♪ 来て来て来てーーサンタモニカーー ♪
舞台を見ながらこんな風に歌っていたのは私だけ?
でもなぜかヨーロッパ風だったのよねーー
愛のプレリュード
脚本について
この作品は鈴木圭の大劇場デビュー作品。
デビューでさよなら公演というのは色々大変かなと思い、または色々縛りが
あるからこそ作りやすいのかなとも思い
でも出来はというと 一連の児玉明子作品よりはマシ程度?
「逆転裁判」の時も思ったけど、鈴木圭と言う人はストーリーを書く力がないっ
舞台 → カリフォルニアのサンタモニカ
時代 → 世界恐慌後、禁酒法廃止直前
人物関係 → フレディ・クラーク・・・元警察官で銃弾を受けて現在頭の中に銃弾が
残っている。ボディガード。サンタモニカは故郷。
ジョセフ・・・フレディの元同僚。現在は悪徳不動産屋でブローカー
キャシー・・・フレディがボディガードをすることになったお嬢さん。
思わぬ再会をしたフレディとジョセフはお互いに牽制しつつ心の底では友情を
感じている。ジョセフはナチスに利用されてキャシーの父親が開発した特許を
奪うハメに。でもすんでの所で改心・・しかしナチスに殺される。
フレディは頭の銃弾が病気をひきおこす可能性の為、キャシーに打ち明けられず。
キャシーは我がままなお嬢さんでフレディに恋をする。
お約束どおり、カップルの喧嘩あり恋あり、友人の死あり、キザな台詞あり、
出だしは正塚風、あとは植田風を取り入れた柴田風といった感じの、
(多分本人的には)甘いストーリー・・・・だったと思います
でも、簡単なストーリーを複雑にしすぎたし、ラストはBL大野作品みたいに
フレディとジョセフの関係性ばかりが強調されてちょっと怖いっ
なぜ世界恐慌時代なのか、なぜサンタモニカなのか、なぜフレディは生きているのか
・・・そういう動機づけっていうのかな、必然性があまり感じられず
特にキャシーがひどく「お金」を敵対視するのには反感を感じたというか、
「その金で育ってるのに何を生意気な」と怒りたくなりましたし、そんなにお金があるなら
孤児院で遊ぶだけじゃなくお金を出せよ・・・と
フレディがやたらキャシーを「子供」扱いするのもしつこいなと思ったし。
で、ラスト、ジョセフの死を嘆き死んだジョセフとのデュエットダンスには目が点
スーツ姿の二人が抱きあっても絵にならないっていうか・・水&彩吹ならともかく
真飛&壮じゃ気持ち悪い
どちらにせよ、宝塚は少し脚本をきちんとつくる癖をつけましょう。
鈴木圭君は最初から無理難題をやろうとせず、素直なラブストーリーを作りなさい。
演出が素人っぽい
出だしはまあいいかなーーと思ったんですが、中盤、キャシーが孤児院に行った
あたりから急に間合いが悪くなって登場人物は突っ立ったまま、意味なく喋っている
ような印象を受けました
特にふれでぃとキャシーの二人きりのシーンは長すぎでだらだらしすぎ。
さらに病院のシーンも不要、駆けつけたジョセフやスティーブが手持ち無沙汰に
見えました
後半に行けば行くほど、へんてこな「間」が増えて「さっさと行けよ」と怒鳴りたくなる程。
フレディ&ジョセフの回想銃撃戦ダンスやナチスに殺されるまでのダンスは
安易にそうしましたっ という感じで頂けない
何でも踊ればすむって話じゃないのよーーー
無論、大劇場作品にしては舞台を使い切ってないし、場面転換も無駄に多い。
かっこよく見せるため?フレディがキャシーに「俺はボディガードだ」とかいうのも
キザすぎてひいちゃった・・・・・・
あそこであんな風に言わせなくても 恥かしい。
真飛・蘭乃・壮以外はあまりしどころのない役というのも悲しい事で。
特に桜一花におばあちゃん役をやらせなくてもっ
せっかく正塚風台詞劇っぽいシーンもあるのに木村信司風、名前連呼の変な
歌を歌わせたり 参考にするなら優秀な先輩を見習いましょう(誰?)
結果的にあまりにも大きすぎたジョセフの死の前には、フレディが頭に爆弾を
抱えている事も、孤児院にいるのが記憶をなくした母であり、そこに支援している
事も、キャシーを愛した事も、なーーんも意味がなかったような気がします
(だったら最初からフレディとジョセフの愛を描きなさいよ・・・嫌だあ)