水持先生の顧問日誌

我が部の顧問、水持先生による日誌です。

流浪の月

2020年04月18日 | おすすめの本・CD
 特殊かつ具体を描きながら、普遍ともいえる人間の姿を描き出すのがすぐれた小説というなら、この作品はまさにそれだと感じる。
 そっか、だから「本屋大賞」だったのか。
 ここ何年か、誰でも知ってる売れっ子さんが受賞されてて、いまさら本屋大賞あげなくても……と思ったことがあったが、今回は本来の趣旨にあった選考だったのではないかと思うし、そのおかげで手に取って読むことができた。
 久しぶりに一気読みした。そして、ひょっとして、みんな生きづらいのかなと思った。
 
 
~ 「わたし、ずっと、ここにいたいなあ」
 梨花ちゃんはちゃんは何度も変身シーンを繰り返し見ている。からっぽな横顔。
 ――神様、もうあの家には帰りたくない。
 古びてはいても、けっして色褪せない悲しみ。ゆっくりと手足の先まで冷えていく感覚を思い出す。文がそっとわたしの手をにぎってくれた。それだけでわたしは力を得て、反対の手を梨花ちゃんへと伸ばした。ゆるく癖づいた髪に触れると、薄い肩が震えた。
「でもさあ、いつもはお母さん、優しいんだよ」
「うん、そうだね」
 髪を撫でていると、梨花ちゃんがふいに布団に顔を伏せた。じっと動かない。声も出さずに泣いている梨花ちゃんの背中を覆うように、わたしは身体を寄せた。そんなわたしの手を文が強くつかんでくれている。
 わたしたちは親子ではなく、夫婦でもなく、恋人でもなく、友達というのもなんとなくちがう。わたしたちの間には、言葉にできるようなわかりやすいつながりはなく、なににも守られておらず、それぞれひとりで、けれどそれが互いをとても近く感じさせている。
(凪良ゆう『流浪の月』東京創元社) ~


 『流浪の月』の登場人物たちが築く人間関係は、ふつうに考えれば極めて特殊なものだが、読み進めていくうちに、彼女や彼がほんとうに「特殊」なのだろうかと疑問が浮かぶ。
 変な、おかしい、まちがった、不適切な……。
 更紗(さらさ)と文(ふみ)の関係がおかしいのだとしたら、正しい人間関係とはどのようなものか。
 たとえば家族を形成する条件に血縁は重要だが、血のつながってない者でつくる家族はたくさんあるし、法的にも認められている。
 そもそも結婚は、血のつながりのない全くの他人同士が、何を血迷ったか死ぬまで一緒にいようなどと約束してしまう、おそろしい行いだ。
 19才の青年と、9才の少女が築いた関係を、根源的な「悪」とみなす理論は、実際にはないのではないか。
 その二人が成人したあとに出会って、再びともに暮らすことを、倫理的におかしいと言うことは、できないのではないか。
 そもそも、家族って何? 親子、夫婦、恋人、友人……。
 どんな人間関係も、絶対的なあるべき「かたち」というものはなく、幻想にすぎないのではないか。
 ひらがなに 「 」 つけると、鷲田清一先生みたいだけど。
 いまコロナ自粛で、家にいるのが逆につらい、息がつまる、という思いを抱いている人もいるだろう。
 家の中でこそ、ソーシャルディスタンスをとる方がいい。
 物理的に難しいなら、精神的な距離だけでも。
 学校でも起こりうる問題だ。
 クラスのメンバーは「なかよくしなければならない」、部活動の仲間は「心一つにしなければならない」という考えにしばられて、そうできない自分を責めたり、できない人を見つけて居づらくさせたり。
 同じような目標をもって集まる部活動でも、何十人もいたら、あう・あわないがあるのはあたりまえだ。
 そこをどうやりくりするのかを学ぶのが学校だし、ありようは多種多様だ。
 自分の意見が正解だ、自分の考えが常識だと、疑うことなく思い、自分の「善意」で他人に教え諭そうとする人がいる。


 ~「わかってます。あなたが悪いんじゃない。あなたは佐伯の被害者だ」
 ちがう。そうじゃない。わたしは、あなたたちから自由になりたい。中途半端な理解と優しさで、わたしをがんじがらめにする、あなたたちから自由になりたいのだ。 ~


 学校の先生はとくにそうなりがちなことを自戒しないと。
 もちろん、心でそう理解しながら、あえて世間の価値観にもとづいて意見するのも仕事のひとつだ。
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「近代の原罪」(東大2020年)の授業(3)

2020年04月17日 | 国語のお勉強(評論)
④ 子どもを分け隔てることなく、平等に知識を培う(ツチカう)理想と同時に、能力別に人間を格付けし、差異化する役割を学校は担う。〈 そこ 〉に矛盾が潜む。出身階層という過去の桎梏を逃れ、自らの力で未来を切り開く可能性として、〈 能力主義(メリトクラシー)は歓迎された 〉。〈 そのための機会均等だ 〉。だが、それは〈 巧妙に仕組まれた罠だった 〉。「地獄への道は善意で敷き詰められている」という。〈 平等な社会を実現するための方策が、かえって既存の階層構造を正当化し、永続させる 〉。社会を開くはずのメカニズムが、逆に社会構造を固定し、閉じるためのイデオロギーとして働く。しかし、それは歴史の皮肉や偶然のせいではない。近代の人間像が必然的に導く袋小路だ。

桎梏……手かせ(桎)足かせ(梏)。自由を束縛するもの。
メカニズム……装置、仕組み。
イデオロギー……思想。人間の行動を左右するものの考え方。
袋小路……行き止まりになっていて通り抜けられない小路。物事が行き詰まった状態。

Q13「そこ」とは何か。40字以内で記せ。
A13 子どもの知識を平等に培いながら、子どもを格付けし差異化する役割を学校が担っていること。

Q14「能力主義(メリトクラシー)は歓迎された」とあるが、「歓迎された」は人々が何を見出したからか。20字以内で抜き出せ。
A14 自らの努力で未来を切り開いていく可能性

「そのための機会均等」について、
Q15「そのため」とは何のためか。簡潔に記せ。
A15 能力主義の考えを具体的な仕組みに現実化するため。

Q16「機会均等」とは何だったのか。15字で抜き出せ。
A16 平等な社会を実現するための方策

Q17「巧妙に仕組まれた罠(わな)だった」と言うのはなぜか。説明せよ。
A17 誰もが理念的に正しいと信じ、喜んで受け入れるシステムだったが、実際には人々が望むような結果にならないものであったから。

Q18「平等な社会を実現するための方策が、かえって既存の階層構造を正当化し、永続させる」という現実をどう呼んでいるか。これより前の部分から10字で抜き出せ。
A18 機会均等のパラドクス


学校の役割
 子どもの知識を平等に培う
   ↑ 矛盾
   ↓
 子どもを能力別に差異化する

戦前 出身階層……過去の桎梏
     ↓
戦後 自らの力で未来を切り開く
     ∥
   能力主義
     ↓
   教育の機会均等
     ∥
   巧妙に仕組まれた罠(わな)
     ∥
   地獄への道は善意で敷き詰められている


 平等な社会を実現するための方策
    ↓かえって (パラドクス)
 既存の階層構造を正当化し、永続させる。
      ∥
 社会を開くはずのメカニズム
    ↓逆に (パラドクス)
 社会構造を固定し、閉じるためのイデオロギーとして働く
   ∥
近代の人間像が必然的に導く袋小路
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パラ・スター

2020年04月16日 | 学年だよりなど
3学年だより「パラ・スター」

  
 ジャパンオープン三日目。君島宝良選手は、女子準々決勝の朝を迎える。

 ~ 宝良は起床後、まず熱めのシャワーを浴びた。こうして寝起きの頭と身体をしっかり覚醒させる。それからウェアに着がえて、時間をかけて軽いストレッチをしてから食堂へ。毎日第1試合は朝九時半からの開始で、選手はその四、五時間前には起床してコンディションを整えていくので、早朝でも食事はできる。
 今日は第1試合に出場するので、エネルギーに変わりやすい炭水化物を中心に食事をする。ただし満腹にするとこれからのウォームアップに差し障るので、控えめに腹六分目くらいだ。サラダとスクランブルエッグ、それからオレンジジュースとバターの香りがいいピラフをトレーにとって、宝良は窓際の席に着いた。食事、とくに試合の前の食事は、集中力を乱さないためにもひとりでとるのが好きだ。 ~


 朝食後、会場内のフェイットネス施設で、コーチの志摩と合流する。
 10分ほど軽い動きでからだを温めてから、およそ20分ストレッチ。そしてラケットを持ち、ウォームアップを行ったあと、春の日差しが降り注ぐ第9コートに入っていく。
 オランダのギーベル選手が、猛禽のような目でこちらをにらんでくる。
 世界ランク3位。前年のケイジャンクラシックではこてんぱんにやられた相手だ。
 「ザ・ベスト・オブ・3タイブレークセット、君島トゥー・サーブ・プレー!」


 ~ 球を握り、頭上を仰ぐと、真っ青な空が目を染めた。その空へあざやかな黄色の球を放つ。青空に舞った球が上昇から下降に転じ、ベストポジションに達した瞬間、腰から胸、胸から肩、肩から腕の筋肉をひと連なりにしならせるイメージで、叩く。
 球はギーベルの右サービスコートのセンターライン上を打った。フォルトのコールはない。ギーベルが力強いチェアワークで走り込む。フォアハンド。来る。
 ギーベルのインパクト寸前に予想したコースへ走る。そして0.5秒前に予想した通り、球は左サイドのサイドラインぎりぎりに飛来した。ギーベルのトップスピンがかかった球は恐ろしく跳ねる。だから跳ね上がる前の上がり鼻を思いっきり叩く。
 バックハンドで叩き返した球は、ギーベル側右サイドのベース際を打った。
「15-0(フィフティーン・ラブ)」 
 (阿部暁子『パラ・スター side宝良』集英社文庫) ~


 車椅子テニスのヒロイン君島宝良を描く『パラ・スター』は、小説ではあるが、登場する他の選手達の多くが、実在の選手達をモデルにしている。テニスにくわしい人なら、すぐに、この人はたぶん誰、この選手はあの有名な第一人者、と言い当てることができるだろう。
 「チェアワーク」という単語に気づかず、車椅子テニスではなく普通のテニスの描写として読んでた人もいるのではないだろうか。
 この作品は、「障害がある人のための特別なスポーツ」という感覚で、車椅子テニスを見ることを忘れさせる。というか、その感覚がまちがいであることを教えてくれる。
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「近代の原罪」(東大2020年)の授業(2)

2020年04月15日 | 国語のお勉強(評論)
② 〈 機会均等のパラドクス 〉を示すために、二つの事例に単純化して考えよう。ひとつは戦前のように庶民と金持ちが別々の学校に行くやり方。もうひとつは戦後に施行された一律の学校制度だ。どちらの場合も〈 結果はあまり変わらない 〉。見かけ上は自由競争でも、実は出来レースだからだ。それも競馬とは反対に、より大きなハンディキャップを弱い者が背負う〈 競争 〉だ。だが、生ずる心理は異なる。貧乏が原因で進学できず、出世を断念するならば、当人のせいではない。不平等な社会は変えるべきだ。批判の矛先が外に向く。対して自由競争の下では違う感覚が生まれる。成功しなかったのは自分に能力がないからだ。社会が悪くなければ、変革運動に関心を示さない。

パラドクス……逆説・矛盾
出来レース……はじめから勝敗が決められている、仕組まれた勝負事。八百長・茶番。
矛先……怒りや非難の方向

Q5「機会均等のパラドクス」とあるが、何をこう表現しているのか。40字以内で記せ。
A5 教育機会が均等になったにもかかわらず、かえって不平等は拡大化したという現実。

Q6「結果はあまり変わらない」のは、なぜか。その理由を述べた部分を抜き出せ。
A6 見かけ上は自由競争でも、実は出来レースだからだ

Q7「競争」とあるが、たとえば何を「競」うのか。この段落から二つ抜き出せ。
A7 出世・成功


a 戦前 庶民と金持ちが別々の学校に行くやり方
    ↑
    ↓
b 戦後 一律の学校制度
    ↓
  結果は変わらない
   一律の学校制度……平等な競争のようで、出来レース


a 貧乏→進学できない・出世を断念
      ↓
   心理……不平等な社会の責任
    ↑
    ↓
b 自由競争→成功しなかった
      ↓
   心理……自分の責任


③ 〈 アファーマティブ・アクション(積極的差別是正措置)は、個人間の能力差には適用されない 〉。人種・性別など集団間の不平等さえ是正されれば、あとは各人の才能と努力次第で社会上昇が可能だと信じられている。だからこそ、弱肉強食のルールが正当化される。〈 不平等が顕著な米国で、社会主義政党が育たなかった一因はそこにある 〉。


「アファーマティブ・アクション(積極的差別是正措置)は、個人間の能力差には適用されない」について、

Q8「個人間の能力差には適用されない」のはなぜか。理由にあたる部分を「~から」につながるように抜き出せ。
A8 人種・性別など集団間の不平等さえ是正されれば、あとは各人の才能と努力次第で社会上昇が可能だと信じられている(から)。

Q9 その結果どのようなことが起こるのか。15字で抜き出せ。
A9 弱肉強食のルールが正当化される


「不平等が顕著な米国で、社会主義政党が育たなかった一因はそこにある」について、

Q10「社会主義政党」の役割を、本文から類推して記せ。
A10 平等な社会の実現を目指し社会を変革する運動を組織する。

Q11「そこ」とは何か。
A11 社会上昇は個人の才能と努力によるものだと信じられ、弱肉強食のルールが認められていること。

Q12 なぜそういえるのか。説明せよ。
A12 各人の才能と努力次第で社会上昇が可能だと信じられるアメリカ社会では、不平等はあくまでも個人の責任であり、格差の原因を社会に求め変革しようとする運動は起こりえないから。


 アファーマティブ・アクション(積極的差別是正措置)
      ↓
 集団間の不平等(人種・性別)の是正のみ

 社会上昇……各人の才能と努力次第
      ↓
 弱肉強食のルールが正当化
      ↓
 不平等は個人の責任
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そして、バトンは渡された

2020年04月14日 | おすすめの本・CD
「森宮さん、次に結婚するとしたら、意地悪な人としてくれないかな」
 夕飯を食べながら、高2年の優子が言う。
 今夜の夕飯は優子が担当した。
 仕事から帰るとスーツのまま食卓につき「おいしいおいしい」とかっこむ森宮さんが、
「いい人に囲まれてるって、相当いいことじゃないか」と答える。
「そうなんだけど、保護者が次々変わってるのに、苦労の一つもしょいこんでないっていうのも、どうかなって。ほら、若いころの苦労は買ってでもしろって言うし」

 優子にとっては三人目の父親が、娘から「森宮さん」と呼ばれる、一流大学を出て一流企業に勤める、見た目もそこそこの35歳だ。
 いったい、どういう事情があって、この二人は暮らすようになったのか。
 母親はどうなったのか。
 その事情は、優子の回想がはさまれながらあきらかになっていく。
 実の母親を事故で失った子供時代。
 父親と再婚した新しい母親の梨花と暮らし。
 仕事の都合でブラジルへいく父親との別れ。
 父と離婚した梨花が次に結婚した、裕福な家での暮らし。
 それぞれの時代から、いまの二人の暮らしにもどってくるという、個人的に「時空のロンド方式」となづける構成になっている。
 読み進めて行くにつれて今の意味が深まっていき、徐々に二人の何気ないやりとりが胸をうつようになる。
 もちろん、最初からわだかまりがなかったわけでもないし、今時点でも雰囲気がおかしくなることもある。
 ぎこちないやりとりしかできず、それぞれに思い悩むこともある。
 ただ、それは血のつながりがないことが理由ではない。


 ~ 一緒に暮らしはじめてすぐのころ、私がピアノを弾いていたと知った森宮さんが、電子ピアノのパンフレットをどっさり持ってきた。
「父親と認めてほしいっていうのは、年齢的にも俺の性格的にも少し無理があるだろうけど。でも、やっぱり優子ちゃんに気に入られたいし」
 素直にそう言ってのける森宮さんに、気が抜けたっけ。
 一緒に暮らすんだ。恋人じゃなく、友達じゃなく、家族という名のもとに。気に入られようとして何が悪いのだろう。気を遣って、どこがおかしいのだろう。あの時、森宮さんの言葉に私もどこかで開き直れた気がする。
 泉ヶ原さんが念入りに手入れを施してくれたピアノ。森宮さんがあれこれ選んで買ってくれた電子ピアノ。私はいつも最高の状態のピアノを弾いてきた。どんなピアノを前にしたって怖気づくことはない。 ~


 親が子供を気にかけるのは普通だが、子供も思いのほか親を気遣う。
 たとえば自分にかかる教育費の問題とか、機嫌良くすごしているかどうかとか、人間関係までも。
 経済的な問題など考えずにすむならそれが一番だが、そんなのはごく一部の家庭だけだし、ある程度の年齢になれば普通は考える。
 親がするべきあれこれを自分が肩代わりはできないが、機嫌良くいてほしい、いきいきしててほしいと、子供は思うものだ。
 そのために親が気づかない我慢をしていたりもする。
 二人がお互いを気遣いながら家族「になろう」とする姿は、いまある家族が家族「である」ことを当然と思う自分の甘えを指摘されているようだ。

 梨花が次に結婚したのは、同窓会で再会した森宮さんだった。
 しかし思いのほか早く梨花は出て行くことになる。
 梨花を探さなくていいのかという優子にに、出て行った人を探してもしょうがないと森宮さんは言う。


~ 「梨花さんのこと好きじゃないの? それより大事なことって何?」
「梨花のことは好きだけど、大事なのは優子ちゃんだ。俺、人である前に、男である前に、父親だからね。この離婚届出したら、結婚相手の子どもじゃなく、正真正銘の優子ちゃんの父親になれるってことだよな。なんか得した気分」
 森宮さんはなぜかうきうきしているけれど、何のつながりもない娘を押しつけられることのどこが得なのか、私にはわからなかった。
「森宮さん、好きな人と結婚したら子どもまでついてきて。で、最後には好きな人がいなくなってついてきた娘だけ残っちゃったんだよ」
 森宮さんは今起こっていることがわかっているのだろうか。置いていかれた私も同情に値するけど、森宮さんだって気の毒だ。
「俺、優子ちゃんの親になった時、もう三十五歳だよ。できちゃった婚でもなく、しっかりと考えて判断して、優子ちゃんの父親になるって決めたんだ。結婚したら勝手に優子ちゃんがついてきたわけじゃない」
「そうだろうけど……」
 私をそんなふうに認められたのは、梨花さんが好きだったからだ。子どもという壁があっても梨花さんを愛せたからだ。そう続けようとした私を遮って、森宮さんは、
「梨花がさ、付き合ってる時、会うたびに優子ちゃんの話をしてたんだ。まっすぐですてきな優しい子だって」
と言った。
「ずいぶんな過大評価だね」
 梨花さんがおおげさに話している姿が目に浮かんで、私は肩をすくめた。
「まあ、七割は当たってたけどね。梨花が言ってた。優子ちゃんの母親になってから明日が二つになったって」
「明日が二つ?」
「そう。自分の明日と、自分よりたくさんの可能性と未来を含んだ明日が、やってくるんだって。親になるって、未来が二倍以上になることだよって。明日が二つにできるなんて、すごいと思わない? 未来が倍になるなら絶対にしたいだろう。それってどこでもドア以来の発明だよな。しかも、ドラえもんは漫画で優子ちゃんは現実にいる」
 (瀬尾まい子『そして、バトンは渡された』文藝春秋) ~


 このごろ時間の余裕があって、本も読めるし、そこそこ勉強もできているけど、なんか物足りない。
 授業も部活もしてない多くの教員は同じ感覚ではないか。
 親とくらべるのはおこがましいが、学校の先生はたくさんの未来を感じることができる。
 何十倍もの明日を。ありがたいことではないか。 カムバック! 日常!
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幸せな日々

2020年04月13日 | 学年だよりなど
3学年だより「幸せな日々」


 勉強しないといけないのはわかっているが、もう一つ先が見えてこない、正直時間をもてあましている……、という思いの人もいるかもしれない。
 「ドラゴン桜2」の主人公、天野くんと早瀬さんは、腹をくくって東大受験を決意し、勉強を続けてはいるものの、「毎日息がつまるように勉強していると、やはりストレスがたまる、たまにはリフレッシュしたい」と水野先生に訴える。
 先生は尋ねる。
「じゃあ、思いっきり遊んでみる?」
「思いっきりってほどじゃない……」「それなりには」と答える二人に、それで本当に楽しめるのか? と問いかける。
「受験勉強を中断してリフレッシュのために友達と遊ぶ。はたして、それで心から楽しむことができるのかしら。
 なんとなく後ろめたい気持ちにならない? 
 自分が遊んでる間に、他の受験生が勉強してると思うと不安にならない?
結局、受験生って受験が終わらない限り、何をしても面白くない。試験が終わるまでは、楽しい気持ちになれないものなの」
「それは理解できるけど、なんとなく悲しい」という二人に、「私は幸せなことだと思う」と水野先生は言う。「志望校合格という目的をもっているから」だと。


 ~「目的をもって生きる、それが人として一番幸せなこと。高3の夏、目的を持って毎日努力する。
   これは人生でもっとも幸せな時間を過ごすことなのよ
   夢や目的が見つからない、若い時にこれほど辛く苦しいことはない。
   毎日に目的がない日々ほど、不幸せなことはないの。
   それを考えれば、受験という目的は、実はとても、恵まれている、
   勉強ができるって、幸運なことなのよ」 (三田紀房「ドラゴン桜2」週刊モーニング№18)~


 今の状況の中で、経済的に厳しい状況に置かれているご家庭もあるだろう。
 でも、「あんたは心配しないで勉強してなさい」と言ってもらえているのではないか。
 みなさんにできるのは、笑顔で勉強し続けることだ。あとは大人がなんとかする。
 家で勉強することが、何より自分のためであり、同時に他人のためにもなるから。
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「近代の原罪」(東大2020年)の授業(1)

2020年04月12日 | 国語のお勉強(評論)
東大2020年第1問 小坂井敏晶「『神の亡霊』6近代の原罪」による

①段落

 〈 学校教育を媒介に階層構造が再生産される 〉事実が、日本では注目されてこなかった。米国のような人種問題がないし、英国のように明確な階級区分もない。エリートも庶民もほぼ同じ言語と文化を共有し、話をするだけでは相手の学歴も分からない。「一億総中流」という表現もかつて流行した。〈 そんな状況 〉の中、教育機会を均等にすれば、貧富の差が少しずつ解消されて公平な社会になると期待された。しかし、〈 ここ 〉に大きな〈 落とし穴 〉があった。

Q1「学校教育を媒介に階層構造が再生産される」と反対の内容を表す部分を抜き出せ。
A1 教育機会を均等にすれば、貧富の差が少しずつ解消されて公平な社会になる

Q2「そんな状況」とはどのような状況か。25字以内で記せ。
A2 日本には明確な階層構造がないように見える状況。

Q3「ここ」は何を指すか。40字以内で記せ。
A3 教育機会を均等にさえすれば貧富の差は解消され公平な社会が実現できるという考え方。

Q4「落とし穴」とは、何をこのように表現しているのか。70字以内で記せ。
A4 近代において、公平な社会を実現する方策は明確なはずだったが、実際には全くそれがかなわず、むしろ階層構造が際立つ結果となってしまった事態。


日本 人種問題がない
   はっきりした階級区分がない
   エリートも庶民も同じ言語・文化  
   「一億総中流」
     ∥
 表面的には平等
     ↓
教育機会の均等化 → 公平な社会の実現
   ↑
   ↓
 大きな落とし穴
     ∥
学校教育 → 階層構造の再生産
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評論文読解の超基本(1)

2020年04月11日 | 国語のお勉強(評論)
1 基本的な考え方

① 文章は人に何かを伝えようとして書かれます。

 他人はどうあれ、自分はこう思っているという内容が書かれています。
 誰もが言いそうなこと、知ってそうなこと、一般的に正しいこと、そんなのは常識でしょ、という内容は書かれる必要ないですよね。
 「世間一般ではBと思われてるようだけど、私的にはAだと思う」という形で書かれています。

 一般論(B) ←→ 筆者の主張(A) 

 BかAか、どちらか一方しか書いてないように見える文章も多いですが、無理矢理「B ←→ A」を見つけようとすると、見つかります。
 Bが見つからないときは、書いてないことがBです。一般的な内容、世間の常識的なことがBです。

② 今と昔、日本と西洋をくらべた場合、わたしたちは一般的にどちらを「いいもの・価値あるもの」「+」と思うでしょうか。
 やっぱり、いろいろ問題あるけど、昔よりは今がいいに決まっている、日本の文化より西洋の文化の方がクールだと、思いがちですね。

 昔、たとえば江戸時代。
 お殿様がいて、侍がいて、お百姓さんがいて、職人さんがいて、商売人がいました。お侍の子供は侍になり、村に生まれた子供はそのまま農民としての人生を送りました。
 それに比べると、今は自分の人生は自分で決めることができます。好きな仕事を選ぶこともできるし、好きな人と結婚できます。結婚しない自由もあります。
 自由、平等、権利といった考え方は、近代化した世の中で、人々が手に入れたものです。
 そういう考え方がなかった時代より、今の暮らしの方が幸せに決まっていると思いますよね。
 しかし、評論は、その考えを疑います。
 ほんとうにそれって幸せ? と問いかけます。
 近代的な考え、新しく発明されたもの、今の世の中のあれこれを問い直してきます。
 結果として、

 今(B) ←→ 昔(A)
 西欧(B) ←→ 日本(A)
 近代的価値観(B) ←→ 前近代的価値観(A)
 
 という方向性で書かれています。
 そんな風に見えなくても、そうかもしれないという目で見直してみると、言いたいことに気づける可能性が高くなります。

③ 言いたいことを伝えるために、いろんな技が用いられます。ストレートに「Aだ」というよりも効果があります。

 対比を用いる方法   B「ではなく」Aだ 
            一般的にはB、「しかし」Aだ

 具体例をあげる方法  「たとえば」、a1、a2、a3、
            「このように」Aは…
 
 理由の述べる方法   Aだ、「なぜなら」 ~ 「だからだ」
            ~「のである」

 言いたいことを伝えるための「技」にあたる語句を自分なりにチェックしてみましょう。
 「ではなく」とか「このように」にチェックしてみると、チェックした言葉の後ろに大事そうな内容が書いてあることに気づきます。


④ 言いたいことを伝えようとする気持ちは、いろんな言葉に表れています。

「日本は平和な国である。」という一文を読むと、まあそうだよね、と受け取るだけですが、少しよけいな言葉がついていると印象が変わります。

 「私は」日本は平和な国である「と思う」。
 日本は平和な国だと言える「のではないだろうか」。
 日本は平和な国だと、「ぼくは」「思わざるを得ない」。
 日本は平和な国ではないと言える「だろうか」。

 「思う」「だろう」「~か」といった表現は、実はより伝えたい内容にくっついているのです。

 単語のニュアンスにも表れます。
 「ということ」と言いそうな事柄を、「という事態」と書いてあったら、どうでしょうか。
 「~した」ではなく「~してしまった」と書いてあったら、どうでしょうか。

「農村人口の減少」がおこった。
 → 「農村人口の減少」という〈事態〉がおこった。
 「都市人口が増え」た。
 → 「都市人口が増え」〈てしまった〉。

 「 」の内容を、筆者がマイナス(-)ととらえていることがわかりますね。
 マイナスぽい言葉をチェックしてみると、言いたいことの方向性が見えてきます。
 逆に明らかにプラスの言葉もチェックしてみるといいと思います。
 ちょうど、メジャコードとマイナーコードがあるように、対比が見えてきます。

⑤ ここはAの内容、ここはB側の内容、ここはAの具体例a1、ここはマイナスの言葉が使われているからBの具体例bなんだろうな、とチェックしながら読んでみましょう。
 A 
  a1
  a2
このように A
しかし
 B
  b1
  b2
したがって
 B ではなく A
 というような構造に整理できると、文章が立体的に見えてきます。

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文武両道(2)

2020年04月07日 | 学年だよりなど
3学年だより「文武両道(2)」


 そう考えた西山先輩がまず行ったのは、1日24時間のプランニングだ。
 24時間の中から、授業と部活、6時間の睡眠を引き、いかに勉強時間を多くつくり出せるか。
 電車に乗っている時間、休み時間は当然勉強だ。
 自宅で夕飯を食べる際には英語のリスニングをする。
 大会の開会式では入場行進を待つまでの時間がもったいないと感じ、ポケットに忍ばせた単語帳を取り出したこともあるという。
 毎日キッチンタイマーで勉強時間を測る。それを記録する。
 定期試験では、やればやっただけ成果があがることに気づくと、勉強が楽しくなっていった。
 高校2年の春。東大野球部と練習試合を行う機会があり、当時の監督の浜田一志先生のお話をきくことができた。
 「東大に合格するのは天才ばかりではない、むしろそういう学生は一握りだ」という言葉を聞きながら「自分も努力すれば可能性はあるのか … 」という思いが芽生えた。
 睡眠時間は絶対にけずらずに、時間配分を再度見直し、取り組むようになった。
 勉強への工夫は、野球にもいかされる。
 同学年のエース宮崎君、ライバルの山田君、一学年下には蔭山君 … 。
 なんとか自分もメンバーに入りたい。ストレートが125km/hの自分がメンバー入りするには、来るとわかっていて打てないレベルのカーブを投げたいと研究を重ねた。
 残念ながら3年になって肩をこわし、裏方に回ることになったが、退部はしなかった。


 ~ 「もし野球部を辞めて受験で落ちたとき、全部自分の責任になっちゃうので。僕は10分サボったことも気にしちゃうタイプです。全部の時間を勉強にささげるのは、結構難しいと思っていました。身体的には二つやっていると辛くて、一つのほうが楽かもしれないけど、精神面では一つしかないのは結構きついなと思います。それを失ったとき、何もなくなっちゃうので」
 西山は自身を「悲観主義」と捉えている。「サボったら、全部自分のせい」と考える傾向があり、逆に野球を続けることで勉強に手を抜けない環境をつくり出した。時間を区切った中で自分自身をうまくコントロールし、目標の東大合格という山を登り切った。
「川越東じゃなければ、こんなに勉強しなかったと思います」 (中島大輔「REAL SPORTS」4月4日版)~


 野球部がどれくらい練習に時間を割いているかは、みなさんの方が知っていると思う。
 仮に野球部の他のメンバーがそれほど勉強しなかったなら、違った結果になったのではないか。
 全員が練習もがんばり、同じテンションで勉強にも向かう。
 みんなでやるからこそ文武両道は可能だという事実を、先輩達は身をもって示してくれた。
 西山先輩たちが苦労してむりやり生み出した時間を、今のみなさんは濡れ手で粟の状態でわしづかみにしている。共通テストの範囲は、ほぼほぼ学習し終わってもいる。
 やってやろうじゃないか。もう一回取材させてあげようじゃないか。

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文武両道

2020年04月07日 | 学年だよりなど
3学年だより「文武両道」


 進級おめでとうございます! 4月4日、Yahooニュースサイトに、「なぜ野球部から東大現役合格できたのか? 川越東 新しい文武両道」という記事が配信された。


 ~ 川越東は偏差値60代後半の進学校で、野球では甲子園出場こそないものの埼玉県内上位レベルにある。偏差値60代後半の進学校でありながら、プロ野球選手も生み出している埼玉県内の強豪・川越東高校野球部。今春、現役では初めて東京大学合格者も輩出した。「なんちゃって文武両道の学校はたくさんある」なかで、部活動と学業、どちらも妥協せずに取り組む「新しい文武両道」の姿とは?(中島大輔) ~


 スポーツライターの中島大輔氏は、上智大学在学中からライター、編集者として活動し始め、『野球崩壊』(新潮新書)、『中南米野球はなぜ強いのか』(亜紀書房)の著書をもつ気鋭の作家だ。
 埼玉県出身の中島氏は、県内の高校野球事情にも通じ、先日東大に合格した西山和希先輩をいちはやく取材して記事にされた。


 ~ 「なんちゃって文武両道の学校はたくさんある、東京六大学で野球をやろう」
 志望高校を検討中の中学生に対し、川越東高校野球部の野中祐之監督はそう声をかけている。この口説き文句の裏にあるのは、同部が目指す「新しい文武両道」の理想だ。
「これからは勉強だけとか野球だけではなく、勉強も野球も頑張っている学校が40校以上、甲子園に出てくる時代になるのではと思います。その最先端を走りたい気持ちがすごくあるんです」
 埼玉の公立高校で30年間指導し、3年前に私学の川越東に体育教諭として赴任した野中監督はそう語る。生徒たちが先を見据えて文武両道に取り組むことで、成長していく実感があるからだ。 ~


 みなさんの中にも、オープンキャンパスなどで野中先生のこの話を聞いた人はいるだろう。
 本校野球部は、みなさんも知っているように甲子園出場こそまだだが、常に大会では上位をうかがい、プロで活躍する高梨先輩(楽天ゴールデンイーグルス)もいる。
 西山君自身、スポーツクラスがあるような学校ではなく、全員が部活も勉強もやっているような学校に行こうと思い、単願での入学を決めたという。
 しかし、入ってみると、両立は思いのほか難しそうだった。
 「入学してすぐ、この学校だと自分は留年するなと思いました。隣の席の人は川高落ちで、その隣は浦高落ち。そういう人たちばかりの中、自分は単願で入ったので、勉強しないとまずいと思って始めました」と語る。
 入学直後の4月に行われた校内テストで、西山先輩は428人のうち312位。
 中学校時代は、勉強も野球もそれほど頑張らず、それでいてほどほどの結果は手にしてきた。
 しかし川東でこのまま過ごしていても、落ちこぼれてしまうと危機感を感じる。
 野球をやりながら、勉強もやる、一分もむだにしないで頑張ってみようと考えた。
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