dimness それでも希望は
第78話 冬暁 act.10-side story「陽はまた昇る」
シャツ透す湯に濡れてゆく、肩からシャワーの飛沫降りかかる。
抱きしめた腕も胸もシャツと湯を透かす体温ひとつ、震えるごと沁みてゆく。
水の音、かすかな嗚咽、石鹸やわらかな香、顎ふれる髪の水滴、ふるえる素肌。
抱きしめたまま濡れてゆくシャツに鼓動ひとつ響きあう、その温もりと震えに英二は微笑んだ。
「周太、泣いていいよ?」
泣いていい、今夜の君は。
誰だって普通は泣く、きっと君の父親だって泣いた。
その父親も泣いただろう、そのまた父親も、その親も、連綿と泣き続けてきた。
だから今ここで泣いたらいい、そのために今夜いちばん傍にいたかった背中を抱きしめた。
「周太、今夜は周太を思いきり泣かせたくて俺は来たんだ、独りで泣くより俺の傍で泣くほうがマシだろ?あのときの俺みたいに、」
あのときの自分、そう言ったら君はどの夜を思い出してくれるだろう?
こんなふう抱きしめてもらって泣いた夜は自分こそ多すぎる、そんな記憶に腕のなか濡れた黒髪がみじろいだ。
「えいじ…僕が何を泣いてるとおもうの?」
「俺との約束の時間に来れなかった理由だろ、周太?」
答えて笑いかけながら腕ほどき、棚のバスタオル一枚とる。
シャワー停めて、ふわり濡れた裸くるみこみ笑いかけた。
「周太が出たら俺がシャワーするからさ、部屋でゆっくり着替えなよ?それとも俺が周太のこと、着替えさせていい?」
こんなこと言ったら叱られるんだろうな?
その予想に笑いかけた真中で濡れた黒髪ふりむいて睨まれた。
「けっこうです自分でします、さっさとおふろのしたくしたら?あっちいってて、」
すこし棒読みな言い方は恥ずかしがっている。
そのトーン通り紅い顔そっぽ向いてタオル包まってしまう、この変わらないツンデレに笑って浴室を出た。
ばさり、タオル被って息吐いて鏡から自分が見つめる。
雫まだこぼれる髪に眉から頬ぬれる、泣いているみたいだ?
そんな感想と見つめるまま本音が可笑しくて英二はそっと笑った。
「は…泣いてるかな、俺、」
換気扇の音まじり笑った声がどこか泣く。
いま見つめる鏡は湯気かすんで曇る、その白い影に自分の目は泣いていない。
それでもシャワー浴びる間ずっと泣いていたかもしれない?その臆病が軋む。
『英二こそ僕を信じてる?』
ほら、髪拭きながら声また聴こえてしまう。
もう四日前の言葉、けれどタオル髪ぬぐう狭間に大好きな声は続いて裸の肩ふれる。
『僕は14年ずっと父を探してきたよ、良いことも悪いことも僕は知りたいんだよ?庇われたくない、英二こそ僕を信じてる?』
先週末に言われた言葉また響く、あの電話ごしの声と同じ意味だった。
ほんの15分前に言われた言葉、あれは信頼を問いかける。
『僕が何を泣いてるとおもうの?』
なぜ周太はひとり浴室で泣いたのか?
その解答ふたつ本当は迷っている、周太は今日どちらを選んだろう?
選択肢ふたつは唯一瞬で分かれていく、この分岐点あの人には大きすぎる。
午後遅い公園のベンチに見つめた電子文字の記事、あの事件で君が選んだのは?
“ いま向かいのビルが窓割れた、なんか機動隊っぽいの突入したけど全員マスクしてる怖い何? ”
機動隊は普通そんなマスクはしない、だからどこの部隊なのかもう解かる。
自分も実際に見たことは未だ無くて、それでも知識として知っている画像が記憶から映す。
警視庁特殊急襲部隊 Special Assault Team 通称SAT
入隊条件は身長170cm前後、独身、男性限定。
独身なのは「万が一」において家族も妨げとなるため、または「審査」を要するから独身の方が都合良い。
男性限定は体力から精神力の安定が求められるため、女性特有のホルモンバランス変化や不安定性は事故につながる危険が高い。
それは特に狙撃班員には要求される、二十四時間体勢で遠距離からの監視、警戒を行い状況次第では犯人射殺も辞さない、そんな任務は過酷だ。
―本当に狙撃したなら精神的な負担も大きい、どんなに平静に見えても初弾は、
自分も発砲経験がある、けれど威嚇射撃と狙撃は違う。
威嚇目的の発砲は「警告」そこに生殺与奪の意志は無い、でも狙撃の目的は「死」だ。
「…俺だって震える、きっと、」
独りごと零れて鏡のなか湯気そっと消えてゆく。
こんな自分ですら目的「死」なら震えるだろう、あの優しい人なら何を想う?
そんな想像に選択と答えは見えてくる、その確信に微笑んで扉を開き部屋に出た。
「周太、起きてる?」
タオル拭いながら呼びかけて小柄な背中を探す。
スラックス履いた脚は裸足のまま絨毯を踏む、タオル被っただけの肩に乾いた空気が涼む。
エアコン温まるオレンジ色のランプ下ソファへ振り向いて、その真中、座るナイフ持つ姿に叫んだ。
「っ、周太っ!」
なぜ、そんなもの持っているの?
すこし小さな手に銀色きらめく、あれはナイフだ。
あれは馨の遺品だと前に話してくれた、この記憶ごと腕伸ばし手首つかんだ。
「周太っ、なにしてるんだやめろ!」
叫びながら掴んだ手首に掌から軋む、だって細くなった。
日々の訓練に太くなるはず、それなのに少し細くなった手首からナイフひとつ零れ落ちる。
「なんで周太、なんで俺が離れた隙にするんだよ?やるんなら俺も一緒にやるから独りでやるなっ、」
きらり落ちた刃ランプ光らせテーブル転がる。
銀色の残像ただ視界の端に見ながらカーディガンの肩ひきよせ抱きしめた。
「お願いだ周太、俺の知らないところで死のうとかしないでよ?逝くなら俺も一緒に逝くから、だから独りでやるな周太お願いだから、」
抱きしめて黒髪やわらかに頬ふれる。
まだ濡れている髪さわやかに深い香が優しい、この香いつも傍に見つめていた。
いつも毎夜一緒に過ごした時は確かで、あの幸せだった記憶ごと抱きしめ頬よせた。
「周太、なにがあっても俺は周太の傍にいくよ?俺には周太しかいない、もう解ってよ…光一だって代りにならないの認めて、もう諦めて周太?
もう俺から離れられないって諦めてよ、こんな勝手な俺だけど全部で護るから離れないで…勝手にどこかいかないで周太、なんでもするから傍にいて」
頬よせて抱きしめたニットが素肌ふれる、被ったタオル素肌すべって肩から墜ちる。
ぱさり、かすかな音にスラックスの足許コットン墜ちて、その懐みじろいで黒目がちの瞳が見あげた。
「あの…えいじ?ぼく、りんごむこうってしただけなんだけど…ね?」
りんご、って今言った?
「え、?」
「あの、りんご、」
見あげ告げながら身じろいで左手さしだしてくれる。
すこし小さな手、けれど赤い林檎ひとつ確かに載せて微笑んだ。
「家からひとつ持ってきたんだ、コートのポケットに入れて…英二、寮生活だとりんご食べるとき無いでしょ?りんごは医者いらずだから、」
すこし小さな掌に赤い丸い林檎ひとつ、ルームライト艶めかす。
かすかな甘い香まだ傷ひとつない、その艶やかな果実に笑いかけた。
「ありがとう周太、周太のポケットに入ってたリンゴならすごく甘いだろな、」
林檎でよかった、
本音ほっと笑って背中の力抜けてしまう。
それでも離せないまま掴んだ手首に穏かな声が羞んだ。
「ふつうにあまいと思います…りんごむくから手、放して?」
放して、なんて今は聴きたくない。
そんな想いにさし出された林檎の手に掌そえて赤い実に口つけた。
かしり、さくっ
果実くだけて甘い香ひろがらす。
皮ほろ苦く軋んで実が甘い、さくり、甘さ呑みこみ笑いかけた。
「甘いよ周太、ありがとな、」
笑いかけ白い噛みあとまた口つける。
かしり歯に砕けて芳香あまい、さわやかな甘さに穏かな声すこし笑った。
「丸ごとかじっちゃうなんて英二、ちゃんと剥いてあげるのに?」
「このままで美味いよ、周太もほら、」
あまい香呑みこみ笑いかけて、添えた掌ごと赤い実しめす。
重ねたままの手すこし途惑っている、そんな眼差しへ綺麗に笑った。
「それとも周太、口移しで食べさせてほしい?俺がかじってあげるから、」
かしり、
ひとくち齧って笑いかけて黒目がちの瞳また途惑いだす。
いま困りだす眼差しの首すじ紅く昇りゆく、この恥じらい嬉しくなる。
だって何ひとつ変わっていない、その純粋な瞳ゆっくり瞬いて、そして告げた。
「英二、僕は誰も死なせていないから」
ことん、
あまい塊ひとつ喉から肚へ落ちてゆく。その軌跡やわらかに甘くて、けれど皮ほろ苦い。
(to be continued)
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第78話 冬暁 act.10-side story「陽はまた昇る」
シャツ透す湯に濡れてゆく、肩からシャワーの飛沫降りかかる。
抱きしめた腕も胸もシャツと湯を透かす体温ひとつ、震えるごと沁みてゆく。
水の音、かすかな嗚咽、石鹸やわらかな香、顎ふれる髪の水滴、ふるえる素肌。
抱きしめたまま濡れてゆくシャツに鼓動ひとつ響きあう、その温もりと震えに英二は微笑んだ。
「周太、泣いていいよ?」
泣いていい、今夜の君は。
誰だって普通は泣く、きっと君の父親だって泣いた。
その父親も泣いただろう、そのまた父親も、その親も、連綿と泣き続けてきた。
だから今ここで泣いたらいい、そのために今夜いちばん傍にいたかった背中を抱きしめた。
「周太、今夜は周太を思いきり泣かせたくて俺は来たんだ、独りで泣くより俺の傍で泣くほうがマシだろ?あのときの俺みたいに、」
あのときの自分、そう言ったら君はどの夜を思い出してくれるだろう?
こんなふう抱きしめてもらって泣いた夜は自分こそ多すぎる、そんな記憶に腕のなか濡れた黒髪がみじろいだ。
「えいじ…僕が何を泣いてるとおもうの?」
「俺との約束の時間に来れなかった理由だろ、周太?」
答えて笑いかけながら腕ほどき、棚のバスタオル一枚とる。
シャワー停めて、ふわり濡れた裸くるみこみ笑いかけた。
「周太が出たら俺がシャワーするからさ、部屋でゆっくり着替えなよ?それとも俺が周太のこと、着替えさせていい?」
こんなこと言ったら叱られるんだろうな?
その予想に笑いかけた真中で濡れた黒髪ふりむいて睨まれた。
「けっこうです自分でします、さっさとおふろのしたくしたら?あっちいってて、」
すこし棒読みな言い方は恥ずかしがっている。
そのトーン通り紅い顔そっぽ向いてタオル包まってしまう、この変わらないツンデレに笑って浴室を出た。
ばさり、タオル被って息吐いて鏡から自分が見つめる。
雫まだこぼれる髪に眉から頬ぬれる、泣いているみたいだ?
そんな感想と見つめるまま本音が可笑しくて英二はそっと笑った。
「は…泣いてるかな、俺、」
換気扇の音まじり笑った声がどこか泣く。
いま見つめる鏡は湯気かすんで曇る、その白い影に自分の目は泣いていない。
それでもシャワー浴びる間ずっと泣いていたかもしれない?その臆病が軋む。
『英二こそ僕を信じてる?』
ほら、髪拭きながら声また聴こえてしまう。
もう四日前の言葉、けれどタオル髪ぬぐう狭間に大好きな声は続いて裸の肩ふれる。
『僕は14年ずっと父を探してきたよ、良いことも悪いことも僕は知りたいんだよ?庇われたくない、英二こそ僕を信じてる?』
先週末に言われた言葉また響く、あの電話ごしの声と同じ意味だった。
ほんの15分前に言われた言葉、あれは信頼を問いかける。
『僕が何を泣いてるとおもうの?』
なぜ周太はひとり浴室で泣いたのか?
その解答ふたつ本当は迷っている、周太は今日どちらを選んだろう?
選択肢ふたつは唯一瞬で分かれていく、この分岐点あの人には大きすぎる。
午後遅い公園のベンチに見つめた電子文字の記事、あの事件で君が選んだのは?
“ いま向かいのビルが窓割れた、なんか機動隊っぽいの突入したけど全員マスクしてる怖い何? ”
機動隊は普通そんなマスクはしない、だからどこの部隊なのかもう解かる。
自分も実際に見たことは未だ無くて、それでも知識として知っている画像が記憶から映す。
警視庁特殊急襲部隊 Special Assault Team 通称SAT
入隊条件は身長170cm前後、独身、男性限定。
独身なのは「万が一」において家族も妨げとなるため、または「審査」を要するから独身の方が都合良い。
男性限定は体力から精神力の安定が求められるため、女性特有のホルモンバランス変化や不安定性は事故につながる危険が高い。
それは特に狙撃班員には要求される、二十四時間体勢で遠距離からの監視、警戒を行い状況次第では犯人射殺も辞さない、そんな任務は過酷だ。
―本当に狙撃したなら精神的な負担も大きい、どんなに平静に見えても初弾は、
自分も発砲経験がある、けれど威嚇射撃と狙撃は違う。
威嚇目的の発砲は「警告」そこに生殺与奪の意志は無い、でも狙撃の目的は「死」だ。
「…俺だって震える、きっと、」
独りごと零れて鏡のなか湯気そっと消えてゆく。
こんな自分ですら目的「死」なら震えるだろう、あの優しい人なら何を想う?
そんな想像に選択と答えは見えてくる、その確信に微笑んで扉を開き部屋に出た。
「周太、起きてる?」
タオル拭いながら呼びかけて小柄な背中を探す。
スラックス履いた脚は裸足のまま絨毯を踏む、タオル被っただけの肩に乾いた空気が涼む。
エアコン温まるオレンジ色のランプ下ソファへ振り向いて、その真中、座るナイフ持つ姿に叫んだ。
「っ、周太っ!」
なぜ、そんなもの持っているの?
すこし小さな手に銀色きらめく、あれはナイフだ。
あれは馨の遺品だと前に話してくれた、この記憶ごと腕伸ばし手首つかんだ。
「周太っ、なにしてるんだやめろ!」
叫びながら掴んだ手首に掌から軋む、だって細くなった。
日々の訓練に太くなるはず、それなのに少し細くなった手首からナイフひとつ零れ落ちる。
「なんで周太、なんで俺が離れた隙にするんだよ?やるんなら俺も一緒にやるから独りでやるなっ、」
きらり落ちた刃ランプ光らせテーブル転がる。
銀色の残像ただ視界の端に見ながらカーディガンの肩ひきよせ抱きしめた。
「お願いだ周太、俺の知らないところで死のうとかしないでよ?逝くなら俺も一緒に逝くから、だから独りでやるな周太お願いだから、」
抱きしめて黒髪やわらかに頬ふれる。
まだ濡れている髪さわやかに深い香が優しい、この香いつも傍に見つめていた。
いつも毎夜一緒に過ごした時は確かで、あの幸せだった記憶ごと抱きしめ頬よせた。
「周太、なにがあっても俺は周太の傍にいくよ?俺には周太しかいない、もう解ってよ…光一だって代りにならないの認めて、もう諦めて周太?
もう俺から離れられないって諦めてよ、こんな勝手な俺だけど全部で護るから離れないで…勝手にどこかいかないで周太、なんでもするから傍にいて」
頬よせて抱きしめたニットが素肌ふれる、被ったタオル素肌すべって肩から墜ちる。
ぱさり、かすかな音にスラックスの足許コットン墜ちて、その懐みじろいで黒目がちの瞳が見あげた。
「あの…えいじ?ぼく、りんごむこうってしただけなんだけど…ね?」
りんご、って今言った?
「え、?」
「あの、りんご、」
見あげ告げながら身じろいで左手さしだしてくれる。
すこし小さな手、けれど赤い林檎ひとつ確かに載せて微笑んだ。
「家からひとつ持ってきたんだ、コートのポケットに入れて…英二、寮生活だとりんご食べるとき無いでしょ?りんごは医者いらずだから、」
すこし小さな掌に赤い丸い林檎ひとつ、ルームライト艶めかす。
かすかな甘い香まだ傷ひとつない、その艶やかな果実に笑いかけた。
「ありがとう周太、周太のポケットに入ってたリンゴならすごく甘いだろな、」
林檎でよかった、
本音ほっと笑って背中の力抜けてしまう。
それでも離せないまま掴んだ手首に穏かな声が羞んだ。
「ふつうにあまいと思います…りんごむくから手、放して?」
放して、なんて今は聴きたくない。
そんな想いにさし出された林檎の手に掌そえて赤い実に口つけた。
かしり、さくっ
果実くだけて甘い香ひろがらす。
皮ほろ苦く軋んで実が甘い、さくり、甘さ呑みこみ笑いかけた。
「甘いよ周太、ありがとな、」
笑いかけ白い噛みあとまた口つける。
かしり歯に砕けて芳香あまい、さわやかな甘さに穏かな声すこし笑った。
「丸ごとかじっちゃうなんて英二、ちゃんと剥いてあげるのに?」
「このままで美味いよ、周太もほら、」
あまい香呑みこみ笑いかけて、添えた掌ごと赤い実しめす。
重ねたままの手すこし途惑っている、そんな眼差しへ綺麗に笑った。
「それとも周太、口移しで食べさせてほしい?俺がかじってあげるから、」
かしり、
ひとくち齧って笑いかけて黒目がちの瞳また途惑いだす。
いま困りだす眼差しの首すじ紅く昇りゆく、この恥じらい嬉しくなる。
だって何ひとつ変わっていない、その純粋な瞳ゆっくり瞬いて、そして告げた。
「英二、僕は誰も死なせていないから」
ことん、
あまい塊ひとつ喉から肚へ落ちてゆく。その軌跡やわらかに甘くて、けれど皮ほろ苦い。
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