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T206 ⑤ Stephens St.Lois Amer ヴィンテージカード

(続き)ホナス・ワグナーのカードが1億円の高値で取引された背景については、①ワグナーという伝説的な選手のカードであること ②彼がたばこ嫌いで自分の肖像がたばこのおまけに使用されることを認めず途中で製造中止になったこと ③このカードのシリーズを全種類集めたいと考えているコレクターが数多く存在していること ④保存状態が奇跡的に良いこと等をみてきた。こうしたカードの保存状態については、通常1から10までのグレード制度が存在し、「このカードの状態はグレード7」というようなランク付けがされている。10が最高ランクで、完全に無傷で印刷のずれなどもない状態のものを指す。グレード10は、虫眼鏡でみても、4つの角が完全に直角で、表面に傷や印刷時の汚れがなく、印刷が紙の完全に中央に位置していて、4つの辺に傷がない状態のカードということになる。そこから、角の痛み具合、表面の汚れ具合、印刷が中央から何%ずれているか、4辺に傷がないかを綿密にチェックして、1枚1枚のカードのグレードが決定される。アメリカには、こうした格付け(グレードの認定)を行う会社が10社近く存在しているようである。
さて、このグレードであるが、カード会社が製造した未開封のものを直接購入してきた場合を想定すると、通常我々が肉眼でみて、全く傷等がない場合でも、専門家のチェックにかかると、たいていはグレード7~8と判定される。印刷のミスが全くなく、製作されてから特に慎重に扱ったもので9、そしてまれに10のものが存在するというイメージである。T206の場合、作られてから100年近くたっていることもあり、グレードの高いものはほとんど存在しない。昔のカードをヴィンテージ・カードと呼ぶことがあるが、ヴィンテ-ジカードの大半は、グレード1か4くらいではないかと思われる。そして、保存状態の極めて良いグレード6くらいのものがまれに出現し、非常な高値で取引されるという感じだろう。こうしたなか、1億円のワグナーのカードは、何とグレード8なのである。これが奇跡のカードと言われる所以である。
なお、上記で、印刷の中央からのずれがグレードに影響すると書いたが、それは、こうしたカードを製作する場合、大きな紙にいくつものカードの柄を同時に印刷し、後からその大きな紙を裁断するという方法がとられている。そのため、印刷と裁断に、わずかにすれが生じると、図柄が紙の中央にこないのである。要するに、印刷技術や裁断技術などの機械が精密でなかった頃のカードは、特に印刷が中央からずれていることが多いのである。
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T206 ④ Oakes Cincinati ヴィンテージカード

(続き)ホナス・ワグナー選手のカードに高値がついた理由としては、さらにいろいろな要素が絡み合っている。まず、50枚くらい現存していると言われている他のホナス・ワグナーのカードの値段であるが、専門誌によると40万ドルくらいとなっている。即ち、同じホナス・ワグナーのカードでも、1億円以上で取引されたカードは、同じホナス・ワグナーのカードの通常取引価格の2倍以上で取引されたことになる。
 実は、このカードがここまで高額で取引された秘密は、そのカードが100年前に作られたとは信じられないくらい保存状態が良いということにある。添付したカードをみれば判るとおり、T206のカードの保存状態は、100年近く前に製作されたことから、かなり変色していたり、角がこすれて丸くなっているのが一般的だ。ただのおまけカードであったため、100年たってこのように高価なものになるとはだれも思わず、ぞんざいに扱われてきたという事情もある。例えば、これまでに発見されたホナス・ワグナーのカードの履歴をみると、古本を買ったら偶然本の間から出てきたとか、昔の衣類を整理していたらズボンのお尻のポケットから出てきたといった具合であり、保存状態に気を使って保管されていたというケースはほとんどない。しかし、この史上最高額のカードは、そうした痛みがほとんど見あたらず、まさに奇跡的なほど作成された当時のままで保存されてきたのである。(続く)
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倒立する塔の殺人 皆川博子

昨年来注目している理論社の「ミステリーYA!」シリーズの1冊。終戦前後の混乱期のミッションスクールでの出来事を扱った本書も、手記の中に小説が入っていたり、書き手が何度も変わったり、時間が前後したりと、かなり複雑な構成だ。「首無しのごとく祟るもの」もそうだったが、こうした複雑な構成のミステリーが今の潮流なのだろうか。トリックの技巧が煮詰まってしまって、小説的手法の技巧に走っているとしたら問題だと思うが、本書などは、モザイクのような構成が楽しみの要素の1つになっているので良しとしたい。また、本書にちりばめられた、ドフトエフスキーの小説、エゴン・シーレの絵画などに関する記述は、いずれも私自身の若い頃に好きだったものばかりで、なかなか懐かしく感じられた。特に、エゴン・シーレの絵画は、学生時代に、池袋・西武美術館の美術展で初めて見たことを懐かしく思い出した。さて、本書の終戦前後という時代設定だが、出てくる登場人物は至って現代的な感じだ。それならば何故終戦直後という時代設定なのか、という疑問が沸いて来るが、それも最後の謎解きのなかで明らかになる。要するに、戦争の混乱期で、「空襲で犠牲になった被害者の死亡原因はいちいち調べない」という設定が必要だったからだ。これは、ミステリーとしての基本的お約束違反だろう。(「倒立する塔の殺人」皆川博子、理論社)
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