来月参加する、音楽座ミュージカルさんの「鑑賞&コンサート」の事前学習ということで、今日は女優さんお二人が来校してワークショップをおこなって下さった。
からだをほぐす、カラを破る、声をお腹から出す、顔全体で話す、愛を込めて表現する … 。
一時間ほどのレッスンだったが、まさに今のうちの部に必要なことをやってもらえた。
ほんとは週一ぐらいで来てもらいたいぐらいだ。そうしたら演奏にも自然にいけせるようになるのになあと思うけれど、逆にそうやってやってもらわないとできないなら、やっぱり自分ではできないのだろう。
楽しかったで終わらせず、表現にいかせるように恒常的に意識させるのは顧問の仕事だろうと思うのだが、なんか自分が前に立つと「ほら、やれよ!」「もっとしっかり!」「なんで、やらないんだよっ!」になってしまうところが悩ましい。
歌ったり、踊ったり、リトミックやったり、マーチングやったり、ファンキーやったり、よさこいソーランに出たり、ミュージカルやったり、全国各地の吹奏楽部が様々に手を変え品をかえ、取り組んでいる。
どうすれば表現できる身体をつくれるのか。すべてはそれにつきるのではないか。
もちろん、楽器だけの練習でどんどん上手になるなら、それでもいいのかもしれない。
でも、ただ上手いだけでは、「どこか(非常に微妙な点において)欠けるところ」(by山月記)が生じてしまうのではないかと思ってしまうのが、教員たる人種の性(さが)だ。
そこに正解はないけど、自分の信ずるところをぶつけるしかない。
初めてこの企画を持ってきていただいて五年ぐらい経つ。
以来高校生コンサートとは別に個人的にも何回かお芝居を観に行ったし、そのつどカンパニーの俳優さんたちとお話させてもらったりし、随分長いことおつきあいさせていただいている体感がある。
同時に、最初から関わってくださる女優さんたちが、それぞれに自分の道を進み着実に力量をたくわえている様子が、教員生活の坂を下りつつある自分からは随分まぶしく見える。
ふと、今日授業中に、お芝居や演奏を「見る」のは、ほんとに楽だなあと思った。
座ってればいいんだもの。つくる側がいかに大変か。
それは授業や部活動でも同じだけど。作る側は大変。いやになることが山ほどある。
俳優さんはないのかな。
あるだろうなあ。演じてればいいってもんじゃないものな。限られた一部の方をのぞいて、みな営業も事務仕事も雑用も力仕事もやらないといけないはずだ。
それは教員も同じか。授業だけでいいんだったら、ほんとに楽だ。
授業こそが命と思っていた若いころの自分の授業は、思い出すと恥ずかしくなるくらいヘタクソだった。