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水持先生の顧問日誌

我が部の顧問、水持先生による日誌です。

赤めだか

2016年01月04日 | おすすめの本・CD

 

 年末のテレビドラマは観なかったが、文庫で読み直してみると、この作品は味わいたい言葉の宝庫だ。エッセイ枠扱いかもしれないけど、自分的には、雑誌「entaxi」に連載されてるころから小説として読んでいた。
 主人公の談春の中学生時代の出来事。
 学校から寄席に行くという行事があった。客席を埋めた中学生に向かって、高座の談志がこう語ったという。


 ~ 「あのネ、君達にはわからんだろうが、落語っていうのは他の芸能とは全く異質のものなんだ。どんな芸能でも多くの場合は、為せば成るというのがテーマなんだな。一所懸命努力しなさい、勉強しなさい、練習しなさい。そうすれば必ず最後はむくゎれますよ。良い結果が出ますよとね。忠臣蔵は四十七士が敵討ちに行って、主君の無念を晴らす物語だよな。普通は四十七士がどんな苦労をしたか、それに耐え志を忘れずに努力した結果、仇を討ったという美談で、当然四十七士が主人公だ。スポットライトを浴びるわけだ。でもね赤穂藩には家来が三百人近くいたんだ。総数の中から四十七人しか敵討ちに行かなかった。残りの二百五十三人は逃げちゃったんだ。まさかうまくいくわけがないと思っていた敵討ちが成功したんだから、江戸の町民は拍手喝采だよな。そのあとで皆切腹したが、その遺族は尊敬され親切にもされただろう。逃げちゃった奴等はどんなに悪く云われたか考えてごらん。理由の如何を問わずつらい思いをしたはずだ。落語はね、この逃げちゃった奴等が主人公なんだ。」 (立川談春『赤めだか』)扶桑社文庫 ~


 「落語はね、この逃げちゃった奴等が主人公なんだ」
 なんと本質的な言葉だろう。
 小説を教えるときに、同じようなことを時々言う。
 中学校までの教科書に載っている小説は、「がんばろう」「人にやさしくしよう」が主題の作品ばかりでした。
 でも、高校はちがうよ。
 弱者から盗みを働いたり、友だちを裏切って自殺させたり、若い子を孕ませて捨ててくるのが主人公だからね。
 でも、こういうのがむしろ小説なんだよ、と。
 小説はね、「この逃げちゃった奴等が主人公なんだ」って、これから話そうかな。


 ~ 「人間は寝ちゃいけない状況でも、眠きゃ寝る。酒を飲んじゃいけないと、わかっていてもつい飲んじゃう。夏休みの宿題は計画的にやった方があとで楽だとわかっていても、そうはいかない。八月末になって家族中が慌てだす。それを認めてやるのが落語だ。 …  客席にいる周りの大人をよく見てみろ。昼間からこんなところで油を売ってるなんてロクなもんじゃねェヨ。でもな努力して皆偉くなるんなら誰も苦労はしない。努力したけど偉くならないから寄席に来てるんだ。『落語とは人間の業の肯定である』。よく覚えときな。教師なんてほとんど馬鹿なんだから、こんなことは教えねェだろう。嫌なことがあったら、たまには落語を聴きに来いや。あんまり聴きすぎると無気力な大人になっちまうからそれも気をつけな」 ~


 寄席見学に来た中学生にこんなことを語る談志を、引率の先生はきっと苦虫をつぶした顔で見ていたことだろう。
 幼き日の談春は、初めての談志体験に驚き、魅了され、そのあと追っかけを始める。
 それにしても、おれより年下の談春さんが中学校時代、談志師匠は普通に寄席にあがっていたのか。
 いいなあ、東京は。こっちに生まれていたら人生はちがったろう(あたりまえか)。でも、寄席に行こうとしてたら原宿とかでスカウトされてしまった可能性も大きい。落語や小説の神髄を知らぬまま大人になっていたかもしれない。
 3学期の授業の予定を少し変更して、太宰治「富嶽百景」をやることに、さきほど脳内会議で決定した。
 初めてなので少しどきどきする。3学期は久しぶりの「ネタおろし」授業になる。

コメント (2)
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