書評、その他
Future Watch 書評、その他
いつまでもショパン 中山七里
著者の岬洋介シリーズの第4弾。著者の作品はいずれも少し変った作風のミステリーで印象に残っており、本書もかなり期待して読んだ。今回の舞台は、ポーランドのショパン・コンクール。これまで以上に「音楽」という要素が前面にでた内容で、かなりの部分が、コンクールで披露される登場人物のショパンの楽曲の演奏に関する記述で占められている。ショパンの何の何番と言われてもほとんどピンとこない読者にはややつらいが、その内容が微妙にミステリーの謎を解く鍵になっているのではないかということでしっかり読まざるを得ない。そうしているうちにコンサートでそれらを聞いているかのような真剣さでその記述を追ってしまうという仕掛けだ。ミステリーの部分もなかなか楽しめて、当初の期待を裏切らない1冊だった。(「いつまでもショパン」 中山七里、宝島社文庫)
旧約聖書の謎 長谷川修一
旧約聖書の色々なエピソードを取り上げて、それらが史実性を持っているかどうかを考古学的な見地から検証していく。明らかに現実にはありえないだろうという話もその話のエッセンスの中に現実と適合する部分を見つけ出していく語り口は、歴史というものにどうやって向き合えば良いのか、聖書を読む時にどういう想像力を働かせれば良いのかを示してくれる。どんなに荒唐無稽な話にも、それを伝える人の意思があったとする著者の姿勢に深く共感を覚える1冊だ。(「旧約聖書の謎」 長谷川修一、中公新書)
遺体 石井光太
東日本大震災についての本は、もうすでにかなりの数がでているのだろうが、私自身はまだほとんど読んでいない。まだ記憶が生々しいなか、まだ決定的に読むべきと感じる本に出会っていないということもあるし、まだそうした決定本がでているはずがないという思い込みもあるかもしれない。そうしたなかで、本書を読んでみようと思った自分の心境はよく判らないが、まず最初にとりかかるべきなのは事実を知ることではないかという無意識の感覚が、まずはドキュメンタリーから読んでみようという気にさせたのかもしれない。といった理屈を考えながら読んでみたのだが、実際に読んでみると、やはり凄まじい事実の前に、ある意味、何も考えられなくなってしまった。書かれている事実が既知のことをなのか初めて知ったことなのかも考えられないまま、ただページをめくり、大げさに言えば、すべての思考が最後に押し寄せてきたように思われた。(「遺体」 石井光太、新潮文庫)
HHhH プラハ、1942年 ローラン・ビネ
本屋大賞の翻訳部門第一位ということで、どういう内容なのか全く判らないまま入手したせいもあるが、最初のうちは何の話なのか全く判らず困惑した。読み進めていくうちに、ナチのある重要な人物に関する話であること、さらにはその人物がドイツの占領下にあったチェコで残虐な統治をおこなった人物であること、さらにはその人物がナチスの「ユダヤ人絶滅計画」の首謀者であり「金髪の野獣」と恐れられた人物であったことなどが次々と判明していく。ゲーリング、ヒムラー、アイヒマン、ゲッペルス等と並ぶ非常に有名な人物らしいのだが、私は全く知らなかった。本書の内容は、半分を過ぎたあたりから、ある事件を巡る記述になり、俄然面白くなっていく。本書の最大の特徴は、歴史的な記述の合間に、文章を書くにあたって著者が考えたことが、執拗なくらい登場することだ。その執拗さは、本書の本当の主人公は「著者自身」なのではないかと錯覚するくらいで、「本当に書きたかったのは歴史ドキュメントを書くにあたっての葛藤とか表現方法の問題」なのではないか」と思わせる程だ。実際、そうした記述を繰り返し読んでいると、これまで何気なく読んできた「歴史ドキュメント」の「まるで見てきたかのような書きぶり」の裏には、著者の葛藤のようなものが随分あったのだろうなぁという感慨のようなものが湧きあがってくる。本書については、まだまだ書きたいことがいっぱいある。これを実験的な作品というのかどうかは判らないが、これまでにない面白さを実感できた充実の1冊だった。(「HHhH プラハ、1942年」 ローラン・ビネ、東京創元社)
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