足利フラワーパーク内で、るるぶ ”足利市特集”が無料で配布されていました。休憩中にページをめくっていたところ、史跡「足利学校」や国宝「鑁阿寺」の記事が紹介されていて訪れてみたくなりいました。フラワーパークから足利市中心部までは距離にして10km足らずです。フラワーパークを12時に出発し県道67号を足利へ向かいます。
無料の県営駐車場に車を停めて、最初に訪れたのは足利氏の氏寺である「鑁阿寺」です。"ばんなじ"と読みます。門前町を進んでいくと正面に太鼓橋と山門が見えてきます。宗派は真言宗大日派(本山)、本尊は大日如来です。

山門は建久7年(1196年)び足利義兼によって建立したのが始まりとされます。現在の山門は室町時代の兵火で焼失後の永禄7年(1564年)に13代将軍足利義輝が再建したものです。八脚門楼門で三間一戸、入母屋、瓦葺き、2層目には高欄が廻り、両脇には仁王像が安置されています。重厚さを感じます。

山門をくぐると案内板がありました。

正面が本堂です。

本堂は弘安10年(1287年)に先代の本堂が落雷で大破した事から正安元年(1299年)に7代当主足利貞氏が再建した建物です。その後、永享4年(1432年)と元禄年間(1688年~1704年)に大改修が行われ現在のような姿になっています。桁行5間、梁間5間、入母屋、鑁阿寺本堂瓦葺きで正面、背面共に唐破風向拝が付いています。内部には3間の内陣があり元禄年間(1688年~1703年)に建立された観音壇厨子(一間社、入母屋、妻入、正面唐破風、極彩色、足利市指定文化財)が設置され大日如来像(鎌倉時代後期作、栃木県指定重要文化財)が安置されています。様式は鎌倉時代初期の禅宗様で唐様と和様の折衷とするなど鎌倉時代の代表的な寺院建築として明治41年に国宝に指定され戦後法令の改正で国指定重要文化財に、平成25年(2013年)に国宝に指定されています。
(以上栃木県観光案内より引用)

歴史と風格を感じさせる本堂です。

多宝塔です。元禄5年(1692年)、5代将軍徳川綱吉の生母桂昌院が寄進再建された建物です。内部には足利家の大位牌と共に徳川家歴代将軍の位牌が安置され、本尊金剛界大日如来坐像(栃木県指定重要文化財)、前仏勢至菩薩像、両側に十六羅漢像が安置されています。木造の多宝塔としては栃木県内唯一、又、日本最大級に多宝塔として貴重な事から昭和41年に栃木県指定重要文化財に指定されています。(栃木県観光案内より引用)

こちらは国指定重要文化財に指定されている鐘楼です。

多宝塔の傍には大イチョウの木がそびえています。縁結びのご神木と言われ、樹齢は550年と推定されています。栃木県の天然記念物に指定されています。

この一帯は案内板にある通り周囲に土塁と堀をめぐらしたほぼ正方形のエリアで、面積は約40,000㎡。鎌倉時代の武家屋敷( 平城) の面影を今に伝えており、 大正11年3月に「足利氏宅跡」として国の史跡に指定されています。

本堂裏手の校倉です。宝庫、大黒堂とも称します。江戸時代中期に建てられた数少ない校倉造建築の遺構として貴重なことから足利市指定有形文化財に指定されています。

西側から見た多宝塔です。その奥に大イチョウ、本堂と続きます。
足利家氏寺としての風格を感じる鑁阿寺を後にして、足利学校へ向かいます。
無料の県営駐車場に車を停めて、最初に訪れたのは足利氏の氏寺である「鑁阿寺」です。"ばんなじ"と読みます。門前町を進んでいくと正面に太鼓橋と山門が見えてきます。宗派は真言宗大日派(本山)、本尊は大日如来です。

山門は建久7年(1196年)び足利義兼によって建立したのが始まりとされます。現在の山門は室町時代の兵火で焼失後の永禄7年(1564年)に13代将軍足利義輝が再建したものです。八脚門楼門で三間一戸、入母屋、瓦葺き、2層目には高欄が廻り、両脇には仁王像が安置されています。重厚さを感じます。

山門をくぐると案内板がありました。

正面が本堂です。

本堂は弘安10年(1287年)に先代の本堂が落雷で大破した事から正安元年(1299年)に7代当主足利貞氏が再建した建物です。その後、永享4年(1432年)と元禄年間(1688年~1704年)に大改修が行われ現在のような姿になっています。桁行5間、梁間5間、入母屋、鑁阿寺本堂瓦葺きで正面、背面共に唐破風向拝が付いています。内部には3間の内陣があり元禄年間(1688年~1703年)に建立された観音壇厨子(一間社、入母屋、妻入、正面唐破風、極彩色、足利市指定文化財)が設置され大日如来像(鎌倉時代後期作、栃木県指定重要文化財)が安置されています。様式は鎌倉時代初期の禅宗様で唐様と和様の折衷とするなど鎌倉時代の代表的な寺院建築として明治41年に国宝に指定され戦後法令の改正で国指定重要文化財に、平成25年(2013年)に国宝に指定されています。
(以上栃木県観光案内より引用)

歴史と風格を感じさせる本堂です。

多宝塔です。元禄5年(1692年)、5代将軍徳川綱吉の生母桂昌院が寄進再建された建物です。内部には足利家の大位牌と共に徳川家歴代将軍の位牌が安置され、本尊金剛界大日如来坐像(栃木県指定重要文化財)、前仏勢至菩薩像、両側に十六羅漢像が安置されています。木造の多宝塔としては栃木県内唯一、又、日本最大級に多宝塔として貴重な事から昭和41年に栃木県指定重要文化財に指定されています。(栃木県観光案内より引用)

こちらは国指定重要文化財に指定されている鐘楼です。

多宝塔の傍には大イチョウの木がそびえています。縁結びのご神木と言われ、樹齢は550年と推定されています。栃木県の天然記念物に指定されています。

この一帯は案内板にある通り周囲に土塁と堀をめぐらしたほぼ正方形のエリアで、面積は約40,000㎡。鎌倉時代の武家屋敷( 平城) の面影を今に伝えており、 大正11年3月に「足利氏宅跡」として国の史跡に指定されています。

本堂裏手の校倉です。宝庫、大黒堂とも称します。江戸時代中期に建てられた数少ない校倉造建築の遺構として貴重なことから足利市指定有形文化財に指定されています。

西側から見た多宝塔です。その奥に大イチョウ、本堂と続きます。
足利家氏寺としての風格を感じる鑁阿寺を後にして、足利学校へ向かいます。