水持先生の顧問日誌

我が部の顧問、水持先生による日誌です。

「山月記」の授業(5) 五段落

2016年06月12日 | 国語のお勉強(小説)

五段落(14) 李徴の分析

⑭ なぜこんな運命になったかわからぬと、先刻は言ったが、しかし、考えようによれば、思い当たることが全然ないでもない。人間であったとき、おれは努めて人との交わりを避けた。人々はおれを倨傲だ、尊大だと言った。実は、〈 それ 〉がほとんど羞恥心に近いものであることを、人々は知らなかった。もちろん、かつての郷党の鬼才と言われた自分に、自尊心がなかったとは言わない。しかし、それは〈 臆病な 〉自尊心とでも言うべきものであった。おれは詩によって名を成そうと思いながら、進んで師に就いたり、求めて詩友と交わって切磋琢磨に努めたりすることをしなかった。かといって、また、おれは〈 俗物の間に伍することも潔しとしなかった 〉。ともに、我が臆病な自尊心と、尊大な羞恥心とのせいである。〈 己の珠にあらざることを惧れるがゆえに、あえて刻苦して磨こうともせず 〉、また、己の珠なるべきを半ば信ずるがゆえに、碌々として〈 瓦に伍することもできなかった 〉。おれはしだいに世と離れ、人と遠ざかり、憤悶と慙恚とによってますます己の内なる臆病な自尊心を飼いふとらせる結果になった。人間はだれでも猛獣使いであり、その猛獣に当たるのが、各人の性情だという。おれの場合、この尊大な羞恥心が猛獣だった。虎だったのだ。これがおれを損ない、妻子を苦しめ、友人を傷つけ、果ては、おれの外形をかくのごとく、内心にふさわしいものに変えてしまったのだ。今思えば、全く、おれは、己の有もっていた僅かばかりの才能を空費して了った訳だ。人生は何事をも為さぬには余りに長いが、何事かを為すには余りに短いなどと口先ばかりの警句を弄しながら、事実は、才能の不足を暴露するかも知れないとの卑怯な危惧と、刻苦を厭いとう怠惰とがおれの凡てだったのだ。おれよりも遥かに乏しい才能でありながら、それを専一に磨いたがために、堂々たる詩家となった者が幾らでもいるのだ。虎と成り果てた今、おれは漸く〈 それに気が付いた 〉。それを思うと、おれは今も胸を灼かれるような悔を感じる。おれには最早人間としての生活は出来ない。たとえ、今、おれが頭の中で、どんな優れた詩を作ったにしたところで、どういう手段で発表できよう。まして、おれの頭は日毎に虎に近づいて行く。どうすればいいのだ。おれの空費された過去は? おれは堪まらなくなる。そういう時、おれは、向うの山の頂の巖に上り、空谷に向って吼える。この〈 胸を灼く悲しみ 〉を誰かに訴えたいのだ。おれは昨夕も、彼処で月に向って咆えた。誰かにこの苦しみが分って貰えないかと。しかし、獣どもはおれの声を聞いて、唯だ、懼れ、ひれ伏すばかり。山も樹きも月も露も、一匹の虎が怒り狂って、哮たけっているとしか考えない。天に躍り地に伏して嘆いても、誰一人おれの気持を分ってくれる者はない。ちょうど、人間だった頃、おれの傷つき易い内心を誰も理解してくれなかったように。おれの毛皮の濡ぬれたのは、夜露のためばかりではない。

語釈 倨傲 … おごり高ぶること。
   尊大 … いかにも偉そうな態度をする様子。
   郷党 … 郷里の仲間。同郷人。
   鬼才 … 人間とは思われないほどの優れた才能の持ち主。
   伍する … 仲間になる。同列になる。
   刻苦 … 苦労すること。
   碌々 … 他人のすることにしたがうさま。
   空費 … 無駄づかい。
   警句 … 物事の真実を鋭くついた短い言葉。
   危惧 … 悪くなりはしないかと心配すること。
   専一に … 他のものを顧みず、一つに専念して。
   空谷 … 人のいない寂しい谷。


Q28 「それ」とは何か。15字以内で記せ。
A28 倨傲で尊大に見える李徴の態度。

Q29 「臆病な」とあるが、李徴は何をおそれていたのか。10字で抜き出せ。
A29 己の珠にあらざること

Q30 「俗物の間に伍することも潔しとしなかった」と同じ意味の語句を抜き出せ。
A30 碌々として瓦に伍することもできなかった

Q31 「己の珠にあらざることを惧れるがゆえに、あえて刻苦して磨こうとも」しない態度とあるが、その内実はどういうものであったと李徴は述べているか。35字以内で抜き出せ。
A31 才能の不足を暴露するかもしれないとの卑怯な危惧と、刻苦をいとう怠惰

Q32 「瓦に伍することもできなかった」のはなぜか。抜き出して答えよ。
A32 己の珠なるべきを半ば信ずるがゆえ

Q33 「それに気がついた」とあるが、どういうことに「気がついた」のか。50字以内で述べよ。
A33 詩家として名を為すかどうかは、才能の多寡ではなく刻苦して自分を磨くかどうかにかかっているということ。

Q34 「胸を灼く悲しみ」とはどういう悲しみか。文中の語を用いて2点記せ。
A34  1 もはや人間としての生活はできないという悲しみ。
    2 自分の過去が空費されてしまったという悲しみ。


  臆病な自尊心
        ∥
心 己の珠にあらざることを惧れる
        ∥
    才能の不足を暴露するかも知れないとの卑怯な危惧
      ↓
行 努めて人との交わりを避けた
     ∥
  進んで師に就いたり、求めて詩友と交わって切磋琢磨に努めたりすることをしなかった
     ∥
    あえて刻苦して磨こうともせず


Q ⑥~⑬で、李徴は自分が虎になった原因をどのように述べているか。
A ⑥ 理由もわからずに押しつけられた 生き物のさだめ
  ⑫ 偶因狂疾

Q この段落では何が原因と語っているか
A 尊大な羞恥心
  臆病な自尊心

   自分の詩を人に見せたい … 自尊心
   自分の詩を人に見られたくない … 羞恥心

「俗物の間に伍することも潔しとしなかった」
              ∥
「碌々として瓦に伍することもできなかった」  尊大
              ↑
「己の珠なるべきを半ば信ずるがゆえ」    自尊
       ∥
 自分が優れた人間であることを信じる


Q35「臆病な自尊心」とはどのような心情か。70字以内で説明せよ。
A35 自分のプライドを守る気持ちが強すぎるために、
   才能を不足をわずかでも他人に感じさせることを恐れ、
   他人との交渉を避けようとする心情。

Q36「尊大な羞恥心」とはどういうことを述べているのか。
A36 李徴が、羞恥心が強すぎるがゆえに、尊大な態度をとってしまう状態。

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「山月記」の授業(4) 四段落

2016年06月12日 | 国語のお勉強(小説)

四段落(7~13) 李徴の詩業


7 袁《さん》はじめ一行は、息をのんで、叢中の声の語る不思議に聞き入っていた。声は続けて言う。
8 ほかでもない。自分は元来詩人として名を成すつもりでいた。しかも、業いまだ成らざるに、この運命に立ち至った。かつて作るところの詩数百編、もとより、まだ世に行われておらぬ。遺稿の所在ももはやわからなくなっていよう。ところで、そのうち、今もなお記誦せるものが数十ある。これを我がために伝録していただきたいのだ。なにも、これによって一人前の詩人面をしたいのではない。作の巧拙は知らず、とにかく、〈 産を破り 〉心を狂わせてまで自分が生涯それに執着したところのものを、一部なりとも後代に伝えないでは、死んでも死にきれないのだ。
9 袁《さん》は部下に命じ、筆を執って叢中の声に従って書き取らせた。李徴の声は草むらの中から朗々と響いた。長短およそ三十編。格調高雅、意趣卓逸、一読して作者の才の非凡を思わせるものばかりである。しかし、袁《さん》は感嘆しながらも漠然と次のように感じていた。なるほど、作者の素質が第一流に属するものであることは疑いない。しかし、このままでは、第一流の作品となるのには、どこか(非常に微妙な点において)欠けるところがあるのではないか、と。
10 旧詩を吐き終わった李徴の声は、突然調子を変え、〈 自らを嘲る 〉がごとくに言った。
11 恥ずかしいことだが、今でも、こんなあさましい身となり果てた今でも、おれは、おれの詩集が長安風流人士の机の上に置かれているさまを、夢に見ることがあるのだ。岩窟の中に横たわって見る夢にだよ。嗤ってくれ。詩人になりそこなって虎になった哀れな男を。(袁《さん》は昔の青年李徴の〈 自嘲癖 〉を思い出しながら、哀しく聞いていた。)そうだ。お笑いぐさついでに、今の思いを即席の詩に述べてみようか。この虎の中に、まだ、かつての李徴が生きているしるしに。
12 袁《さん》はまた下吏に命じてこれを書き取らせた。その詩にいう。

  偶 因 狂 疾 成 殊 類  災 患 相 仍 不 可 逃 
  今 日 爪 牙 誰 敢 敵  当 時 声 跡 共 相 高 
  我 為 異 物 蓬 茅 下  君 已 乗 軺 気 勢 豪 
  此 夕 渓 山 対 明 月  不 成 長 嘯 但 成 嘷 

13 〈 時に、残月、光冷ややかに、白露は地にしげく、樹間を渡る冷風はすでに暁の近きを告げていた。 〉人々はもはや、事の奇異を忘れ、粛然として、この詩人の薄幸を嘆じた。李徴の声は再び続ける。


語釈 息をのんで … 呼吸をするのも忘れるほど緊張して。
   叢中 … 草むらの中。
   世に行われておらぬ … 世間の人々に知られていない。
   格調高雅 … 体裁や品格、調子が高貴で優雅であること。
   意趣卓逸 … 詩の内容や趣が特に秀でていること。
   長安風流人士  … 長安に住む風流を理解する文化人。

 詩 たまたま狂気に冒され獣となった
   災いは重なり逃げ出すことはできない
   今日、この私の爪や牙には、誰もかなわない
   その昔、私も君も共に名声が高かった
   私は獣となって草むらの中におり、
   君は立派な乗り物に乗り意気盛んである
   君に会えたこの夕べ、谷や山を照らす明月に向かっても
   長嘯することはできずただ咆哮するばかりである


Q21 「産を破り(財産を失い)」とは、具体的にはどういうことか。30字以内で述べよ。
A21 自分の詩業のために役人をやめ、生活が困窮したこと。

Q22 李徴の詩を聞いた際の袁《さん》の感想を抜き出し、最初と最後5字ずつを記せ。
A22 なるほど、 ~ ではないか

Q23 「自らを嘲る」とあるが、李徴が「自らを嘲」っている表現を11段落から3箇所抜き出せ。
A23 こんなあさましい身
   嗤ってくれ。詩人になりそこなって虎になった哀れな男を。
   お笑いぐさついでに、

Q24 李徴の詩に表現されている 対比的内容を指摘せよ。
A24 李徴自身の現在と過去
   李徴と袁

Q25 「時に、残月、光冷ややかに、白露は地にしげく、樹間を渡る冷風はすでに暁の近きを告げていた。」という情景描写は、どういうことの象徴と考えられるか。
A25 李徴の身に降りかかった冷酷な運命

 

心 後代に伝わらないでは、死んでも死にきれない
      ∥
  己への詩へ自負(自尊)
            ↓
行 自作の詩の伝禄を依頼する

心 自作の詩に対する批判を回避しようとする思い
      ↓
行 李徴の声は、突然調子を変え、自らを嘲る(自嘲)

 李徴の詩
「此夕渓山対明月 不成長嘯但成嘷」
    ∥
 虎になった運命はどうすることもできないという嘆き

 

Q26「狷介」かつ「自ら恃むところすこぶる大きい」李徴なのに、なぜ「自嘲癖」をもっていたのか。60字以内で説明せよ。
A26 自尊心が高いがゆえに、万が一ことがうまくいかなかった場合の逃げ道を
   たえず自分でつくっておく必要があったから。

Q27「狷介」かつ「自ら恃むところすこぶる大きい」李徴なのに、なぜ「自嘲」する必要があったのか。60字以内で説明せよ。
A27 物事がうまくいかない時に、他人からの批判を受け自尊心が傷つけられることのないように、
   予防線をはっておくため。


 自尊心が傷つけられることを極力排除したい → 自嘲する
                ∥
 「プライドが高い」ゆえに「自嘲する」 … アンビバレントな状態

 人間の心情 … 基本的にアンビバレントなもの 

 ☆ アンビバレント … 相反する感情が同時に存在するさま。「―な感情を抱く」。両義的・両価的。

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「山月記」の授業(3) 三段落

2016年06月11日 | 国語のお勉強(小説)

 

三段落 6 李徴の独白

6 今から一年ほど前、自分が旅に出て汝水のほとりに泊まった夜のこと、一睡してから、ふと目を覚ますと、戸外でだれかが我が名を呼んでいる。声に応じて外へ出てみると、声は闇の中からしきりに自分を招く。覚えず、自分は声を追うて走り出した。無我夢中で駆けていくうちに、いつしか道は山林に入り、しかも、知らぬ間に自分は左右の手で地をつかんで走っていた。何か身体じゅうに力が充ち満ちたような感じで、軽々と岩石を跳び越えていった。気がつくと、手先やひじのあたりに毛を生じているらしい。少し明るくなってから、谷川に臨んで姿を映してみると、すでに〈 虎となっていた 〉。自分は初め目を信じなかった。次に、これは夢にちがいないと考えた。夢の中で、これは夢だぞと知っているような夢を、自分はそれまでに見たことがあったから。どうしても夢でないと悟らねばならなかったとき、自分は茫然とした。そうして懼れた。全く、どんなことでも起こり得るのだと思うて、深く懼れた。しかし、なぜこんなことになったのだろう。わからぬ。全く何事も我々にはわからぬ。〈 理由もわからずに押しつけられたものをおとなしく受け取って、理由もわからずに生きてゆくのが、我々生き物のさだめだ(傍点) 〉。自分はすぐに死を思うた。しかし、そのとき、目の前を一匹のうさぎが駆け過ぎるのを見たとたんに、自分の中の人間はたちまち姿を消した。再び自分の中の〈 人間(傍点) 〉が目を覚ましたとき、自分の口はうさぎの血にまみれ、あたりにはうさぎの毛が散らばっていた。これが虎としての最初の経験であった。それ以来今までにどんな所行をし続けてきたか、それはとうてい語るに忍びない。ただ、一日のうちに必ず数時間は、人間の心が還ってくる。そういうときには、かつての日と同じく、人語も操れれば、複雑な思考にも堪え得るし、経書の章句を誦んずることもできる。その人間の心で、虎としてのおれの残虐な行いの跡を見、おれの運命を振り返るときが、最も情けなく、恐ろしく、憤ろしい。しかし、その、人間に還る数時間も、日を経るに従ってしだいに短くなってゆく。今までは、どうして虎などになったかと怪しんでいたのに、この間ひょいと気がついてみたら、おれはどうして以前、人間だったのかと考えていた。これは恐ろしいことだ。いま少したてば、おれの中の人間の心は、獣としての習慣の中にすっかり埋もれて消えてしまうだろう。〈 ちょうど、古い宮殿の礎がしだいに土砂に埋没するように。 〉そうすれば、しまいにおれは自分の過去を忘れ果て、一匹の虎として狂い回り、今日のように道で君と出会っても故人と認めることなく、君を裂き食ろうてなんの悔いも感じないだろう。いったい、獣でも人間でも、もとは何かほかのものだったんだろう。初めはそれを覚えているが、しだいに忘れてしまい、初めから今の形のものだったと思い込んでいるのではないか? いや、そんなことはどうでもいい。おれの中の人間の心がすっかり消えてしまえば、おそらく、〈 そのほうが、おれはしあわせ(傍点)になれるだろう 〉。だのに、おれの中の人間は、そのことを、このうえなく恐ろしく感じているのだ。ああ、全く、どんなに、恐ろしく、哀しく、切なく思っているだろう! おれが人間だった記憶のなくなることを。この気持ちはだれにもわからない。だれにもわからない。おれと同じ身の上になった者でなければ。ところで、そうだ。おれがすっかり人間でなくなってしまう前に、一つ頼んでおきたいことがある。

語釈 ~に忍びない … ~にたえられない。
    そらんずる … 暗誦する。


Q14「虎となっていた」とあるが、李徴は我が身に起こったこの事実をどういうものととらえたか。7文字で抜き出せ。
A 14 生き物のさだめ(傍点)

Q15「人間(傍点)」とほぼ同じ意味の言葉を4字で抜き出せ。
A15  人間の心

Q16「ちょうど、古い宮殿の礎がしだいに土砂に埋没するように」とあるが、「古い宮殿の礎」「土砂」はそれぞれ何のたとえか。抜き出して答えよ。
A16  古い宮殿の礎 … 人間の心
     土砂 … 獣としての習慣

Q17「そのほうが、おれはしあわせ(傍点)になれるだろう」とあるが、なぜそう言えるのか、30字以内で述べよ。
A17 虎の外形を持ちながら人間の心をもつ苦悩から解放されるから。

Q18「しあわせ」ではなく「しあわせ(傍点)」となっているのはなぜか。80字以内で述べよ。
A18 人間の心が失われてしまえば、虎の外形で生きる今の苦しみからは解放されるが、
   それは人としての本来のしあわせとは言えないと李徴が考えていることを表現している。


☆ カギ括弧・傍点付きの言葉 … 言葉そのものの意味とは異なること
                            批判や疑問、特別な意味を付与している状態


事 虎になっている
      ↓
心 信じられない
      ↓
  茫然 懼れ  … 生き物のさだめ(傍点)
      ↓
行 死を思うた


Q19「理由もわからずに押しつけられたものをおとなしく受け取って、理由もわからずに生きてゆくのが、我々生き物のさだめだ(傍点)」は、李徴のどのような心情が表現されているか。60字以内で説明せよ。

A19 自分が虎になった事態を、全ての生き物に起こり得る運命だとあきらめようと思いながらも、どうしても受け入れられない気持ち。

 さだめ … 運命
 さだめ(傍点) … 受け入れざるを得ないのかもしれないが、本当な受け入れたくないもの

Q20 「おれ」と「自分」をどのように使い分けているか。
A20 おれ … 虎としての性質が強くあらわれているときの自分
   自分 … 人間の意識をもっている自分

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「山月記」の授業(2) 二段落

2016年06月10日 | 国語のお勉強(小説)

 

二段落(2~5)李徴と袁《さん》

2 〈 翌年 〉、監察御史、陳郡の袁《さん》という者、勅命を奉じて嶺南に使いし、道に商於の地に宿った。次の朝いまだ暗いうちに出発しようとしたところ、駅吏が言うことに、これから先の道に人食い虎が出るゆえ、旅人は白昼でなければ、通れない。今はまだ朝が早いから、いま少し待たれたがよろしいでしょうと。袁《さん》は、しかし、供回りの多勢なのを恃み、駅吏の言葉を退けて、出発した。残月の光を頼りに林中の草地を通っていったとき、はたして一匹の猛虎が草むらの中から躍り出た。虎は、あわや袁《さん》に躍りかかるかと見えたが、たちまち身を翻して、もとの草むらに隠れた。草むらの中から人間の声で「危ないところだった。」と繰り返しつぶやくのが聞こえた。その声に袁《さん》は聞き覚えがあった。驚懼のうちにも、彼はとっさに思い当たって、叫んだ。「その声は、わが友、李徴子ではないか?」袁《さん》は李徴と同年に進士の第に登り、友人の少なかった李徴にとっては、最も親しい友であった。温和な袁《さん》の性格が、峻峭な李徴の性情と衝突しなかったためであろう。
3 草むらの中からは、しばらく返事がなかった。しのび泣きかと思われるかすかな声が時々漏れるばかりである。〈 ややあって 〉、低い声が答えた。「いかにも自分は隴西の李徴である。」と。
4 袁《さん》は恐怖を忘れ、馬から下りて草むらに近づき、懐かしげに〈 久闊を叙した 〉。そして、なぜ草むらから出てこないのかと問うた。李徴の声が答えて言う。自分はいまや異類の身となっている。どうして、おめおめと故人の前にあさましい姿をさらせようか。かつまた、自分が姿を現せば、必ず君に畏怖嫌厭の情を起こさせるに決まっているからだ。しかし、今、図らずも故人に会うことを得て、愧赧の念をも忘れるほどに懐かしい。どうか、ほんのしばらくでいいから、わが醜悪な今の外形をいとわず、かつて君の友李徴であったこの自分と話を交わしてくれないだろうか。
5 後で考えれば不思議だったが、そのとき、袁《さん》は、この〈 超自然の怪異 〉を、実に素直に受け入れて、少しも怪しもうとしなかった。彼は部下に命じて行列の進行をとどめ、自分は草むらの傍らに立って、見えざる声と対談した。都のうわさ、旧友の消息、袁《さん》が現在の地位、それに対する李徴の祝辞。青年時代に親しかった者どうしの、あの隔てのない語調で、それらが語られた後、袁《さん》は、李徴がどうして今の身となるに至ったかを尋ねた。草中の声は次のように語った。

語釈 勅命…皇帝、天子の命令。
    驚懼…驚き恐れること。
    故人…昔なじみの友人。
    畏怖嫌厭の情…恐れたり嫌悪を覚える気持ち。


Q9「翌年」とはどういう出来事の翌年か。
A9  李徴が発狂して行方不明になったこと。

設定 場所  商於の地
    時間 夜が明けきらないころ
    人物 袁《さん》

袁《さん》…観察御史 中央から派遣された役人
       勅命を奉じ 供回りの多勢
    李徴と同年に進士の第に登り(そうとう優秀)
    温和な性格  李徴の最も親しい友
     ∥
     対役としての設定


Q10「ややあって」とあるが、なぜ李徴は返答すまでに時間を要したのか。60字以内で記せ。
A10 虎になったという事実を旧友に知られたくないという思いと、
   人として会話したいという気持ちとの間で葛藤していたから。


事 故人(旧友)と出会い
   ↓
心 懐かしさ・恥ずかしさ 葛藤
   ↓
行 「いかにも自分は李徴である」


Q11「久闊を叙した」とはどういう意味か。
A11 久しぶりに会った挨拶をした。

Q12「超自然の怪異」とは何か。簡潔に記せ。
A12 昔の友が虎になっているといい、しかし人間の言葉で話しかけてくること。

Q13「後で考えれば不思議だったが、そのとき、袁《さん》は、この超自然の怪異を、実に素直に受け入れて、少しも怪しもうとしなかった。」という一文には、どのような表現効果が意図されているのか。60字以内で説明せよ。
A13  語り手自身が話の異常性を認識していることを表明することにより、
   読者の違和感を減じ、リアリティを確保しようとする。

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音楽的アスリート

2016年06月10日 | 日々のあれこれ

 

  「音楽に取り組む姿勢がなってない、体質としてだめなんだ、だから絵に描いたようなミスをおかすんだ、いやミスというよりそもそも根本的に音楽にできてない」と、先日のバンドレッスンで指導していただいた。
 そんな音を、聴いている人が気持ちよくなれるか! と。
 生徒とともにうちひしがれてしまう厳しいお言葉だった。
 しかし、何よりそれは自分が常々感じているいることでもある。
 そんなところでブレスしないだろとか、何で遅れて出てて平気なの? とか、いつも思い、でもいつもだから慣れてた部分もある。
 なんとかしたい。部員たちの方は、むしろおれより早く立ち直って「なにくそ」と思っているようにも見える。 なんとかなるかな。なんとかしなきゃ。
 楽器を練習するときだけ、曲を吹くときだけちゃんとしようとしてもだめなのだ。
 日頃から音楽をする人としての生活ぶりをしないといけない。
 スポーツ選手は、練習時間だけがんばっているのではない。食べることも寝ることも練習の一貫のようなものだ。
 スポーツに親しむ人ではなく、アスリートとよばれるレベルになるようにならないと。
 たんに楽器をやっている人ではなく、音楽を奏でられる人、音楽を創り出す人にならないと、聴いている人にいい気持ちにはなってもらえない。
 どうすればいいのか、授業中ずっと考えてた。
 「音楽的アスリートを目指そう!」というスローガンを突然思いついたので言ってみたら、わるくないよねという顔を何人かがしてくれた。しばらく使ってみようと思う。
 その中身ははっきりしないけど、なんかいい言葉だ。商標登録したい。

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神様メール(2)

2016年06月09日 | 学年だよりなど

 

  学年だより「神様メール(2)」


 エアが人々に送信した余命情報は(神の娘だから)、本物だった。
 こんな元気な俺がすぐ死ぬわけないだろとインタビューに答えていた若者に、トラックがつっこんでくる。余命数十年の青年がビルから飛び降りてみたら、歩いてきた人にぶつかって助かる。
 寝たきりの年老いた夫のスマホに「余命22年」、献身的に介護していた若い妻のスマホには「余命3年」と表示され、もう少しの辛抱だと思ってたのにと、妻は怒り狂う。
 紛争地帯では、ばからしくなった兵士達が戦闘をやめてしまう。
 自分の余命が残り少ないと知った人たちは、いやなことを我慢しなくなり、会社をやめたり、好きな人に告白したりする。これまでと同じ日常をおだやかにすごそうと決意する人もいる。
 神様は苦々しい思いで下界の様子を見ていた。
「くそ、このままでは、人間がみんな素直になってしまうではないか!」
 とにかくパソコンを元にもどさなければならない。そのためには、娘を連れ戻すしかない。神も洗濯機の中に入り、人間界を目指すことにした。

 スマホを見たら、数字が表示されている。
 その数字は自分に残された人生の時間であり、100分の一秒単位でカウントダウンし続ける。
 本当にそんなことになったら、なかなか切なく、辛い状況になるのではないだろうか。
 ごはんを食べるにしても、友だちと会話するにしても、減っていく時間を気にしてしまいそうだ。漫画を読んだり、音楽を聴いたりするときも、本当に厳選したものした楽しめないかもしれない。そもそも楽しめるのか。あれこれやってみて、普通に生きようという境地に達するかもしれない。

 ららぽーと富士見などで上映中の映画「神様メール」は、一見はちゃめちゃなコメディでありながら、本質的な問題を問いかけてくる見応えある作品だった。
 神が神であるゆえんは、人間の余命を知っていることである。
 われわれが人間である所以は、余命を知るよしもなく生きていかなければならないことである。
「今日で一生が終わるとしたらどう生きるか。それを常に考えて行動せよ」と解く本がある。
 なるほどとは思いながら、なかなか本気でそんなイメージを持てないし、だからこそ生きていけるのだとも言える。
 しかし、映画の中で、余命を知った人が自分の生き方を見つめ直したように、一瞬でも自分はどう生きたいのかを意識することができたなら、私達も日常を変えられるのではないか。

 さて人間界に降り立った神は、どこに行っても、そのあまりに傍若無人な振る舞いをとがめられる。挙げ句の果てに、精神に異常をきたした者と扱われ、捕らえられて強制労働施設に追いやられてしまう。
 娘のエアは、兄のJC(イエス・キリスト)を見習って、自分の使徒を見つける。彼(彼女)らの生き方に寄り添い、身体に流れている音楽を聴き、彼らの物語を記録していく。それが「新・新約聖書」になると。そしてエアと母の女神が作り出した奇跡は、世界の人々を幸せにするのだった。

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落陽

2016年06月08日 | おすすめの本・CD

 

 「落陽」を車の中で流し続けている。
 「ああ、吉田拓郎ね」と思ったおとうさん、古いよ。もちろん、名曲だけど。
 むしろ改めて聴かなくても、多分、歌詞もコードもけっこう暗譜してると思う。
 今「落陽」と言えば、村上沙由里ちゃんなんです。


  ほら今 世界が傾き始めた
  二つの 影を残して
  この街は 何も知らないうちに
  ゆっくりと 橙(オレンジ)に溶けてく

  風が吹くたびに 心地よい
  君の匂い このままずっと 包まれていたい

  ねぇ君が 手を振るあの瞬間の
  笑顔を 思い出す度に 泣きたくなる
  ねぇどんな 未来が待っていようとも
  君は 側にいてくれるのかな

  あの高いビルの はるか向こう 君が好きな
  あの街でいつの日か 君と
  毎日 仲良く暮らしてみたい

  ああ明日も 世界は動き続ける
  君への 変わらない気持ちで 強くいられる
  この街は 何も知らないうちに
  ゆっくりと 群青(アオ)に溶けてく


 大切な人と一時をすごした夕暮れ時、オレンジ色に染まる空の下で、「また明日」と笑顔で手をふって別れたのに、なぜか悲しくなる瞬間。
 その人への思いを胸に抱きながら、その人を思う気持ちを持つことで自分が強くいられるようにと願いながら、アオく闇を深めていく街を歩く姿が目に浮かんでくる。
 すごく期待したわけでもなく観た映画「燐寸少女」のテーマ曲だが、かかってきた瞬間にぞくっとした。
 不思議な少女から「妄想燐寸(マッチ)」なるものを購入する。一箱寿命一年分。
 そのマッチを一本燃やすと、妄想が現実化する。
 いじめられっ子がモテモテにイケメンになったり。
 原作のマンガは読んだことがないが、けっこうコアなファンがいそうだ。
 余命いくばくもないおばあちゃんのベッドの側におじいちゃんが腰掛けている。
 妄想マッチを手に入れたおじいちゃんが、病気よ治れとマッチをするが、願望が現実化しない。あくまでも妄想でないと。そしておじいちゃんの妄想が現実化したシーンのバックでこの曲がかかる。
 この二人を演じるのが大石吾朗と丘みつ子だ。他の若い役者さんとは格がちがった。泣けた。
 車の中でこの曲をかけながらまた泣けた。なかなか思うようにいかない授業や、バンドレッスンを思い浮かべるとなおさら。

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「山月記」の授業(1) 一段落 

2016年06月07日 | 国語のお勉強(小説)

 

  「山月記」の授業(1) 一段落 


一段落(1) 李徴の人生


1 〈 隴西の李徴は博学才穎 〉、天宝の末年、若くして名を虎榜に連ね、ついで〈 江南尉 〉に補せられたが、性、狷介、〈 自ら恃む 〉ところすこぶる厚く、〈 賎吏 〉に甘んずるを潔しとしなかった。〈 いくばくもなく官を退いた 〉後は、故山、虢略に帰臥し、人と交わりを絶って、ひたすら詩作にふけった。下吏となって長くひざを俗悪な大官の前に屈するよりは、詩家としての名を死後百年に遺そうとしたのである。しかし、文名は容易に揚がらず、生活は日を追うて苦しくなる。李徴はようやく焦燥にかられてきた。このころからその容貌も峭刻となり、肉落ち骨秀で、眼光のみいたずらに炯々として、かつて進士に登第したころの豊頬の美少年のおもかげは、いずこに求めようもない。数年の後、貧窮に堪えず、妻子の衣食のためについに〈 節を屈して 〉、再び東へ赴き、一地方官吏の職を奉ずることになった。一方、これは、おれの詩業に半ば絶望したためでもある。かつての同輩はすでにはるか高位に進み、彼が昔、鈍物として歯牙にもかけなかったその連中の下命を拝さねばならぬことが、往年の峻才李徴の自尊心をいかに傷つけたかは、想像に難くない。彼は怏々として楽しまず、狂悖の性はいよいよ抑え難くなった。一年の後、公用で旅に出、汝水のほとりに宿ったとき、ついに発狂した。ある夜半、急に顔色を変えて寝床から起き上がると、何かわけのわからぬことを叫びつつそのまま下に飛び下りて、闇の中へ駆け出した。彼は二度と戻ってこなかった。付近の山野を捜索しても、なんの手がかりもない。その後李徴がどうなったかを知る者は、だれもなかった。

語釈 狷介 … がんこで融通がきかないこと。
     ~に甘んずる … ~を我慢して受け入れる。
     ~を潔しとしない … ~を卑しい行いだと思う。
    故山 … 故郷。
    帰臥 … 官職などを辞して、故郷に帰って隠遁すること。
    ようやく … しだいに
    焦燥に駆られる … あせる気持ちを抑えられない。
    炯々 … 眼光が鋭く光る様子。
    歯牙にもかけない … 全く相手にしない
    怏々として … 満足できない様子で。


Q0「隴西の李徴は博学才穎」から、分かること、気づいたこと、思ったことを記せ。
A0 漢字が多い。漢字が8字。四字熟語がある。平仮名は助詞だけ。
 中国が舞台ぽい。昔の話。隴西はたぶん田舎。
 主人公は人間。かなり優秀。隴西の出身。男。
 三人称で書かれた小説。 … etc
 
☆ 漢文を素材にした作品であること、三人称視点で書き出されていること、きわめて優秀な李徴という男が主人公であることを確認する。

☆ 「いつ」「どこ」の話にするかを決めているのは作者です。作者の意図により設けられたドラマの舞台です。たとえば「1945年夏」と書いてあったらどんなイメージがわくか。「2011年の夏、仙台でぼくたちは出会った」と書いてあったら、今の日本人にはなんらかのイメージが前提になるよね。


 「いつ」「どこ」 … 時間・空間 → 場面の設定


Q1「李徴」はどの程度「博学才頴」であったのか、本文の言葉を用いて答えよ。
A1 若くして名を虎榜に連ねるほど。

Q2「江南尉」が、高い地位の官職ではないとわかる表現を抜き出せ。
A2 賎吏に甘んずる 下吏となって 

 ☆ 賤吏 … 身分の低い役人
  「官吏」の「官」は一般に上級役人、「吏」は下級役人を指す。

Q3 それほど優秀な李徴が、「江南尉」という地方官にしかなれなかったのはなぜか。その要因を暗示する部分を抜き出せ。
A3 天宝の末年

☆ 「虎榜」とは、科挙の合格者を張り出す掲示板です。科挙とは古代中国の官吏登用試験です。今の日本で言うと国家公務員試験ということになりますが、国家公務員の一種合格よりもはるかに厳しい試験だとイメージしてください。何年もかけて莫大な量の文献を暗記して合格を目指します。生涯チャレンジし続ける人もいるくらいです。李徴は「若くして」受かったというだけで、大変優秀な人物であることがわかります。

☆「天保の末年」とはどんな年代か? 「玄宗治世の最後の年」と脚注にあります。唐代の有名な皇帝、玄宗の時代です。「開元の治」とよばれる善政で唐を栄えさせた反面、楊貴妃と出会ってから政治を顧みなくなり、世が乱れ「安史の乱」をまねいた人物です。

☆ 国のトップが政治を顧みないとき、国家の統制状況はどうなるか。役人の世界にかぎりませんが、高い地位につけるのはどういう人か。今の日本で考えても近づけるかもしれない。最も人気のある業界に就職したいと思ったら、何が必要ですか。本人の実力だけではどうにもならない要素も働くことがあるのはイメージできるよね。まして古代中国のお話です。科挙に受かったとしても、賄賂もコネもなしに中央の役人に取り立てられるのは難しかったようです。漢文の時間に勉強した「雑説」もほぼ同じ時代の文章です。だから、この冒頭の一文は、李徴は頭はちょーいいけど、性格がねじれてるから世の中をうまく渡っていけなかったんだ、と単純に読み取ってはいけません。


Q4「李徴」はどういう性格だったか。第1段落から2点抜き出せ。
A4  狷介 自ら恃むところすこぶる厚く

Q5「自ら恃む」とあるが「自ら恃む心」と同義の語を漢字三文字で抜き出せ。
A5  自尊心

Q6「節を屈して」とあるが、李徴の「節(自分の信条)」とは、具体的にはどういうものだったのか。40字程度で抜き出せ。
A6  下吏となって長くひざを俗悪な大官の前に屈するよりは、詩家としての名を死後百年に遺そう

Q7「いくばくもなく官を退いた」理由を60字以内で述べよ。
A 自尊心の強い李徴にとって下級役人の生活は耐えがたいものであり、自分の才能を信じ、
  詩家として名をなそうと決意したから。

Q8「節を屈し」た理由をそれぞれ15字以内で2点抜き出せ。
A8 貧窮に堪えず、妻子の衣食のため
   己の詩業に半ば絶望したため


場面設定

時 間 … 天宝の末年以降
場 所 … 中国 隴西 虢略
主人公 … 李徴  博学才穎(若くして科挙に合格するほど)
         狷介・自ら恃むところすこぶる厚く(=自尊心)

展開

事 進士に登第するも江南尉に補せられる
      ↓
心 賎吏に甘んずるを潔しとしない
   ↓
行 官を辞して故郷で詩作にふける
   ↓
事 文名はあがらず、生活に困窮する
   ↓
心 ようやく(次第に)焦燥にかられる
   ↓
行 節を屈し、再び役人となる 
   ↓  節 … 志・信条・主義・ポリシー・考えの基本
事 かつての同輩たちの下命を拝する
   ↓
心 ますます自尊心を傷つける
   ↓
事 発狂し、行方不明となる。

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神様メール(1)

2016年06月06日 | 学年だよりなど

 

  学年だより「神様メール」


 最近知ったのだが、神様のお住まいは、ベルギーのブリュッセルにあるそうだ。
 市内のあるアパートの一室に籠もり、神は自分のパソコンで世界を作り出し、街をつくった。
 それだけでは寂しいので動物を作り、人間を作りたもうた。
 それでもまだ面白くないので、人間に不幸や不安を与えることにした。
 神は、綿密に不幸・不快のの法則を作り出す。
 「1429条:最初に好きになった人といっしょにはなれない」「1550条:悪いことは必ず続けて起きる」「1726条:パンは必ずジャムを塗った側が下になって落ちる」「2011条:スーパーの列は自分が並んだのと違う列が早く進む」 … 。
 こういう法則を、神様は嬉々として作り、エンターキーを押し続ける。
 執務室には、世界のジオラマもある。その上からじょうろで雨を降らしたり、火を点けて燃やしてみたり、飛行機を落としてみたり、バスを転落させてみたり … 。
 レールの上を快調に走る列車が、狙ったポイントで「見事に」脱線すると「もう職人芸だな」とほくそえむ。つまり、これが人間界に起きる自然の大災害や大事故、大惨事なのだ。
 そして「おお神よ」と嘆く人間たちをパソコンの画面で確認し、大笑いをする。
 そんな悪趣味な神の所業を、娘のエマは見つけてしまった。
 日頃から母親や自分に対して横暴な「父」を、エマは嫌っていた。ただでさえ嫌いなうえに、父が何をやっているのかを知ったエマは我慢できない。
 夕飯のテーブルにつくものの、父親を憎々しげににらんでしまう。
 「何か、言いたいことがあるのか。おれをにらむな!」 「最低!」
 「なんだと!」 「ああやって、みんなを不幸にして楽しいの?」
 「おまえ書斎に入ったな。許さん!」
 逃げる娘をおいかけ、捕まえてお仕置きをする神。エマは家を出ることを決意する。
 人間界への行き方は亡くなった兄のJC(イエス・キリスト)に教えてもらった。
 洗濯機を40度のやわらか洗いにセットしてドラムに入り、数時間這っていけば人間界のコインランドリーに出られると。
 パソコンがなければ神は何もできないことを、エマは知っていた。
 その夜も、神はいつもどおりビールを飲んで泥酔し、眠りこけている。
 エアは、神の腰にぶらさがっている鍵を抜き取り、書斎に入る。
 パソコンの前に座ると、人間たち全員のスマホに向けて、それぞれの「余命情報」を発信する。
 再起動できないようにしてパソコンを閉じると、お風呂場の洗濯機に入る。
 驚いたのは人間たちだった。
 突然差出人不明のメールが届く。そこには「あなたの余命は残り5年二ヶ月です」「22年と8ヶ月です」「84時間です」と書いてある。
 表示された数字は、そのままカウントダウンを開始し、余命を表示し続ける。
 いったい誰がこんな悪質ないたずらを行ったのか。
 世界中で問題になり、犯人捜しも行われるが解明できない。
 送られたメールがすべて現実であることを人々が気づくのに、時間はかからなかった。

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プロジェクト・ブラス

2016年06月04日 | 演奏会・映画など

 

 「プロジェクト・ブラス」という若手プロの吹奏楽団の演奏会にみんなで出かけてきた。

 第一部は以下の4曲。

  1 スパーク「メリー・ゴーランド」 
  2 バーンズ「パガニーニの主題による幻想変奏曲」
  3 清水大輔「That's next place ~旅立ち~」
  4 リード「オセロ」

 「メリーゴーランド」スパーク先生の軽快な曲。アンコールピースとしてもけっこう用いられる。出版されてすぐ楽譜買ったかな。こういうのを軽くさらっとやりたいのだけど、大変そうにやったら意味がない。さすがプロはさらっと楽しそうに、とんでもなく「いい」音でオープニングを飾ってくれた。
 続いてバーンズ先生の名曲。清水大輔さんへの委嘱作品と続く。パワー全開の曲が多いので、箸休め的なやさしい曲をレパートリーにしたくて委嘱した作品だそうだ。「旅立ち」は美しい曲だった。ただ音への情感のこもり方がはんぱないので、箸休めというか、むしろ情の濃い女性の枕語りのように(どんな?)感じた。
 「オセロ」全曲を生で聴くのは、はじめてかな。聞いたことあるような気もするけど、思い出せない。昔はコンクールでもよく耳にしたし、いつかやってみたい曲リストにいれて東京佼成さんのCDを何度も聞いた。ライブの「オセロ」は、自分のなかでは今日の演奏が思い出となるだろう。

 休憩を挟んで二部は、

  5 ヘス「ラヴェンダーの咲く庭で」
  6 ヘス「イースト・コーストの風景」
  7 星出尚志「アンバー・ドリーム」
  8 C.コリア・真島俊夫「スペイン」
  9 和泉宏隆・真島俊夫「オーメンズ・オブ・ラブ」

 と、続く。
 以前、浅田真央さんが踊っている曲がいいなあと思って、調べたら作曲者ヘスとあって、ヘスってあの吹奏楽の? 昔定演で演奏したとき最後のホイッスルがならなかった「イーストコースト」の? 打楽器が足りなくてクラパートにシェイカーをふらせたりした「グローバルバリエーション」の? と驚いて映画サントラ版を買って、いいなあ、いつかやりたいなあ、でもうちが最も苦手とするタイプの曲だからなあと思っていた「ラヴェンダーの咲く庭で」を聴けてよかった。
 「イーストコースト」を全曲通しで聴くのは、なぜか今年にかぎって二回目。久しぶりにやろうかな。
 「オーメンズオブラブ」をプロの演奏で聴くのは初めてかな。こんな音がするんだと一番びっくりしたのがこれかもしれない。高校生の演奏も楽しい。大人数で、スタプレつきのそれも。そういう要素抜きで、ちゃんとした音で鳴らしたとき、こうなるのか、これ天国の真島先生のところに絶対とどいてると思ったら決壊してしまった。
 ああ、いい演奏会だった。
 メインとアンコールばかりで構成されたみたいなラインナップだったな。
 こういうバンドがあることを、普通は知らずにおわるだろう。このバンドを中心となって運営してきたチューバ吹きが、なぜか系列校の吹奏楽顧問になり、そのツテで聴くことができた。ご縁としか言いようがない。
 考えてみれば、音大に学んだ同世代の仲間で、これだけのメンバーがたびたび集まって活動できるのも「縁」としかいいようがなく、メンバーの方々もたぶんその有り難さを自覚されているからこそ、今日のような、上手すぎるのに純粋な、美しい音が奏でられるだなあとしみじみ思える。

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