪問中、リキラム店にサンジェイ氏にジャワリ
(シタールの弦を替えたりメンテナンスを行うことの意味)
をしてもらい、グラスファイバー特製ケースの中にしまい、
実家の部屋に置いてきた。
このシタールは、私の、グルジーである、 スジャータ・カーン
(shujaat Khan)師のものでもあり、私に、贈与された。
このシタールをもっと極めたいという願いも 父の死で挫折した。
グルジーのもとで14年師事したが、父の亡きあと、日本に住民票
を移し、 帰国しなければならなくなったからだ。
当時、父の残した銀行への数千万円の負債と、認知症の母の世話
を中心とした生活の責任者となったからだ。
180度の転換だった。
インドでシタールという天界の音曲の世界に浸っていた私は、
下界に突然引き下ろされたような錯覚さえ覚えた。
一滴の水にも 一口のチャイのしみいる甘さにもほっとし
停電にひたすら耐える、灼熱の太陽の日差しの入る部屋での
インド生活をしてきたおかげで、、日本でのインフラの整備
の良さと安全性には 有り難いと思える毎日ではあったが、
毎月の両親の負債保証人としての返済、要介護3(現在)の
認知症の母の成年後見人という責任の重圧に、
毎日の生活が一変した。
そうこうした生活の中で、いつの間にか、シタールのケース
を開ける気力が失せていることに気が付いた。
毎日数時間の練習をしていたインド時代が、遠い世界に感じた。
その間、自然治癒力セラピー協会を立ち上げ、シタールを通じて
学んだスピリチュアルの世界と生命力、そして人間の本質などを
皆様と考えることに意義を見出すことができた。
そして、シタールに手を触れ得ない罪意識も重なり、
グルジーには東京に戻ってからは一切の連絡をとることが
できなかった。
シタールを手にできない自分に、どうやってグルジーに
顔向けできよう。
グルジーの持てる知識と技量を、外国籍の弟子の一人だった、私
に 無償で与えてくださった恩義に対していつか報いることが
できるとしても今ではない~と感じていた。
中途半端な心で、シタールにもグルジーにも向き合うことは、
私の心が拒絶してしまった。
恩義を知らないからではなく、受けた恩義に何もお返しできない
心苦しさの裏返しでもあった。
日本に戻ってきた最初の2年間はグルジーの家族の夢、
そしてグルジーの父上でシタールの巨匠、ヴィラヤット・カーン
(Vilayat Khan)師が夢に出てきて語りかけたり、
時には、シタールの演奏をしてくだった。
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そうかもしれない。
奥様や長男や長女(当時はまだ幼く・・)が
”Where is Fatima(私は当時こう呼ばれた)?" と噂している夢
も見た。
そして、昨年 ついに、印度訪問の時 御宅を訪れることを
決心した。
突然の訪問に奥様は Fatima!と両手を広げて迎えてくれた、
長い間のご無沙汰の理由をお話しさせていただいた。
奥様は昔と変わらない美しい笑顔で 当時の弟子のふがいなさ
を許してくださった。
そんな自分が 数日前、実家の神棚の下に置き忘れている、
シタールを手にしていた。
つま弾いていた。
不思議な気がすると同時に、またあの時の感覚が戻ってきていた。
傍で聴いていた人が、”あら、この部屋の空気が変わってきた”
とつぶやいた。
”波動の力ですね。清々しい雰囲気に空気が変わりました!”
シタールの音色。
そういえば、京都の癒しの森主催者 二宮さんはインド時代
からの友人だが、
”須田さんのシタールは天上の波動と直結しています”
と言ってくれたこともあった。
今でも、”シタールをまた いつか演奏してください”と励まし
続けてくれている.
グルジーの言葉が 時々 心に、よみがえる:
”Enjoy music more ,
why you look so serious?
Enjoy Playing"
(もっと 楽しみながら、そんなに気難しい顏じゃなくて、
楽しんで弾いてごらん)
そんな心持ちで いつか もう一度シタールを日常につま弾く日
がくればと心の片隅で願っている。
ありし日のマハグルジー(ヴィラヤット・カーン師)と
若き日のグルジー(スジャータ・カーン師)~手前