久しぶりにいい時代劇を見ました。
遺恨あり
慶応4年、秋月藩の執政、臼井亘理夫妻が同藩の過激派「干城隊」の
一之瀬と萩谷に殺された。
この事件を仕組んだのは国家老の吉田で、ゆえにあだ討ちもさせず、事は
うやむやに。
臼井家の長子、六郎はあだ討ちを遂げようとするが、明治になり
「あだ討ち禁止令」が出る。
六郎は山岡鉄太郎に弟子入りし、剣術を学び密かに下女のなかを使って
一ノ瀬の動向をさぐり、ついに明治13年にあだ討ちを果たす。
果たしてこの事件は「あだ討ち」なのか「殺人」なのか。近代日本の価値観
を巡っての攻防が・・・・
もう最初の両親の殺され方からして惨くて。これであだ討ちを許さず、
殺した方が一切のお咎めをうけなかったというのが理不尽すぎると
思いました ただ一人現場を見ていた下女のなか。非常に気丈な女の子
だったんですね。
さらに切られた首が屋敷に投げ入れられるに至っては・・・・・
六郎が「あだ討ち」を決意してもおかしくないと思いました。
日頃は温厚で新しい時代に順応しているような山岡さんも、西郷さんの死を
聞いて、六郎のあだ討ちに協力する事にする。
「武士の時代は終わったし、価値観が変わった事も受け入れる。けれどどこかで
捨てきれないものがあるんだ」という心情が本当によくわかりました。
一口に「時代が変わったんです」
「その考え方はもう古いんです」と言われても、そう簡単に人の心は切り替えられ
る筈がありません。
特に武士階級の場合、象徴であったちょんまげを切られ、刀を取り上げられ、
失業してしまうケースが多くて・・・そんな時代の中で秋月の乱やら西南戦争が
起きたのですから。
延々と守り続けて来た「日本人」の価値観とか、誇りとか・・・そういうものを
西洋に追いつくためにあっさりと捨ててしまうというのは、納得できる話では
ないでしょう
六郎の場合、父母が殺された時に一ノ瀬と萩谷がきちんと裁かれていたら
「復讐」に半生を傾けるなどという事はなかったと思います。
そういう意味では六郎は殺人鬼ではないし、理不尽な恨みを抱いているわけ
ではない。
現代なら告訴して裁判で戦って・・・という方法を取るのでしょうが、当時は裁判
制度も出来たばかり。裁く法の整備は進んでも裁かれる法の権利などは
ないがしろにされていたんでしょうね
判事の中江は土佐の郷士出身。いわゆる龍馬と同じで武士とはいっても
武士ではない。武士である事の恩恵を受けずに来た人です。
そういう人にとって近代日本の「法治国家制度」というのは、理想的であり
自らの存在意義を確かめるのに必要なものであったと思います
彼から見たら、戊辰戦争の全てが「無意味な死の強要」であり、「殺人」だった。
「極めて残忍で計画的な第一級の殺人により死罪に相当する」
という非常に現代的な感覚の言葉に思わず納得してしまったんですね
わずか数年前までは「目には目を」じゃないけど、「敵」を討つ事は公に認め
られてきた制度であり、殺人だけど「意義」があったでしょう?
一ノ瀬の息子が「忠臣蔵」に夢中になって
「これお本当の武士です」と胸を張り、父は
「その向こうにあるのはなんだ?」と問いかえす。
「名誉です」という言葉に父・一ノ瀬はそれでも「殺人を犯す事は許されないので
かりに遺恨が残ってもあだ討ちなどは考えるな」と息子を諭すのですが、
一ノ瀬の考えは、干城隊として臼井亘理を討った事の正当性も否定しています。
否定しているから常に悩んでうなされたんでしょうね・・・・・
見事に仇を討ったと世間は騒ぎ、「元武士と近代国家の戦い」の象徴に
なってしまった六郎ですが、中江のどこまでも「あだ討ちではない。殺人」という
意見にも反論もせず、粛々と裁判を受け入れる事しか出来ず。
っていうか六郎も殺人にあだ討ちをしても、何も残らない事をしっていたのですね。
両親が生き返るわけではないし、一ノ瀬の息子から今度はあだ討ちをされるかも
しれず・・・そういう殺人の連鎖もはらんでいる状況で、それでも拘らなければ
生きてゆけなかったのは一重に「武士の意地」「武士の残骸」を抱えていたから。
・・・・かなあ
萩谷の自殺をしって、川で自刃しようとするけど結局は刀を捨てて
泣き崩れる六郎・・・あの涙は何だったんだろう
「自分がやってきた事は全て無意味だった」の涙なのか、
「自分が苦しんだように実は相手も苦しんでいた・・その事がすでにあだ討ち
であったのかもしれない。自分は捕らわれすぎていた」の涙だったのか。
藤原竜也君、本当に上手になりましたねーーーこれ、代表作でいいかも。
「新撰組」に出てた頃は時代劇に似合わないと思っていたけど、所作事がきっちり
していたし、言葉遣いもOK。
というか、脚本がよかったからなのか演出家がきっちりしていたのか、当時の
人達の立ち居振る舞いが見事に再現されていた事がドラマにリアリティを
与えていたのかもしれません。
松下奈緒という人はつくづく、こういう「方言」と「縁の下の力持ち」が似合う
タイプの女優さん。
戸田菜穂はしっとりとしたお武家様の奥様が本当によく似合って
息子を心配して人力車に乗る場面や、ラスト、大きくなった息子が出てきて
夫を殺した人とは告げない毅然とした態度に感服。
無論、北大路欣也も小沢征悦も非常に見ごたえがありました
北大路さんは出てくるだけで安心感があって・・・中江さん守ってもらって
よかったねーーー
その中江役の吉岡秀隆もまた、近代日本の若者を象徴するかのような演技で
一番共感を受けたかもしれません。判決の時、「士族により」の一文を入れたのは
温情というより敬意だろうなと思い。
今回は子役の面々も演技が上手で顔が綺麗な子を使ってくれてありがとう。