公共の場に行くと、よく福祉施設の手作りパンが売られている。少々値段が高いが、質がよかったり、味がやさしいので買うことがある。最近感じるのだが、そういう大方の好評価があたらない場合もある。
時には、まずい、くどい、油が悪い、だからか、売れ残っている場合もある。善意と引き換えにしても、どうしても買えない程まずいパンもある。
最近の施設指導者の方向性が一般社会のように利益第一主義に走っているのではないか、と感じてしまうのだ。
そうでなければ良いのだが、・・・。
公共の場に行くと、よく福祉施設の手作りパンが売られている。少々値段が高いが、質がよかったり、味がやさしいので買うことがある。最近感じるのだが、そういう大方の好評価があたらない場合もある。
時には、まずい、くどい、油が悪い、だからか、売れ残っている場合もある。善意と引き換えにしても、どうしても買えない程まずいパンもある。
最近の施設指導者の方向性が一般社会のように利益第一主義に走っているのではないか、と感じてしまうのだ。
そうでなければ良いのだが、・・・。
この国は国会や官邸や官僚ばかりでなく、社会の端や隅に居る弱くてやさしい者たちの世界にまで、嘘がまかり通るようになってきたでしょうか。
そこどけ、そこどけ、お嘘様が通るぞ。
近頃は、新幹線の台座の問題、自動車会社の検査体制、オレオレ詐欺、等々。子供の言葉で言えば、みんな一括りで“嘘つき”ということだね。
この国には、最近“おてんとうさまが見ている”という神様がどこかに行ってしまわれた。もう帰って来ないのかも。
東海道 見附宿(磐田)~浜松宿の或る寺にて
かつて岩崎宏美や森昌子が歌が上手かったが、近ごろは往年の声量がなくなってきた。
いつのまにかTVから姿が消えた小柳ゆきにそろそろ免罪符が出て、再評価があっても良いのではないかと思う。
日本の芸能界は再出発が難しい世界のようですが。
何となく踏ん切りがつかなったが、思い切って、豪雨の中を行って来ました。まあ、静かな納税風景でした。
納税をもって議会開設の根拠として、板垣退助らの自由民権運動は始まったという。「租税をはらう義務ある者は、乃ち、政府の事をあずかり知り、可否する権理を有する」と明治7年1月に建白書に書かれた。
その権理という言葉は、明治6年11月の『学問のすゝめ』第二編の中でrightを初めて翻訳したホヤホヤの近代の言葉だった。
今の状況は、大した人物でもない宰相が独裁者のようにあざとい佞臣を使って、税金や国家財産を自分の周辺にバラ撒いているのに、黙って年貢を納める江戸時代の身分制社会に逆戻りのよう。
NY・アメリカ
グランド・ゼロ
ー2枚の写真は世界一周中の女性獣医師のブログ『animal traveler』より転載。ー
先日の定期検査で大学病院に行った。3か月に一回行かなければならない。病院の待合室とは“宣告待つ場所”でもある。
何もなければ、診察はものの5分で終わる。待合室を白衣を着た三人の医学生が談笑しながら通り過ぎた。
若い背中を見て、ふと思った。「医者という職業は、神のような救済者になることも、過失の殺人者になることもある」
彼らの明るい姿に、そうした職業に成るという自覚はまだ感じられなかったが。