水持先生の顧問日誌

我が部の顧問、水持先生による日誌です。

「山月記」の授業(1) 一段落 

2016年06月07日 | 国語のお勉強(小説)

 

  「山月記」の授業(1) 一段落 


一段落(1) 李徴の人生


1 〈 隴西の李徴は博学才穎 〉、天宝の末年、若くして名を虎榜に連ね、ついで〈 江南尉 〉に補せられたが、性、狷介、〈 自ら恃む 〉ところすこぶる厚く、〈 賎吏 〉に甘んずるを潔しとしなかった。〈 いくばくもなく官を退いた 〉後は、故山、虢略に帰臥し、人と交わりを絶って、ひたすら詩作にふけった。下吏となって長くひざを俗悪な大官の前に屈するよりは、詩家としての名を死後百年に遺そうとしたのである。しかし、文名は容易に揚がらず、生活は日を追うて苦しくなる。李徴はようやく焦燥にかられてきた。このころからその容貌も峭刻となり、肉落ち骨秀で、眼光のみいたずらに炯々として、かつて進士に登第したころの豊頬の美少年のおもかげは、いずこに求めようもない。数年の後、貧窮に堪えず、妻子の衣食のためについに〈 節を屈して 〉、再び東へ赴き、一地方官吏の職を奉ずることになった。一方、これは、おれの詩業に半ば絶望したためでもある。かつての同輩はすでにはるか高位に進み、彼が昔、鈍物として歯牙にもかけなかったその連中の下命を拝さねばならぬことが、往年の峻才李徴の自尊心をいかに傷つけたかは、想像に難くない。彼は怏々として楽しまず、狂悖の性はいよいよ抑え難くなった。一年の後、公用で旅に出、汝水のほとりに宿ったとき、ついに発狂した。ある夜半、急に顔色を変えて寝床から起き上がると、何かわけのわからぬことを叫びつつそのまま下に飛び下りて、闇の中へ駆け出した。彼は二度と戻ってこなかった。付近の山野を捜索しても、なんの手がかりもない。その後李徴がどうなったかを知る者は、だれもなかった。

語釈 狷介 … がんこで融通がきかないこと。
     ~に甘んずる … ~を我慢して受け入れる。
     ~を潔しとしない … ~を卑しい行いだと思う。
    故山 … 故郷。
    帰臥 … 官職などを辞して、故郷に帰って隠遁すること。
    ようやく … しだいに
    焦燥に駆られる … あせる気持ちを抑えられない。
    炯々 … 眼光が鋭く光る様子。
    歯牙にもかけない … 全く相手にしない
    怏々として … 満足できない様子で。


Q0「隴西の李徴は博学才穎」から、分かること、気づいたこと、思ったことを記せ。
A0 漢字が多い。漢字が8字。四字熟語がある。平仮名は助詞だけ。
 中国が舞台ぽい。昔の話。隴西はたぶん田舎。
 主人公は人間。かなり優秀。隴西の出身。男。
 三人称で書かれた小説。 … etc
 
☆ 漢文を素材にした作品であること、三人称視点で書き出されていること、きわめて優秀な李徴という男が主人公であることを確認する。

☆ 「いつ」「どこ」の話にするかを決めているのは作者です。作者の意図により設けられたドラマの舞台です。たとえば「1945年夏」と書いてあったらどんなイメージがわくか。「2011年の夏、仙台でぼくたちは出会った」と書いてあったら、今の日本人にはなんらかのイメージが前提になるよね。


 「いつ」「どこ」 … 時間・空間 → 場面の設定


Q1「李徴」はどの程度「博学才頴」であったのか、本文の言葉を用いて答えよ。
A1 若くして名を虎榜に連ねるほど。

Q2「江南尉」が、高い地位の官職ではないとわかる表現を抜き出せ。
A2 賎吏に甘んずる 下吏となって 

 ☆ 賤吏 … 身分の低い役人
  「官吏」の「官」は一般に上級役人、「吏」は下級役人を指す。

Q3 それほど優秀な李徴が、「江南尉」という地方官にしかなれなかったのはなぜか。その要因を暗示する部分を抜き出せ。
A3 天宝の末年

☆ 「虎榜」とは、科挙の合格者を張り出す掲示板です。科挙とは古代中国の官吏登用試験です。今の日本で言うと国家公務員試験ということになりますが、国家公務員の一種合格よりもはるかに厳しい試験だとイメージしてください。何年もかけて莫大な量の文献を暗記して合格を目指します。生涯チャレンジし続ける人もいるくらいです。李徴は「若くして」受かったというだけで、大変優秀な人物であることがわかります。

☆「天保の末年」とはどんな年代か? 「玄宗治世の最後の年」と脚注にあります。唐代の有名な皇帝、玄宗の時代です。「開元の治」とよばれる善政で唐を栄えさせた反面、楊貴妃と出会ってから政治を顧みなくなり、世が乱れ「安史の乱」をまねいた人物です。

☆ 国のトップが政治を顧みないとき、国家の統制状況はどうなるか。役人の世界にかぎりませんが、高い地位につけるのはどういう人か。今の日本で考えても近づけるかもしれない。最も人気のある業界に就職したいと思ったら、何が必要ですか。本人の実力だけではどうにもならない要素も働くことがあるのはイメージできるよね。まして古代中国のお話です。科挙に受かったとしても、賄賂もコネもなしに中央の役人に取り立てられるのは難しかったようです。漢文の時間に勉強した「雑説」もほぼ同じ時代の文章です。だから、この冒頭の一文は、李徴は頭はちょーいいけど、性格がねじれてるから世の中をうまく渡っていけなかったんだ、と単純に読み取ってはいけません。


Q4「李徴」はどういう性格だったか。第1段落から2点抜き出せ。
A4  狷介 自ら恃むところすこぶる厚く

Q5「自ら恃む」とあるが「自ら恃む心」と同義の語を漢字三文字で抜き出せ。
A5  自尊心

Q6「節を屈して」とあるが、李徴の「節(自分の信条)」とは、具体的にはどういうものだったのか。40字程度で抜き出せ。
A6  下吏となって長くひざを俗悪な大官の前に屈するよりは、詩家としての名を死後百年に遺そう

Q7「いくばくもなく官を退いた」理由を60字以内で述べよ。
A 自尊心の強い李徴にとって下級役人の生活は耐えがたいものであり、自分の才能を信じ、
  詩家として名をなそうと決意したから。

Q8「節を屈し」た理由をそれぞれ15字以内で2点抜き出せ。
A8 貧窮に堪えず、妻子の衣食のため
   己の詩業に半ば絶望したため


場面設定

時 間 … 天宝の末年以降
場 所 … 中国 隴西 虢略
主人公 … 李徴  博学才穎(若くして科挙に合格するほど)
         狷介・自ら恃むところすこぶる厚く(=自尊心)

展開

事 進士に登第するも江南尉に補せられる
      ↓
心 賎吏に甘んずるを潔しとしない
   ↓
行 官を辞して故郷で詩作にふける
   ↓
事 文名はあがらず、生活に困窮する
   ↓
心 ようやく(次第に)焦燥にかられる
   ↓
行 節を屈し、再び役人となる 
   ↓  節 … 志・信条・主義・ポリシー・考えの基本
事 かつての同輩たちの下命を拝する
   ↓
心 ますます自尊心を傷つける
   ↓
事 発狂し、行方不明となる。

コメント
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