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水持先生の顧問日誌

我が部の顧問、水持先生による日誌です。

「富嶽百景」の授業(5) 二段落 第二場面

2016年01月27日 | 国語のお勉強(小説)

 

二段落 〈第二場面 三ッ峠〉

 

 私が、その峠の茶屋へ来て二、三日たって、井伏氏の仕事も一段落ついて、ある晴れた午後、私たちは三ッ峠へ登った。三ッ峠、海抜千七百メートル。御坂峠より、少し高い。急坂を這うようにしてよじ登り、一時間ほどにして三ッ峠頂上に達する。蔦かずらかき分けて、細い山道、這うようにしてよじ登る私の姿は、決して〈 見よいものではなかった 〉。井伏氏は、ちゃんと登山服着ておられて、軽快の姿であったが、私には登山服の持ち合わせがなく、ドテラ姿であった。茶屋のドテラは短く、私の毛ずねは、一尺以上も露出して、しかもそれに茶屋の老爺から借りたゴム底の地下足袋を履いたので、我ながらむさ苦しく、少し工夫して、角帯を締め、茶店の壁に掛かっていた古い麦わら帽をかぶってみたのであるが、いよいよ変で、井伏氏は、人のなりふりを決して軽蔑しない人であるが、このときだけはさすがに少し、気の毒そうな顔をして、男は、しかし、身なりなんか気にしないほうがいい、と小声でつぶやいて私をいたわってくれたのを、私は忘れない。とかくして頂上に着いたのであるが、急に濃い霧が吹き流れてきて、頂上のパノラマ台という、断崖のへりに立ってみても、いっこうに眺望がきかない。何も見えない。井伏氏は、濃い霧の底、岩に腰を下ろし、ゆっくり煙草を吸いながら、放屁なされた。いかにも、つまらなそうであった。パノラマ台には、茶店が三軒並んで建っている。そのうちの一軒、老爺と老婆と二人きりで経営している地味な一軒を選んで、そこで熱い茶を飲んだ。〈 茶店の老婆は気の毒がり 〉、本当にあいにくの霧で、もう少したったら霧も晴れると思いますが、富士は、ほんのすぐそこに、くっきり見えます、と言い、茶店の奥から富士の大きい写真を持ち出し、崖の端に立ってその写真を両手で高く掲示して、ちょうどこの辺に、このとおりに、こんなに大きく、こんなにはっきり、このとおりに見えます、と懸命に注釈するのである。私たちは、番茶をすすりながら、〈 その富士を眺めて、笑った。 〉〈 いい富士を見た。 〉〈 霧の深いのを、残念にも思わなかった。 〉

Q12「見よいものではなかった」私に、井伏氏はどう対応したか。該当する部分を45字以内で抜き出し、最初と最後の3文字づつを記せ。
A12 男は、~くれた

Q13 井伏氏の人柄が類推できる部分を抜き出せ。
A13 井伏氏は、濃い霧の底、岩に腰を下ろし、ゆっくり煙草を吸いながら、放屁なされた。いかにも、つまらなそうであった。

Q14 井伏鱒二の人柄を、「私」はどのようにとらえているか。
A14 細かいことにこだわらず自然体でふるまう、超然とした人物
     ↓
   世俗の価値観から自由な人物であり、憧れと尊敬の対象

Q15 それに対して、(1)「私」の人柄はどのようなものかはどうか。(2)それはどの部分からわかるか。
A15(1)他人からどう見えるかを気にしてしまう。
  (2)決して見よいものではなかった
     我ながらむさくるしく いよいよ変で

 ☆ 人物像も「私」との対比で考える


 井伏氏 
  具 ゆっくり煙草を吸いながら、放屁なされた
    つまらなそうであった
  抽 他人の目を気にしない        =世間の目を気にしない
    こまかいことにこだわらない   超然
   ↑
   ↓         ↑  あこがれ・尊敬
 「私」
  具 見よいものではなかった
      我ながらむさ苦しく・少し変
  抽 他人の目を気にする         =世間の目が気になってしょうがない


Q16「茶店の老婆は気の毒がり」とあるが、なぜか。(50字以内)
A16 せっかく三つ峠まで登ってきたのに、急に出た濃い霧のせいで
   富士山の眺望がきかなくなってしまったから。

Q17 老婆の懸命さが表現されている一文を抜き出せ。
A17「茶店の老婆は気の毒がり、本当にあいにくの霧で、もう少したったら霧も晴れると思いますが、富士は、ほんのすぐそこに、くっきり見えます、と言い、茶店の奥から富士の大きい写真を持ち出し、崖の端に立ってその写真を両手で高く掲示して、ちょうどこの辺に、このとおりに、こんなに大きく、こんなにはっきり、このとおりに見えます、と懸命に注釈するのである。」

Q18 この一文は、(1)何を、(2)どのように描いているのか。
A18(1)峠から見える富士の見事さをなんとしても伝えたいという懸命さと伝えきれないもどかしさを、
  (2)文を切らずに、たたみかけるような表現で描写している。


事件 見えない富士を説明する老婆の懸命な姿を見る
 ↓
心情 いい富士を見た 残念じゃない
 ↓
行動 笑った


Q「その富士を眺めて、笑った」について

Q19「その富士」とはどの富士か。(20字以内)
A19 茶店の老婆が高々と掲げた写真の中の富士。

Q20「笑った」のはなぜか。(60字以内)
A20 写真を持ち出してまで見えない富士の姿を説明する老婆の様子が、
   あまりにも一生懸命で、その純粋な真心がうれしかったから。

Q21「霧の深いのを、残念にも思わなかった」とあるが、なぜか説明せよ。(60字以内)
A21  霧が深くて富士山が見えなかったからこそ、
   懸命に富士の様子を説明してくれる
   老婆の真心に触れることができたと思ったから。


 井伏氏・私 作家 (超世間・反世間の存在)
  ↑
  ↓
 茶店の老婆 一般人 (世俗を生きる人)


Q22「いい富士を見た」と述べる「私」の思いとはどのようなものか。
A22 世俗を生きる老婆の、何の他意もない善意にふれたことへの感慨

 ☆ 三つ峠の富士(B) … 世俗の人の心に触れた、いい富士

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「富嶽百景」の授業(4) 二段落 第一場面

2016年01月27日 | 国語のお勉強(小説)

 

二段落 〈第一場面 御坂峠〉

 昭和十三年の初秋、(※)思いを新たにする覚悟で、私は、かばん一つさげて旅に出た。
 甲州。ここの山々の特徴は、山々の起伏の線の、変にむなしい、なだらかさにある。小島烏水という人の『日本山水論』にも、「〈 山の拗ね者 〉は多く、この土に〈 仙遊 〉するがごとし。」とあった。甲州の山々は、あるいは山の、げてものなのかもしれない。私は、甲府市からバスに揺られて一時間。御坂峠へたどり着く。
 御坂峠、海抜千三百メートル。この峠の頂上に、天下茶屋という、小さい茶店があって、井伏鱒二氏が初夏のころから、ここの二階に、籠もって仕事をしておられる。私は、それを知ってここへ来た。井伏氏のお仕事の邪魔にならないようなら、隣室でも借りて、私も、しばらくそこで仙遊しようと思っていた。
 井伏氏は、仕事をしておられた。私は、井伏氏の許しを得て、当分その茶屋に落ち着くことになって、それから、毎日、いやでも富士と真正面から、向き合っていなければならなくなった。この峠は、甲府から東海道に出る鎌倉往還の衝に当たっていて、北面富士の代表観望台であると言われ、ここから見た富士は、昔から富士三景の一つに数えられているのだそうであるが、私は、あまり好かなかった。〈 好かないばかりか、軽蔑さえした。 〉あまりに、おあつらい向きの富士である。真ん中に富士があって、その下に河口湖が白く寒々と広がり、近景の山々がその両袖にひっそりうずくまって湖を抱きかかえるようにしている。私は、ひと目見て、狼狽し、顔を赤らめた。これは、まるで、風呂屋のペンキ画だ。芝居の書き割りだ。どうにも注文どおりの景色で、私は、恥ずかしくてならなかった。

※ 思いを新たにする覚悟 … 内縁の妻の不義密通を知った事件をふまえる

Q7「山の拗ね者」とあるが、どういう様子を「拗ね者」(素直ではなく、ひねくれている者)と評しているのか。20字程度で抜き出せ。
A7 山々の起伏の線の、変にむなしい、なだらかさ(21字)

Q8「仙遊」の「仙」と反対の意味をもつ漢字一字を一段落から抜き出せ。
A8 俗

甲州の山々 … むなしいなだらかさ
         ∥
       拗ね者・げてもの
   ↓
 私も … 仙遊(俗世間を離れ悠々とすごす)

事 御坂峠から富士を望む
    ↓
心 好かない・軽蔑・恥ずかしい
        ↓
行 狼狽・顔をあからめる

御坂峠から見る富士山
     真ん中に富士・その下に河口湖・近景の山々が両袖に
      ↓
 世間 北面富士の代表・富士三景の一つ
  ↑
  ↓
「私」 おあつらい向き・注文どおり
    風呂屋のペンキ画だ。芝居の書き割り
      ↓
    軽蔑・恥ずかしい

Q10「好かないばかりか、軽蔑さえした」のはなぜか。(30字以内)
A10 あまりにも注文どおりの景色で、通俗そのものと思えたから。

Q11 この部分から何が読みとれるか。

 ☆ 御坂峠の富士(A) … 嫌悪感をもよおす通俗的な富士
A11 世間の価値観を安易に認めない「私」の姿勢

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