玄冬時代

日常の中で思いつくことを気の向くままに書いてみました。

修正史観と釈明史観

2022-07-18 19:30:15 | 歴史

歴史修正主義と云うと、どうしても、日中戦争時の南京虐殺は何十万という犠牲者数の証拠がないから民間人虐殺事件は無かった、従軍慰安婦は軍が無理矢理連れて行ったという証拠がないから従軍という文字を削る、関東大震災時の朝鮮人虐殺は無いから自治体の長として追悼文は送らない、という立場の考え方が一足飛びに思い浮かぶ。

歴史を自虐史観から離れて、新しい教科書を創ろうということも、修正史観の類似というふうに見えてしまう。それを言うと、また攻撃する人たちもいるかもしれないが。それらはひとまず横に置いておいて、―

『ルーズベルトの開戦責任』草思社の文庫版の翻訳者の前書きにでは、― 歴史修正主義史観の本質は、日本やドイツの枢軸国の擁護にあるのではない。ルーズベルトやチャーチルの外交を分析にそこにまちがいがなかったかと疑うことにある。―と翻訳者の渡辺惣樹は云う。

とかくこの圀の翻訳語は難しい。

また「先の大戦で日独の枢軸国がベルサイユ体制を破壊し、世界覇権を求める“極悪”の全体主義国家であり、その野望を叩きのめす外交を進めたルーズベルトやチャーチルが“絶対善”」となり、「ヒトラーや東條英機が“極悪人”となる」というような正統な歴史観にたつ歴史家は、一度不都合な事件や発言に触れると釈明に終始せざる得なくなる、と。こうした歴史観を「釈明史観主義」とフーバーは軽蔑したそうである。

此の圀の翻訳文化という線上での不確かな動揺とか、翻訳された概念の日本語化の難しさを感じないではいられない。

また他方では、「歴史修正主義」というレッテル貼りの戦いにばかりに躍起になって、実際は何が歴史の真実かの議論が広く行われていないことを憂う。

伊勢佐木町の古い映画館が潰れた…。コロナではないとのこと。

(「ニュー・テアトル」2018・6・1閉館)

 

 

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思い返せば、…

2022-07-18 13:16:02 | 時事

21世紀になって、既にマスコミは、メディアは変貌していたのだ。

節目としては1999年の朝日新聞の経済部出身の社長の「普通の会社になろう!」を筆頭に、それぞれメディアは事業の多角化をすすめ、2000年代半ばには、新聞・テレビは持ち株会社を設立しはじめた。

そのあたりから、この國のマスコミ、メディアは信用に値しなくなったのではないか。

今回の事件でも、一番恥ずかしいのは、諸外国では「統一教会系の-」と言っているのに、この國だけは、特定の「宗教団体」と具体の名称を避けていた。

犯人の目的は「政治信条ではない、その宗教団体と安倍首相と関係があると“思い込み”があった」と伝えた。「思った」なら事実関係だろう。「思い込み」と云ったら、これは他者の判断が入ったと思うのが日本語であろう。読者の日本語力をバカにしている証左だ。

こうした「言い回し」は、警察情報なのか、新聞各社の申合せなのか、どちらかなのか分からないが、読者の日本語能力を試すようなメディアの態度は如何だろうか。

そんな程度の報道の何処に真実が、いや事実があるか、逆に聞きたいものです。

ましてや、それで商品として売ろう、且つ消費税も軽減措置を受けようと、そんな甘ったるい企業体質で今後どう生き残っていくのだろうか。

かつて、日本が敗戦したときに、鈴木貫太郎首相に『ポツダム宣言、黙殺!』と言わせたのは、あの当時の新聞社だったのではないか、と私は疑っている。

そのために広島・長崎の何十万人もの原爆犠牲者が生まれた責任の一端を感じた記者は、一体何人いたのだろうか?敗戦後、朝日を辞めて「たいまつ」を創刊したむのたけじ一人なのだろうか?

「暴力が民主主義を侵してならない」と云うマスコミ自体が、実は「言葉という暴力」を持っていることを忘れないで欲しい。

鎌田慧『反骨のジャーナリスト』岩波書店より

 

 

 

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