水持先生の顧問日誌

我が部の顧問、水持先生による日誌です。

パラ・スター

2020年04月16日 | 学年だよりなど
3学年だより「パラ・スター」

  
 ジャパンオープン三日目。君島宝良選手は、女子準々決勝の朝を迎える。

 ~ 宝良は起床後、まず熱めのシャワーを浴びた。こうして寝起きの頭と身体をしっかり覚醒させる。それからウェアに着がえて、時間をかけて軽いストレッチをしてから食堂へ。毎日第1試合は朝九時半からの開始で、選手はその四、五時間前には起床してコンディションを整えていくので、早朝でも食事はできる。
 今日は第1試合に出場するので、エネルギーに変わりやすい炭水化物を中心に食事をする。ただし満腹にするとこれからのウォームアップに差し障るので、控えめに腹六分目くらいだ。サラダとスクランブルエッグ、それからオレンジジュースとバターの香りがいいピラフをトレーにとって、宝良は窓際の席に着いた。食事、とくに試合の前の食事は、集中力を乱さないためにもひとりでとるのが好きだ。 ~


 朝食後、会場内のフェイットネス施設で、コーチの志摩と合流する。
 10分ほど軽い動きでからだを温めてから、およそ20分ストレッチ。そしてラケットを持ち、ウォームアップを行ったあと、春の日差しが降り注ぐ第9コートに入っていく。
 オランダのギーベル選手が、猛禽のような目でこちらをにらんでくる。
 世界ランク3位。前年のケイジャンクラシックではこてんぱんにやられた相手だ。
 「ザ・ベスト・オブ・3タイブレークセット、君島トゥー・サーブ・プレー!」


 ~ 球を握り、頭上を仰ぐと、真っ青な空が目を染めた。その空へあざやかな黄色の球を放つ。青空に舞った球が上昇から下降に転じ、ベストポジションに達した瞬間、腰から胸、胸から肩、肩から腕の筋肉をひと連なりにしならせるイメージで、叩く。
 球はギーベルの右サービスコートのセンターライン上を打った。フォルトのコールはない。ギーベルが力強いチェアワークで走り込む。フォアハンド。来る。
 ギーベルのインパクト寸前に予想したコースへ走る。そして0.5秒前に予想した通り、球は左サイドのサイドラインぎりぎりに飛来した。ギーベルのトップスピンがかかった球は恐ろしく跳ねる。だから跳ね上がる前の上がり鼻を思いっきり叩く。
 バックハンドで叩き返した球は、ギーベル側右サイドのベース際を打った。
「15-0(フィフティーン・ラブ)」 
 (阿部暁子『パラ・スター side宝良』集英社文庫) ~


 車椅子テニスのヒロイン君島宝良を描く『パラ・スター』は、小説ではあるが、登場する他の選手達の多くが、実在の選手達をモデルにしている。テニスにくわしい人なら、すぐに、この人はたぶん誰、この選手はあの有名な第一人者、と言い当てることができるだろう。
 「チェアワーク」という単語に気づかず、車椅子テニスではなく普通のテニスの描写として読んでた人もいるのではないだろうか。
 この作品は、「障害がある人のための特別なスポーツ」という感覚で、車椅子テニスを見ることを忘れさせる。というか、その感覚がまちがいであることを教えてくれる。
コメント
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