自然治癒力セラピー協会=Spontaneous Healing Therapy Japan

自然治癒力を発揮させるために、心と体の関係を考えます。

”神示”という言葉に関して

2022年04月04日 | 協会ホームページ

臨時投稿~~組織宗教とは無縁です。  

2022/4/3

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皆さま

 

”波動”の話や、心の中での、”三つの異次元”の話やら・・・

しているさなか、突然、”一二三神示”というタイトルが出てきて 

違和感をお感じではないですか?

 

”神示” の中からの抜粋で、ブログが進められていて、

ためらわれている方も多いと思います。

 

この協会では、いかなる特定組織宗教団体に準じては 

おりませんからご安心くださいませ。

たまたま、取り上げたご本の名前が、”神示”という形で

あらわされておりましたが、中身を読みますと、今、取り

上げている、三つの心の立ち位置、”物質界”、”量子界”、

”空界”を紐解くのに、適格な言葉が心に響きましたので、

ご紹介しております。

 

これまでも、このことを、お話するために、いろいろな

ところから、抜粋してきました。

 

たとえば、ホ・オポノポノ

(ハワイの古代から伝わる、問題解決方法~”空”と

つながる方法)や、密教、タントラ、ヨガ、ギータ

(インドの古代の聖典の一つ)、サイババ師、ヨガナンダ師、

他、覚者や達人たちの言葉を引用しながら、

”自分とは何か?”を探ってきました。

 

”自分とは誰か?” とは、へんな質問ですが、私たちの肉眼は、

外ばかり向いていますから、内なる目を開眼させて、心の中を

掘り下げて、見つめていくことは、なかなか、難しいようです。

 

外から見る自分、は、客観的なデータと、有体(ありてい)を

表現すればよいのですが中身を吟味して、言葉に表すのには

時間がかかります。

 

ましてや、その結果、”自分もあなたも、同じ存在の、異なる

現れ方をしている、生命体” ではないか?と思い当たるまでには、

ずいぶんと人生階段を登っていく必要があるようです。

 

そして、その自己の内奥にある、生命力の持つ、素晴らしい能力

を自覚することで、周りの人や環境の風が、違ってくるというのも、

事実です。(というのは、たくさんのエビデンスがあるということ

です。)

 

そのために、一介の求道者にすぎない、私(スダ)が 自分の

言葉というより、先達の言葉を引用させていただくことで、より、

そうした階段を上るための、説得力が増すのでは?と思うところ

です。

 

さらに、私たちの潜在能力を”知る” ”理解する” ”体感する” 

”体験する”ことで、初期の病の症状ならもちろんのこと、余命宣告

を受けたりした人でも、文字通り、”生まれ変わる” ことができる

のです。

皆さまも周りに(もしかしたら、あなた様ご自身が)こうした体験

をお持ちの方たちをご存じのはずです。

 

私は、高齢者といわれる世代ですが、若い人たちの中には、なぜか、

すでに、こうしたことを、理屈抜きに感じていらっしゃる方たちも

多いようです。

ですので、理屈でアレコレと、こうしてブログで、だらだら書くことは、

現代的では、ないのかもしれません。

 

それでも、読んでいただいて、少しでも、心に残る言葉があれば、

幸いだと思います。

”神示”というのは、いわゆる、直観で、小さな自己意識を抜いた部分で、

自動に手が動いて、自分の意思とは無関係に、書かれていた”書”のことです。

 

ですので、物質的でもなく、量子的でもなく、ある意味、空の世界から、

舞い降りた雪のように純粋で、書き留めておかなければ消えてしまうような、

”言霊”でもあるのでしょう。

 

そうした想いで、一二三神示を取り上げています。

偏見をぬきに、読んでくだされば、ありがたいと思います。

 

 

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物質界とは?一二三神示から

2022年04月01日 | 健康を実現するための言霊(マントラや真言)

”悪と善”二元的価値が対立する世界                2022年4月1日

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青い文字が、一二三神示からの引用です。

 

悪的感覚と 悪的実態は、おのずから、別である。

この実情を感覚仕分けたうえ、悪を悪なりと

定めてしまって、悪はすべて祖先より、あるいは 

原因の世界より伝えられたる一つの因果であると

いう平面的、地上的考え方の誤っていることは、

以上のべた処で明白となり。

己を愛するは、まず、悪の第一歩なりと考える。

その考えが悪的であることを知らねばならぬ。

 

スダ注:傍線部分のご注目ください。 

物質的世界の特徴は、因果で物事を判断すること。

そして、それは一二三神示によると、平面的で、

地上的という形容詞がついています。

さらに、己を愛すること、それは、とても大切な

ことであるのにもかかわらず、

エゴイズムの一歩ということで、悪いことと

考えられているのが、残念であります。

 

来るべき新天地には、悪を殺さんとし、悪を悪として

憎む観念はなくなる。

しかし、それが、最高の理想郷ではない。

さらに弥栄して、高く、深く、歓喜に満つ世界が訪れる

ことを知り、努力しなければならない。

 

スダ注:悪を殺さんとし、悪を悪として憎むのが 

私たちの地上の世界の常識的正義です。

でも、それは、限られた智で判断する私たちの

正義であり、限られた智慧というのは、

現世を生きるための五感の感覚機能を主体とした

肉体に属する知恵のことです。

それは 前回お話した、量子的世界や、

空の世界という、超越意識の中で直観的に

真理を知る第三の眼でみる、智慧とは

区別されています。

 

人の良識で判断すれば、悪が許され、大手を振って、

往来を闊歩するこざかしい人たちに

その権力だけで追随している人たちを含め、

公平さに欠けたさまざまな、世界的な

理不尽な事象が目につくことでしょう。

 

何も、悪いことをしていないのに、どうして 

善人たちが、こんな目にあって、

悪いことをしている人が、繁栄するのだろうと

疑問にもなります。

ここで、神示は、そういう事象も、その事象で

悪が出てくることも真の智慧をもってみれば、

必要悪であるゆえに、地上人の言う長い目でみれば、

善 が生きて、強くなるための踏み石になり得ると、

前回ご紹介した中にもありました。

本来悪はなく、暗はなく、地獄なきことを

徹底的に知らなければならない

という神示の言葉がそれに続いていました。

悪的感覚と悪的実態は自(おのず)から別で

あるが、この実情を、感覚仕分け得て

体得する霊人は極めて少ないがごとく、

地上人に至りては、きわめて稀であることを

知らなくてはならない。という神示とともに・・・

 

とはいうものの、この 悪いとする感覚からくる

信念と、実際の必要悪であるという賢い判断は、

なかなかできずに、実態があるから、悪がある

とは限らず、悪があるから、必ずしもその実態が

そうであるとは限らないという考え方は、

わかりずらく、ややこしい話です。

 

これらの複雑な要素を、きちんと、仕分けられる、

体得する霊界の人は、きわめて少ないと 

神示で延べられ、さらに、我々肉体を持っている

人間に至っては、その境地に達することは 

それ以上に稀で、難儀である以上、このことを

心底、理解するためには、相当な修行が

必要でしょう。

 

霊界にいれば、実際、肉体はないから、悪 という

感覚的判断を、想念機能でするのですが、

それでも、肉体の目よりは、かなり緻密な

霊的感覚をもって判断出来えることでしょうが、

真理の実態を 悪 の観方を、つかみきることは

難しいのなら、我々人間にとっては

なおさらと言えるでしょう。

 

それをつかむためにどうしたら良いかといえば、

私は、”己を愛する”ことだと思います。

神示では、これこそ、悪の第一歩なりと 

普通に考えられがちだと述べられています。

”その考えが悪的であることを知らねばならぬ” 

と断固として言い切られているのは

どうしてでしょう?

この中でいうところの、”愛”、自己愛は、

決して、地球人的意味合いのそれではなく、

むしろ、自分の実相を知り、それを愛する

ことであるから、とても必要な愛といえそうです。

自分の実なる姿は、天明の書記にあるように、

歓喜そのものです。

それによって、人に対する、観方も変化する

だろうし(4)で述べられた、他者や環境が

自分に投げかける’悪的行為’も 今までとは

違う局面から観ることが可能になるでしょう。

 

そのことは、以下の神示に こう示されています:

これは生前、生後、死後の区別なく、すべてに

通じる歓喜である。

一の天界に住む、天人が、二の天界に上昇

したとき、一の天界はきわめて低い囚われ

の水の世界であったことを体得する。

さらに、一段上昇、昇華して、三の段階に

達したときも同様である。

地上人的感覚によれば、二の天界に

進んだとき、一の天界は悪に感じられ、

三の天界に進んだとき、一の天界は

最悪に、二の天界は悪に感じられる場合が多い。

天界にもいくつもの層があることは知られている。

その層を 一つめ、二つめ、三つ目、

と段階を追い上に昇るごとに、前の層は 

今より劣っていると感じられる

 

悪に感じるというのは、ここでは、劣って

いるものとして、感じられるということ。

こうして、人の魂は次々に 北を目指して

中心へと向かって、本来の魂に帰化するために

生長し続けているといえるのでしょう。

 

 

 

 引用部分: ”ひふみ神示” 2011年

 岡本天明著 太陽出版 

 

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