内田樹「反知性主義者たちの肖像」(2016年東大国語第一問)
二段落(4・5)
4 「反知性主義」という言葉からはその逆のものを想像すればよい。反知性主義者たちはしばしば恐ろしいほどに物知りである。一つのトピックについて、手持ちの合切袋から、自説を基礎づけるデータやエビデンスや統計数値をいくらでも取り出すことができる。けれども、それをいくら聴かされても、私たちの気持ちはあまり晴れることがないし、解放感を覚えることもない。というのは、イ〈 この人はあらゆることについて正解をすでに知っている 〉からである。正解をすでに知っている以上、彼らはことの理非の判断を私に委ねる気がない。「あなたが同意しようとしまいと、私の語ることの真理性はいささかも揺るがない」というのが反知性主義者の基本的なマナーである。「あなたの同意が得られないようであれば、もう一度勉強して出直してきます」というようなことは残念ながら反知性主義者は決して言ってくれない。彼らは「理非の判断はすでに済んでいる。あなたに代わって私がもう判断を済ませた。だから、あなたが何を考えようと、それによって私の主張することの真理性には何の影響も及ぼさない」と私たちに告げる。そして、そのような言葉は確実に「呪い」として機能し始める。というのは、そういうことを耳元でうるさく言われているうちに、こちらの生きる力がしだいに衰弱してくるからである。「あなたが何を考えようと、何をどう判断しようと、それは理非の判定に関与しない」ということは、ウ〈 「あなたには生きている理由がない」と言われているに等しい 〉からである。
5 私は私をそのような気分にさせる人間のことを「反知性的」と見なすことにしている。その人自身は自分のことを「知性的」であると思っているかも知れない。たぶん、思っているだろう。知識も豊かだし、自信たっぷりに語るし、反論されても少しも動じない。でも、やはり私は彼を「知性的」とは呼ばない。それは彼が知性を属人的な資質や能力だと思っているからである。だが、私はそれとは違う考え方をする。
4
反知性主義者たち
… 恐ろしいほどに物知り
あらゆることについて正解を知っている
↓
ことの理非の判断を私に委ねる気がない。
∥
「あなたが何を考えようと、それによって私の主張することの
真理性には何の影響も及ぼさない」
「あなたが何を考えようと、何をどう判断しようと、
それは理非の判定に関与しない」
∥
「あなたには生きている理由がない」
↓
「呪い」として機能
気持ちが晴れない
生きる力が衰弱する
↑
5 そのような気分にさせる人間
∥
「反知性的」(な人)
∥
「知性 … 属人的な資質や能力」(と考える人)
(二)「この人はあらゆることについて正解をすでに知っている」(傍線部イ)とはどういうことか、説明せよ。
(一)との対比を意識して解答する。
「この人」とは「反知性主義者」のこと。
「知性的な人」は、何事もまず虚心に受け止める。しかし「反知性主義者」は他人の話を聞かない。聞く必要がない。なぜなら、「すでに」答えを知っているからだ。手持ちの知識情報によってすべてが判断でき、その判断の正しさを疑わない。けっして自分の「知」の枠組みを作り替えようなどとは思わない。
(二)解答例
反知性主義者は、あらゆることについて手持ちの知識や情報に基ずいて理非の判断をくだし、その正しさを決して疑わないこと。
(三)「『あなたには生きている理由がない』と言われているに等しい」(傍線部ウ)とはどういうことか、説明せよ。
(二)とのつながりを意識して解答する。
反知性主義者は、すべての事柄を自分の手持ちの知識情報によって判断する。他の誰かが何を言っても聞く気はない。
誰かが何を考えようと、そしてどんな主張をしようと、それを聞いて自分の意見を変えようなどとは微塵も思わない。
つまり、自分以外の他者はいてもいなくても同じである。
何を言っても、何を伝えても、それに何の価値も見いだせないということは、その人の存在そのもの意味が無くなる。
反知性主義者は、「あなたたたちが存在する意味はとくにないですよ」光線を出し続けているのだ。
(三)解答例
自分の正しさに疑いを持たず、他者の主張を一切受け付けようとしない反知性主義者の態度は、他者の存在そのものを無意味と扱うことと同じだということ。