夢見るババアの雑談室

たまに読んだ本や観た映画やドラマの感想も入ります
ほぼ身辺雑記です

「桜風」

2021-03-18 21:05:38 | 自作の小説

桜色の風が吹いた その時何故かそう思った

じきに駅のホームに電車が入って来る

電車を待っていた女性は 体の向きを変える時 肘を折り曲げそっと手の甲で反対側の頬に触れた

長い髪が揺れる 弧を描く

黒いベストに合わせた薄桃色の長袖のシャツ

ブラウスというのか どっちだろう

 

その仕草に見覚えがあるような気がした

 

同じ仕草をしていたのは 誰だっただろう

 

体の向きを変える前の器用な癖

ちょっと物想うように一瞬 頬に当てられる手の甲

後は振り向かない

 

思い出せず 時ばかりが過ぎていく

 

奇妙な春の記憶

クリーム色と黒の古い電車

窓を開ければ 桜の花びらが流れて入ってくる

線路の片側 海の見える側に桜並木が続いている

そっからトンネルに入り 地上を走っていた電車は地下鉄へと変わるのだ

 

あの女性はどういう顔をしていたのか

学生だったわたしは いまや歩くのに杖が必要な身

同じ人間ではないだろう

 

春だった

追いかけて同じ電車に乗りたい

そう思った

何処の誰とも知らぬのに

一瞬のあの仕草にひきつけられたのだ

 

人の記憶というのは 不思議なものだ

今の今迄 すっかり忘れていたのに

 

それでも あれは誰だったのだろう

長袖の袖口から覗く細い手首

 

一瞬の春を その仕草が 呼んだような気がした

 

 

 

あれは誰だったのだろう


「藍の衣」ー4-

2021-02-26 19:33:03 | 自作の小説

ーやっと見つけた もう逃がさないー上目づかいで下からねめあげるように見る男は高笑いをした

 

 

 

 

ー4-

 

「美女集め?そりゃあ大変な仕事を仰せつかったものね」

かけてきた電話の向こうで あきら子の幼馴染の日向竜子(ひゅうが りゅうこ)は笑い転げていた

「ま・・・いいや そういうことなら面白そうだし会って話そうよ おいで日向軒まで」

日向軒は駅前バス停横にある中華料理屋

中華料理屋なのに一番人気なのがカレーライス

そもそもどうして中華料理屋でカレーライスなのか ここもぶっ飛んだ感性の血筋なのか

駅前商店街の謎の一つだ

あきら子が日向軒に着くと まだ笑ってる竜子が「おじいちゃん あきら子に美味しいの作って」

調理場に声をかけた

 

裏メニュー 小龍包・酢豚・焼売 小丼に雲呑麺・ミニ炒飯の芙蓉杯のせ・・・・あきら子の好きなモノを知っている竜子の祖父が

特別美味しく作ってくれる

竜子の祖父は 何かとあきら子を可愛がってくれた月静のおじいちゃんと友人だった

 

「商店街の盛り上げねえ・・・いっそこんなイケメンがいますーってサイトに出すとか

ほらね性格はともかく見た目がいいのがそこそこいるから」

「見た目だけならね」あきら子は溜息ばっか

 

「貴人流離譚ってあるじゃない 神社かお寺で調べたら どっか偉い人で流されたとか 押し込められたとか

そういうのも一人くらいは見つかるかも

〇〇伝説作れるかもよ」

 

「〇〇伝説って殺人事件ってつけたくなるからイヤだ」

 

「注文のうるさいコね相変わらず 多少はヤマっ気も出さなきゃ」

出来上がった料理を受け取りに階段を降りながら竜子が笑う

すっきり色白 竜子も黙っていれば楚々たる美人

日向軒は勿論美味しいのだけれど 竜子目当ての客も多い

「竜子もミスコン出てくれればいいのに」

「あきら子が出るならね 考えてあげてもいいわ」

あきら子の表情が強張る

「髪を短くして着る服を男っぽく変えてもね あきら子はあきら子なの

負けないで」

 

竜子が励まそうとしてくれていることは 良く分かっている

けれど あきら子はまだ吹っ切れない

恐怖は消えていない

仕事から帰ったら部屋に男がいた

後ろ手で打った110番

男の声を聞いてー気をきかせてくれた電話の向こうの人間が至急パトカーを回してくれた

それで 男がこれまでも部屋に侵入し その画像など男のパソコンにあったとー

 

知らないうちに住所を探り当てられ 

 

ーもう この街に住んではいられないーあの時思った

もう一人暮らしもできないと

 

だから生まれ育ったここへ逃げ帰ってきたのだ

 

「ありがと竜子 感謝してる」

ぼろぼろで戻ってきたあきら子に同居を言いつけ テキパキ物事を進めてくれた竜子

 

竜子は顔の前で手を振る「よしてよ お互いーじゃない」

竜子もその祖父の竜造も あきら子から家賃も受け取らない

「暇な時に手伝ってくれれば いいから お給金出ないけど」と竜子が言い 

「ケチなこと言うんじゃねえ」と竜造

竜造の妻のアキ子はにこにこと笑っていた

 

だから あきら子は日向軒の三階に住んでいる

廊下を隔てて竜子の部屋

三階には 他に使われてない部屋が幾つか

竜造とアキ子夫婦は二階で暮らす

 

そして竜子は男山にこう言った

「おかしな事したら承知しないからね 大切に働いていただくのよ」

「ご安心を この男山にお任せあれ!」

 

「それが安心できないから 念押ししてるんでしょーが!」

年上の男にも強い竜子だった

 

住む場所も働く所もさっさか決めて

「先のことはゆっくり考えればいいの!

人生は長いんだから

この街はほぼみんな顔馴染み

安心でしょう?

男山氏には仕事中あきら子が一人にならないようにしてくれるように言いつけておいたから」

 

「竜子 強い・・・・」

 

「ふふふ・・・ 下手なことしたら日向軒のカレーライス食べられなくなる

ーそう脅しつけたの

男山氏 ここのカレーライスが大好物なの」

 

そうして・・・・・ちょっと落ち着いてから あきら子は月静のおじいちゃんに会いに行ったのだった

だけどおじちゃんは居なくてー

あの人がいたのだ

 

月静秋夜(つきしず しゅうや)

おじいちゃんの孫

東京の大学から大学院に進み何かの研究をしていた人

 

「そうか 君が祖父を気にかけてくれていた あの女の子か

すれ違いだったな 少し前に祖父は死んだ

君のことを自慢していたよ

よくやっていると褒めてた」

 

学校に通いながら少しモデルの仕事をしていると 月静のおじいちゃんには話してた

月静秋夜は まるでドラマで観る大正時代の書生のような和服の中にシャツ そして袴と ひどく古風な恰好をしていた

あきら子はかなり無遠慮に眺めていたかもしれない

秋夜の方から「この恰好は・・・ちょっとした趣味だ」と言った

秋夜とあきら子が会うのは随分と久しぶり

 

秋夜がこの山荘を離れた時 あきら子は中学生だった

大人になってみれば4歳の年の差は たいした違いはないけれど

子供の頃は とても頭が良いと評判の秋夜は自分とはかけ離れた存在に思えた

 

「大学で研究してるって聞いてました」

「ああ・・あれはやめてね 祖父の病気もあって出戻りさ

山の隠居で 山歩きをしているよ」

 

それ以上 深くは訊けなかった

それでも時々 月静のおじいちゃんの墓参りに行ったついでに寄ったりする

不自由していることはないかと尋ねに

 

でもそれは口実で 亡くなったおじいちゃんの話をしたいのだ

あきら子の両親と秋夜の両親は同じ交通事故で死んだ

秋夜の父が運転していてー

峠のカーブ 誰かの車が四人の乗った車にぶつかり落とした

誰かは分からないままだ

 

身寄りが無かったあきら子の親代わりとなってくれたのが 月静のおじいちゃん

あきら子がこの地を離れないでいいように どうやったのか手を打ってくれた

学校がある平日は 月静のおじいちゃんの親友の日向軒の竜造が引き受け

竜子と学校に通う

休みになれば月静のおじいちゃんの山荘で過ごす

 

ミスコンや商店街盛り上げイベントを話のネタに山荘をあきら子が訪ねると 見知らぬ女性が居た

「あ あの月静さんはー」

その女性の美貌に あきら子は少し焦った

美しい人は多く見てきたつもりであったけれど この女性は格が違う

まるで別世界の住人のような不思議な雰囲気がある

「あなた この雑誌の人?」

眺めていた本をぱらぱらめくり あきら子に問いかけてくる

 

それは 確かにあきら子が載っている雑誌

月静のおじいちゃんは買ってもくれていたのだろうか

「はい ええ 以前ちょっと仕事してて」

 

「では もうやめてしまったのね」

「はい もう出来ません」

 

そんな会話をしているところに秋夜が帰ってきた

「ああ 会ったのか あきら子ちゃん こちらは銀 季夜(しろがね きよ)さん

遠縁でね 静養に来てる

季夜さん 死んだ祖父が可愛がっていたあきら子ちゃん

男の一人暮らしを案じてくれている

必要な買い物があれば頼むといい」

 

「そうか 着替えを頼めるかな 

ここにあった着物を使わせてもらっているのだが 動きやすいいま風の

そうこの本にあるような

そんなものも着てみたいと思っている」

 

「ここは片田舎だから そうそう洒落たものはありませんが

どういうのが良いか その本から選んでくれませんか」

 

あきら子が言えば 季夜は長椅子に一緒に座って 自分にも似合いそうなものをみてくれと言った

 

買う品が大体決まったあたりで あきら子は寂れた商店街に人を呼ぶイベント話し合いについて二人に教える

 

季夜さんが出れば優勝間違いなしだけれど 他の参加者から恨まれそう

美しい 恐ろしいほどに

 

なのに気さくなー

 

不思議な女性(ひと)

そう あきら子は思ったものだ

 

 

 

 

 

 

 

 


「藍の衣」ー3-

2021-02-26 09:56:14 | 自作の小説

 

其処にいるのは魔性の者

異界の住人 此の世ならざる者

普通の人にはかなわぬ魅力持つ

あたしは無様に繰り返す

ー連れていかないで あの人を連れていかないでー

 

けれど その魔はあの人と余りにも似合いの好一対

あたしは勝てない 勝てない

[あきら子)

 

ー3-

シャッターを下ろす店が増えさびれる一方の商店街がある

1時間に1本しか停まる電車ない駅ではあったけれど 一応駅前商店街

賑わった時代もあったのだ

常盤森(ときわのもり)商店街

まっすぐ歩いていけばーときわ神社

ときわ駅近くの駅前商店街

ときわ神社はかつては他の名前だったが 当時の神主が余程ミーハーな性格であったのか 常盤御前のファンで神社の名前を変えてしまった

オタクの元祖のような人間だったーと感慨深くその子孫の当代の神主は語る

近隣の者は「血は争えぬ」と当代の神主について言う

その神主の息子は名を都々崎義経(つつざき よしつね) 身長176cm 血液型A型 細面で少し神経質そうなイケメンだ

 

この義経の同級生で便利屋を営むのが 男山一郎(おとこやま いちろう) 身長187cm 血液型O型

口癖が「この男山にお任せあれ」

友人たちからの評価「いつも任せて 安心でない」

 

この二人の学友で下着・小物を扱う柳原商店の息子でデパートの出店にいることが多いのが柳原錬(やなぎはら れん)

身長185cm 血液型B型

父親の二郎が作家の柴田錬三郎のファンで一字とって「錬」と名付けたそうだ

母親の名前は良子(よしこ)

 

ときわ駅にはデパートはない

デパートはときわ駅への支線が出ている少し大きな駅の傍にある

 

このさびれる一方の商店街の将来を案じた人々が どうにかすんべ

いややらなきゃなんべえーと集まって 話題を呼び俺達の力でどうにかするんだ!と気勢をあげたが

そうそう良い案も涌くでなし

 

取り敢えずミスコン ミス・コンテストはどうだろうとーーーーーー

当世 出場者がいないと話にならないと 出場者集めから始めることになる

 

ド田舎のささやかな商店街のミスコン

出たがる人間はそうそういない

 

話し合いは ひど~~~くのどかに進んだ

「出場者が せめて10人はおらんと話にならんやろ」

「水着審査などは いかんぞ」

「アイデアもない能無しに限って どんな案にも反対したがる」

「なんならイケメンコンテストにしてもいいが 盛り上がるとは思えん」

「男子校なら女装コンテストやってるが」

 

「とんでもないのが出てきたら お客様に目の迷惑だろうが」

 

住人達も自由だ

ゆる~~~く生きている

どうにかしなきゃーという思いは皆持ってるのだが

 

集まりのお茶出しをしていた百合野あきら子 愛称あきらはーやってられないーと思った

身長170cm 彼女は便利屋「男山」の従業員

理由あって かっては長かった髪をばっさり切って短くしパーマをかけた

 

あきら子の同級生で化粧品店の娘の木原圭子(きはら けいこ)は身長もあきらと同じ

母親からミスコンに出て優勝するように厳命されている

 

彼女達より2学年下で喫茶店の看板娘の香平(かひら)さやか身長165cmもミスコンに出場予定

こちらは常連客からの推薦だ

「やっぱ さやかちゃん出なきゃダメっしょ」

 

パン屋の娘 身長162cm 玉矢緑(たまや みどり)

 

市長の娘 身長165cmの安南(あんなん)みちる

華やか美女だが性格に難あり

「こんなド田舎のミスコンなんて出るだけ恥だわ 優勝以外だったら承知しないから」

 

このみちるとは犬猿の仲の西岡勝美(にしおか かつみ)

身長163cmでお好み焼屋の娘

「化粧ばけ女に負けやしないわ」

 

酒屋の娘で多鶴摩千子(たづる まちこ) 身長168cmで 大人しいが芯はしっかりしている

 

半ば駆り集めのように強引に出場を決められてしまった娘達だが

まだまだ数が足りない

あきら子は雇主の男山一郎から 便利屋の仕事で顔も広いはずだから ときわ駅近隣の住人だけでなく その孫やらひ孫とかまでも そこそこ美人を見つけてこいと指示された

 

ーそもそも そこそこ美人ってなんなんだ

評価基準がわからない

 

草むしり 電球替え 病院までの送り迎え 買物代行・・・・・

そこそこに仕事はある

そのうえミスコンの出場者探しですかー

 

あきら子は溜息をつく

 

生まれ育った常盤森商店街

のどかな田んぼひろがる景色

春にはれんげ草やらしろつめ草で覆われ おたまじゃくしを追い

秋には山の麓で柿の実が色づく

電車の窓をあければ藁の匂い

 

あきら子はこの街が嫌いではなかった

だから戻ってきたのだ

この街に育てられたと思っているから

その故郷の役に立つのなら何かしたいとは思っている

だが しかし

ーミスコンだけじゃあ どうにもならないよねえ・・・・・ー

 

 

 

 

 


「カタカタカタ・・・」

2021-01-28 21:29:52 | 自作の小説

昼間は快晴だったのに夕方から風が強くなり酷く寒くなった

机に向かっていると何処からかカタカタカタカタ…音がする

見渡してみる

何処からの音だろう

近くからの気もする

 

カタカタカタカタ・・・

音は止まない

 

音を聞きながら・・・周囲を見廻していたら

肩が凝った・・・・・

 

ああ 音の原因だっけ

僕の貧乏ゆすり

自分の癖はすぐに忘れる

 

 

 

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ごめんなさい


「うたかた」

2021-01-06 21:00:28 | 自作の小説

川風が気持ち良い

そうだ 川だ そこにある

 

時々逆方向から来る人と行き会う

 

散歩しているのだ わたしは

 

こんな川があったのか

 

石ころだらけの河原で 誰か煮炊きをしている

いいのだろうか そういうことをしても

 

気になって近づいていった

 

白髪の老婆 一重の着物 そう寝間着のような浴衣のような

そんなものを着ている

寒くないのだろうか

火の傍だから暖かいのか

 

どうにも妙な感じだ

 

鍋は煮たたっている 泡が幾つもぼこぼこと

 

溢れはしまいか心配になるほどに

一体 何を煮ているのだろう

 

老婆は時々 鍋をかき混ぜる

棒きれで

 

棒はどす黒く染まっている

しみついているのか

 

ぶくり ぷくり 泡が浮かぶ

鍋の中は泡だらけだ

その泡は・・・なんだ

妙すぎる

 

わたしの目の錯覚か

あれは あれは 

口が見える 鼻が見える

泡が何か叫んでいる

熱いのか 苦しいのか

泡の中にある顔は歪んでいる

 

一体

 

老婆は わたしを振り返り 笑う

手ぬぐいを頭にかけているので 皺だらけの口元が見えるばかりなのだが

 

「これはな 魂じゃ」

 

魂?!

「浮かんだり 沈んだり 人の世もそんなものじゃろうて」

老婆が煮ているのは 人間の魂だというのか

だから顔があると

 

何故 魂を煮なくてはならない

 

「選別じゃ」

 

?!どういうことだ

 

「あぶくとなって消える魂もあれば ほれ あのようにふわふわと鍋を離れ 天に向かうものもある」

 

天へー ここは ここは ただの川ではないのか

わたしは ただ散歩をしていただけなのだ

「鍋の底に貼り付いて いつか見えなくなったりな」

 

老婆は わたしに向かって言った

「お前もお入り・・・・・」

 

儚い泡沫になっておしまいー

そう誘うのだ

 

ふらふらと わたしは鍋に吸い込まれる

 

 

 

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ごめんなさい

 


「あけぬるを・・・」-4-

2020-11-30 20:38:49 | 自作の小説

ーそしてー

 

追われて逃げて来た人間は 耳に響く声を心地よいものとして聞いていた

まだ夢心地

現とも夢ともつかぬ起き抜けのぼけっとした頭

だんだん外気の薄ら寒さが身に沁みてくる

この声は何処から聞こえてくるのか 目覚めて来ると不思議に思う

声は聞こえる

誰かいるのか

自分の頭がおかしくなったのか

 

目を閉じれば声の主の姿が浮かぶ

「かような話は いかがでございましょう」

目蓋の裏で微笑む美しい女性

 

これは矢張り夢なのだろうかーと目を閉じて男は思う

 

目蓋の裏の女性は言う

「早くお離れなさいませ 此の地は迷子の悪霊彷徨う地にございますれば」

 

男は聞き返す

迷子の?

 

「聞えませぬか あの声が・・・」

 

ー殺める気はなかった なかった 娘を取り戻したかったのじゃ

我が娘 ただ一人の子

 

なのに それが

あの娘を死なせた

にくい にくい ー

 

 

「ただ誰かを呪う為に ああしてずっと漂っているのです」

 

男は気になった

水瀬と千之助はどうなったのか

 

「阿保な妹は尼になった 千之助も出家 此の私の菩提を弔うのだと・・・

成仏できるようになどと・・・」

 

男は 目蓋の裏に姿見せる女性が綾姫なのだと知る

 

血と炎と朱(あけ)に染まった呪われた地

長い事 荒れ果てたまま

 

うすら寒く笑う美女

 

悪霊出る呪われた地

ならば 本当に出るのなら それで一発逆転の金儲けをしよう

逃げてきた男は そう考える

 

 

「好きにすると良い」

亡霊の美女は姿を消した

 

綾姫はすっかり呆れていた

人間というモノに

いつまでも悪霊でいる母も情けないが

どうにか もう死んでいることを悪霊となった母親に知らせようとしたが

 

伊尾子には 綾姫が見えないらしかった

幾百年経とうとも

 

せめてこの地に迷い込んだ人間を悪霊から守ろうとしてきたがー

 

件の男は いわくつきの土地なら安かろうと買い叩き

おかしな建物を建てようとしている

 

 

男の物欲が勝つか 悪霊の伊尾子が勝つのか

 

ーお姉様 もうよろしいでしょう 一緒にまいりましょうー

細い声

ー姫君様 どうかご一緒にー

 

水瀬も千之助も付き合いよく綾姫が別の世界に行くのを待ち続けていた

 

「そう・・・ですね まだ僅かでも魂の破片(かけら)のあるうちに」

 

三筋の光が空にのぼっていく

 

 


「あけぬるを・・・」-3-

2020-11-30 09:47:24 | 自作の小説

―過去の物語ー

 

水瀬は綾姫がおかしくなったという風聞に心を痛めていた

幼い頃よりずうっと庇ってきてくれたと思える優しい女性

大切な姉妹

誰よりも聡明で

「おかしくなった」などとは

綾姫が嫁ぎ そこに自分が必要とされるのならば 喜んでついていこう

一緒にいよう

許される限りずっと

綾姫の傍らにいるのは水瀬の喜びでもあった

 

上津柳(かみつやなぎ)の家の者は 綾姫と同じ顔の水瀬を奇異の目で見た

ただ水瀬の存在を知る者は限られた人間のみではあったが

 

 

水瀬は表向きは綾姫ー綾として嫁したのだ

 

事情を知るのは上津柳の当主夫妻 千之助

重要な使用人のみ

 

綾姫は別に建てられた離れ 出入口には鉄格子のはまった場所へ幽閉されている

 

塀で仕切られた 囲われた庭には座敷から自由に降りることができた

 

水瀬は綾として この離れに綾姫の世話もしにいく

怪しまれない程度に上津柳の屋敷にも姿を見せるのだった

 

嫁でありながら嫁でない水瀬

その実 藩主の姫という身分も持つ

 

真の妻にはできない娘 水瀬

千之助も他人として遇するほかはなく

千之助の両親もそこは同じ

親しくはできないが 千之助の父親は優しい人間であった

忠義者ではあるが 出世するなどという野心はなく家族大事に ただ真面目に生きてきた男

水瀬を気の毒にも思っていた

 

伊尾子のことさらな綾姫溺愛

水瀬への遇しぶりも見てきたから

 

正室様は恐ろしいお方だ

何を恨みに思い どう出て来るかわからない

 

千之助の母は 綾姫の為にも水瀬に優しく接してはならないと思い込み 日頃は上津柳の人間としての振舞を厳しく仕込んでいた

 

ところが母を知らずに育った水瀬には 箸のあげおろし 戸の開け閉め 草履の並べ方

その叱りの一つ一つが嬉しいのだった

 

綾姫のところに行くと 教えられたことを

「ご存知でしたか あれはね このように」

などと楽し気に話す

 

厳しくと縛り付けていた心も そうした水瀬に傾く

 

綾姫がいかに上津柳の家に馴染んでいるか披露する集まりが行われることとなった

 

綾姫が大切にされていると人伝に藩主や正室に伝わるようにと

 

千之助の母は水瀬に見立てた着物と帯を差し出す

「その日には これを身に着けるとよい 色の白いあなたには着映えしましょうほどに」

 

綾姫のところに 水瀬は渡された一式持ち見せに行く

綾姫は言った

「少し袖をとおしてみたい 預からせて」

 

「着付けいたしましょうか」

水瀬が言えば

 

「それには及ばぬ」

そう微笑む

 

本来ならばこの着物に身を飾るのは綾姫であるべきなのだ

 

 

水瀬は綾姫の上津柳の妻としての披露が終れば 城に戻る身でもあった

 

水瀬が城へ戻るのを良しとしない人間もいる

 

上津柳の嫁としての綾披露の集まりの日は またとない好機でもあった

手の者を上津柳に行かせる伊尾子

 

「水瀬を殺し 綾姫を連れ戻るのじゃ」

 

ーただ一人の我が子 もう離れては暮らさぬ

奥座敷に隠し匿い暮らすのだー

 

 

狂っているのは伊尾子かもしれぬ

 

かの手の者は かつて十朱(とあけ)を野武士の仕業と見せて惨殺した者

十朱の娘の命も奪わんとする

その者には伊尾子に忠実であることばかりが己の存在価値

善悪など関係ない

 

ー皆殺しにせよ 皆殺しにすれば 面倒なことは何ひとつないー

 

伊尾子は自分の願いばかりが大切

藩も殿もどうだってよいのだ

 

 

上津柳の家の井戸には毒が入れられた

酒樽にも

 

宴のさなか 毒が効いてくる

苦しみ出す人々

酒宴の席は 地獄絵図と化す

 

宴の指図と段取りの相談受けて 広間を離れていた千之助の両親の居る部屋へ血刀提げた覆面の人間が入ってきた

まず妻を庇おうとした無腰の千之助の父親が斬られる

 

そこに入ってきた娘に賊が向かう

その刃から千之助の母が娘を庇い背中を斬られた

一回転 胸元も斬られる

 

「逃げなさい 逃げなさい どうか無事で」

 

茫然とする娘の体を賊の刀が

 

「目が曇ったか 愚か者め」

斬られながらも気丈に言い放つその声

その強い瞳は

 

賊は 己が斬った娘の手首を取り確かめる

 

そこには水瀬と綾姫が違うただ一つの証拠

小さな紅葉の形の痣

 

賊が斬ったのは伊尾子のもとへ連れ帰らねばならぬ綾姫 その人であった

 

「しまった」賊が声を漏らす

 

 

「父上 母上 ご無事ですか」

入ってきたのは千之助と水瀬

 

水瀬と同じ着物と帯の綾姫が朱に染まって倒れている

 

「おのれ!」

千之助は賊に向かう

 

水瀬は綾姫を抱き起す

「しっかりして下さい これは これは どうして」

 

綾姫は微笑む

「あの母のこと ろくなことは企むまいと 

用心に同じ着物を頼んだのです

 

用心が役に立ちました

 

 

私は そう私が謝って許されるものでもないけれど 

水瀬 ごめん ごめんね

あなたの存在は私の慰めでした

 

母親はちがえど あなたは私の大切な姉妹

いっそ本当に同じ母から生まれた身であったならば」

 

斬り合いの末 千之助は両親を殺した賊を討ち果たした

 

「逃げなさい ここに居ては皆殺される

共に行くのです

この地を離れて暮らしなさい!

誰かが・・・生き抜かねば・・・」

 

綾姫が水瀬に言う

 

いやいやと首を振る水瀬に

 

「私達の因果 断ち切るのです 良いですね

命じます」

 

それが綾姫の最期の言葉だった

 


「あけぬるを・・・」 -2-

2020-11-29 20:45:32 | 自作の小説

ー過去の話ー

伊尾子ーお伊尾の方の頭を悩ませる問題は 娘のこと

ひときわ美しい娘であるのに その心は壊れていた

いつからか奇矯な振舞いが目に付き 正気を手放したように見える綾姫

お伊尾の方には夢があったのだ

将軍の正室となるべく育てられー

 

しかし将軍の周囲は伊尾子を選ばなかった

狷介にして能わずーそんな報告がなされていた

 

誇りばかり高い娘の夢は砕けた

しかも嫁がされたのがちっぽけな貧乏藩

そのうえ藩主は他に愛する大事とする女が居た

顔ばかりが伊尾子と生き写し

どういう皮肉か

 

ー其方は抱かれている間も 蔑んでいるのだなー

己を蔑む女を男は愛さぬ

貧乏藩でも藩主

藩主は側室の十朱(とあけ)ばかりを大切にした

 

昏い炎がじわりと伊尾子の中に広がっていく

伊尾子と十朱 二人の女はほぼ同時期に子を孕んだ

 

藩主は伊尾子が産んだのが女でると知るや

「後継ぎにはならぬ」

冷たい言葉を残す

 

数日遅れて女の子を産んだ十朱のことは優しくいたわった

 

赦さぬ! 許さぬ! ゆるさぬ!

藩主を殺すわけにはいかない

尼寺に押し込められるなどまっぴらだ

 

だが 女なら

十朱ならば どうにかして殺す機会はあろう

にんまりと伊尾子はほくそ笑む

 

殺してやる 殺してやるのだ あの女

 

伊尾子には実家から連れてきている手の者があった

十朱が藩主の代理として ある寺へ行くと聞きつける

 

その寺が 十朱が居る時に野武士に襲われー

散々嬲られてー十朱は殺された

 

藩主は怒り 野武士追討を命じた

 

伊尾子は高笑い

殺してやった 殺してやった

 

 

残るは十朱の産んだ娘

 

あの娘も何としても いじめ殺してやりたい

 

三才になっていた娘は綾姫と同じ顔に育っていた

名を水瀬(みなせ)と言う

 

双子のような綾姫と水瀬姫

 

年も同じ子供達は仲が良かった

まだこの年頃の子供達には大人の事情など関係ない

 

それもまた伊尾子には腹立たしい

 

毒菓子を与えようとすれば 綾姫が食べようとする

ことごとく伊尾子の企みを見透かしたかのように

 

そんな まさかーと伊尾子は思う

 

水瀬を殺し損ね続けるうちに綾姫も水瀬も年頃となった

 

我が娘こそ 将軍の正妻にと願う気持もあったのに

かような貧乏藩では候補にも挙がれず

 

いつか綾姫がおかしくなってしまった

 

なんと不憫な あれほど美しく生まれついたものを

このままでは水瀬が婿をとって後を継ぐのか

 

 

そうはさせぬ

そうは

 

わらわが産んだ娘が尼寺送りとなるなどは

せめて誰かに嫁がせるのじゃ

 

 

嫌いな女の娘でも 自分の娘でもあり藩主にもかわいい

 

大名に嫁がせるのは無理筋でも

誰かに引き受けさせることができるのであれば

 

時々 正気に戻ったように見える綾姫は「あの者がいい」と告げ

その者の家には破格の加増があり 新たな屋敷が与えれた

 

 

その者 上津柳(かみつやなぎ)千之助(せんのすけ)

彼は家老の一族の末端の家の者

 

しかし狂乱の姫を衆目集まる婚礼の場には出せぬ

顔が同じ水瀬が その身代わりとして暫く上津柳の家にとどまることとなる

 

その案を不承不承藩主は呑んだ

 

腹違いの姉妹の綾姫の為なればと水瀬も身代わり役を笑顔で

綾姫は出来得る限り自分の傍らを離れぬようにと水瀬に言う

 

 


「あけぬるを・・・」ー1-

2020-11-29 20:16:04 | 自作の小説

{その地でわたしは夢を視⦅み⦆た

追われ追われて隠れた場所で

束の間の眠りーその中で}

 

 

橋を渡ればTの字形となっている さほど広くない道がある

橋を渡り細い道を隔ててある石段

そう寺などにありそうな長い石段 それを登っていけば板塀と門がある

その先は土地の者は行かぬ場所だ

昼でも寒々しい廃墟

しんと冷えて寒くなる場所

 

夜ともなればなおのこと

何が出てくるものやら

 

逃げる者は 知らずにそこへ逃げ込み いっときの休息を得 疲れが出て眠る

そして夢を見る

 

その夢はー

 

黄緑と淡い卵色の市松模様の着物と合わせた帯が仕上がってくる

それは日頃冷たくあたっている女へのモノ

娘は跡継ぎの嫁としてきた者のオマケとしてその家に来た

大奥様からの贈り物に女は戸惑う

別な人物がこれと全く同じ一揃いを秘かに頼んでいた

「では 頼みましたよ」

 

その顔は かの女と同じ

 

この家には同じ顔をした女が二人いる

 

何かで人々が集まる席

賑やかなー

次々と運ばれる料理

だがー

その場は地獄になる

 

人々が苦しんで死に始めたのだ

 

何が起きているのか

突然の侵入者

血刀提げた男は その家の当主夫婦に刃を向け 座敷に入ってきた女に向き直る

女をいじめていたはずの大奥様は 娘を白刃から庇った

 

「逃げなさい 逃げなさい どうか無事で」

 

大奥様は事切れる

娘は逃げようなく斬られ

こんな言葉を残した

「目が曇ったか 愚か者め」

斬った男は はっとする

斬った娘の手首の内側

小さな紅葉のような形の痣

 

「しまった!」

そこへ入ってきた若侍と 今斬られた娘と同じ顔をした女

 

侵入者と斬り合いとなり若侍が勝つ

 

斬られた娘は自分と若侍と同じ顔の女に言う

「逃げなさい ここに居ては皆殺される

共に行くのです

この地を離れて暮らしなさい!

誰かが・・・生き抜かねば・・・」

 

いやいやをする女の頬に斬られた娘の白い指が触れる

「私達の因果 断ち切るのです 良いですね

命じます」

 

苦しい息の下から微笑んだ美しい娘

泣き崩れる娘と同じ顔の女

 

やがて火の手が上がる

屋敷は燃え始めた

炎が満たしていく


「いま この瞬間にー」

2020-11-06 21:01:10 | 自作の小説
「恋がしたい」と彼女が言う

ーああ やっぱり僕じゃ駄目なんだ
これほど長く傍に居ても
そういう対象には見られないのか

溜息つくかわりに偽の笑顔で僕は言う
「すれば いいじゃん」

ひどく冷たい眼で彼女は僕を睨む

「片想いはね 恋とは言わないのよ」

ーでは僕の想いは
君を想うこの気持ちは恋ではないと
そういうことなのか

ならば言ってしまおう
僕は本当はー





ああじれったい 鈍感男
いいえ やっぱり あたしの事なんて なんとも思ってない
ただの付き合いのいい友人
そういうこと

義理チョコのふりはしてたけど ずうっとチョコだってあげたじゃない

また今年も相手が居ない者同士が一緒に過ごすだけのクリスマスになるの

不毛だわ

いい加減 ケリつけようか
望みのない恋なら


だけど会えなくなるのはイヤだわ

でも それよりも 他の女性と恋して

恋してその相手の女性のことを聞かされるのは
それは耐えられない


だからー
言うわ

今日こそ
いまこの瞬間に
勇気をふりしぼって・・・・・・

「ねえ 君 僕はー」

「あのね あたしはー」






向かい合う男女ふたりは同時に口を開き

そして

二人は とても幸せそうな笑顔になった

「藍の衣」ー2-

2020-08-20 20:58:23 | 自作の小説

ー2-

雨が降り続いている 普通の雨音ではなかった
その激しく降る雨の中 酔狂にも秋夜(しゅうや)が傘を手に取ったのは何故か先日見た蛇が気になったからだ
沼を泳ぐ黒い蛇
ただの黒ではなく中央が緑色に輝いている
その色目の美しさと泳ぐ姿の動きに心ひかれるものがあった

ーあの蛇は無事だろうかーと不意に気になったのだ

女嫌いの人間嫌いと噂されるこの男が

沼に行って逢えるものでもないのに

半ば自分を嗤いつつ彼は沼へと向かった

その沼へ向かう道で彼が遭遇したのは 蛇ではなく人間
それも女性だった

地面に座り込んで ただ雨に打たれている

背を覆う長い黒髪も濡れている
着ている着物もぐっしょり濡れて はっきり色が分からない
一体いつから濡れているのか

さすがに放ってはおけないーそう思ったものか

「道に迷ったにしても濡れない場所で雨宿りしたほうがいい」

女は秋夜を見上げて言った
「それすら分からない どうしてここにいるのか 己の名前も思い出せぬ」

まともに顔を上げた女は息をのむほど美しかった

秋夜が言葉を返せずにいると女はこうも言った

「気が付けばここにいた だからこのままいると思い出せやしまいかと こうしている」

女も随分な変わり者のようだった

濡れ続けていては風邪をひくーなどとは思わないのか


「死んだ母は俺が秋の夜に生まれたからと秋の夜と書いてー秋夜(しゅうや)と名付けた
随分能天気な名付け方だ
不便なら名前が思い出せるまで俺が呼び名を考えよう
取り敢えず この雨から避難しないか」

女は答えた「お前は随分と変わっている」

 

それでも女は秋夜についていき

秋夜は記憶を失ったこの女を銀季夜(しろがね きよ)と名付けた

近隣の者には 遠縁の娘として紹介することにする

 

事故で記憶が戻らぬゆえ 空気の綺麗なここで養生すべく預けられたのだと


「藍の衣」ー1-

2020-08-16 17:16:27 | 自作の小説

ー1ー

其の地を守る者は藍色のしるしを持つと言う また選ばれし者にも

遠い昔 好色な権力者がいて その者は目を付けた女は構わずさらい我が物とした
さらわれた女は幽閉された場所で自害

妻をさらわれた男は その死を知ると幼い娘ゆうを連れて人里離れた山奥へ逃げた
男は妻の忘れ形見の娘を可愛がったがー暮らしの為に猟をしたり畑もしなくてはならず

ゆうは寂しさのあまり近くの沼のほとりで よく泣いていた

その泣き声は沼の底に通じる異界にも聞こえたのだ

くすんくすん おかあさま くすんくすん

家で泣いたら父親が辛い顔をする
だから おゆうは外で泣くのだ

ひとりで元気に遊んでいるふりをして 帰りには花を摘んで帰り 父親が母の形見の櫛を置く場所に供える

ゆうの泣く声が 言葉が ある者の心を動かした

ーあの者は何をそんなに泣いているのかー

それは ただの気まぐれであったかもしれぬ

寂しいと言うゆうに 其の者は答えた
「我が名は水都(みずと)だ お前には
では我が友となってやろう」

酔狂な水都の振舞を妹は危ぶんだ
「兄者 そう情を移しては 彼らは定命の者  兄者が辛い思いをする時が来る」

妹に彼は言う
「人の世は騒がしい 好かぬ
なれど存外に童(わらべ)は可愛いものよ
妹よ 我は飽きたのだ 
此の終わりなき生に疲れた」


童はじきに美しい娘となる
隠れて暮らす父娘ではあったが

その父が病んで ゆうは助けを求めて人里へ下りた
下りてしまった

親切な人が薬をわけてくれたが ゆうの美しさは人目に付いた


そして美しい娘が 山奥にいるらしいという噂は あの好色な権力者の耳にも届いてしまった

まだ見ぬ娘をとらえようと山狩りが行われた

かつて妻を奪われ 今度は娘が
自分の為に薬を求めて人里におりたばっかりに

娘を庇って戦った父親は斬り殺されて

ゆうは逃げた
幼い頃の恐ろしい思いが蘇る

逃げなくては
鬼に捕まる
母は鬼に殺された


鬼に捕まるくらいなら いっそ いっそ

ゆうは沼に飛び込んだ

沼の水は優しくゆうの体を包む

岸辺では「死体でもよい とらえろ」と無慈悲な声がする


水底では「兄者 掟に逆らうことになる」そう妹が止めていたけれど

「掟が何だ かようなものに縛られて何とする
俺は俺はー」


龍が暴れて沼の水は溢れ ゆうを追った者達を呑みこむ

大きくはねた波は かの権力者の館も呑みこんだ

龍の鋭い爪が権力者の体に食い込む


「ゆう ゆう 俺はお前と生きる」


ー兄者 兄者 たかが人ひとりの為に全てを捨てたー

「済まぬ妹よ あとは全てお前に任せる」


烈しい雷雨は三日三晩続き その後はただ時間が過ぎていった

ただ山奥のその沼を守る者は今もいる

代々のつとめとしてきた家の者が

両親の死後 祖父に育てられた月静(つきしず)秋夜(しゅうや)
大学を卒業し 一度は街で暮らしたが 祖父が病気になり山へ戻った
祖父の死後もそのまま山荘で暮らし続けている
それを寂しいとも思わぬのだから余程の変わり者ではあるのだろう


「よたばなし」-31-

2020-05-22 23:13:42 | 自作の小説
ー夢の残像・1ー


誰を恨むでもないけれど木面(きづら)衣都子(いとこ)は本業(研究職)以外の厄介事を持ち込まれることが増えている

今回は学部長からのお話が回りに回って 巡りに巡ってー転がり落ちてきたのだった
「君はあの振袖の時だって行方不明の学生を見つけてくれたじゃないか」

「あれは たまたまで」

「だから今回もその才能を発揮してほしい 学生が消えるって問題だからね」

日頃は人の好い教授が 「じゃあ任せたよ いやあ これで安心だ 木面君に任せれば間違いない」
にこにこしながら去っていった

どうも周囲から激しく誤解されている気がする衣都子だった
ー何かできるののは こっちじゃないんだけどなー
やっぱ あのコは何か呼ぶのかしらん 事件が絶えない

また夢絡みかあ 心当たりにも声かけてみよう

そしてもちろん あのコー深空野真夜(みそらの しんや)にも命令した
何しろ 学部長やら教授やらからのお話
研究室にいる以上 調査はしなくちゃならない

「こういう話は上品寿(かみしな ひさし)も得意そうだから もう何か聞いているんじゃない
夢の中で黒い女を見ると 消えるって」

「だけど どうして木面先輩にー」

「ほら大野さん見つけたのこっちって事にしたでしょ で こういうのはこっちに言えばどうにかなるって勘違いされってるらしくって」

「先輩らしいな 任された用は片付けるべく動く」

「手も足も出ないけど出来る範囲のことはやろうかと 夢とか化け物関連得意よね 真夜クン
すっごく期待しているから頑張って」

深空野は文句は言わなかった
言っても無駄だと学習しているのだ

そしてここからは想像も合わせた話となる

木面は知り合いの人が見た変わった夢とか 実際にあったらしい変わった話など聞き集め記録している知り合いに会いに行きめぼしい話を幾つか聞き込んだ

どのスジを追うべきかネット上にあらわれる噂なども集めて

もうこの世にいないー最近死んだ女優にまつわる話とか

〇馘首になった付き人の話〇
「夜 うなされての寝言ですが  燃えろ燃えろ 燃えてしまえ  生き残った者の勝ちよ
殺した 殺してやった
それが毎晩で気持ち悪くなって
ある朝 随分うなされておいででしたねー
そう言っただけで ひどく怖ろしい眼で睨まれてクビになりました」


〇あるおばあさんの話〇
「そりゃあ綺麗な人でした 映画界へ誘われて いつデビューかと思っていたら火事で焼け死んだと
おそろしいことです」


そして色々どうやってか調べた真夜のまとめは


大型新人 超絶美人女優  期待の主演

ところが噂の女優はデビューすることなく

制作予定の映画も流れた

消えた女優


対してこれまで幾人も新人女優をつぶしてきた噂ある大物女優


そうして真夜は夢に呼ばれる

彼にはそういう特性があるから


其の女は人を殺した
焼き殺した

若い娘の美しさが自分の脅威になったから

犯罪は発覚しなかった
不幸な事故で片付けられた


誰が其の女の罪を知らずとも 殺した其の女は知っている

知っている


意志の力でねじ伏せても 其の女の心が自身を告発する
夢の中で苛む

自身の罪が女を捕まえる


自分の美にしがみつくしかない女

美など たかが皮一枚のこと
どれほど手をかけようが いずれ褪せる


老醜 

いかな厚化粧も年を隠せはしない


夢に残る怨念が他人の夢へ入り込む

黒い女の夢が他人の夢を取り込む


真夜は彼の夢鬼と共に 夢の中の黒い女と対峙し夢の檻に閉じ込める

未来永劫出られない夢檻に



どう解決したのかーなんて野暮なことは衣都子は尋ねなかった


もう黒い女の問題が これ以上起きないなら
それは解決したということなのだ











「桜女人(さくらにょにん)」

2020-03-31 20:02:40 | 自作の小説
花見るや これも最期と人の云ふ・・・・・

いつの世も争いごとはあり静かに平和に暮らしていた場所も巻き込まれる
自分の治める場所を己の権力が及ぶ地域をもっともっと大きくしたい 広くしたいと思う人間はいる
そうした人間は満足はしない
満足することを知らない

争いの波は戦うことを知らぬ場所にも押し寄せる

従うか従わないか
歯向かうならば皆殺し

我等は戦わぬ民ーなどと言っても通用はしない
火をかけられ蹂躙され灰と死骸しか残らない

それは花の季節
山々に桜咲く 野にもとりどりの花

里を治める長(おさ)の娘は子供達と遊んでいた
名を伽耶(かや)と言う

大軍を率いて攻めてきた首魁が見たのは そういう平和な景色
俺は一番強い男になるーとずうっと戦いに明け暮れてきた男
名を安澄丸(あずみまる)と言う

彼は兵の進軍を停めた

猛き男の心を鎮めたのは たおやかな娘の姿
彼は伽耶をくれるなら この里はそのままにしておこうと申し入れる
聞き入れられなければー征服あるのみ


申し入れを受けないーそんな事はできないーと伽耶には分かっていた

伽耶には姉妹のように仲良く育った友がいた
名を諏依(すえ)と言う
勝気なお転婆
でも伽耶には優しい

そして仲良しの二人は密かに互いが思う相手が同じことも知っていた

馬の世話が得意な優しい青年 波也希(はやき)

伽耶が安澄丸の許へ行くと知り 諏依は問うた
それでいいのかと
好きな相手と逃げればいいのにーとも

「そうしたら この里が燃やされる 皆が殺される
それは駄目です これも長の娘の務め 我が身一つで済むのならたやすいこと」

諏依は納得できなかった
安澄丸が死ねば良い 居なくなれば―
そう思った

安澄丸は里をもっと知りたいと案内を伽耶に頼む
命じるのではなかった

伽耶は嫌がらず里のあちこちを山の端まで案内する
小川の清き流れ 山々がくれる恵みのこと


安澄丸は伽耶の声の響きを愉しんでいた
無骨な男のこれまでになかった穏やかな時間
殺す 支配する 奪う
そればかりだったこれまで

この華奢な娘が・・・その声が・・・

人は落ち着いて暮らすべきだと教えてくれる
桜の花のような娘だ

桜の蕾がほころび咲き開くように微笑む

ー俺が護ってやりたいー

そう思うようになった男は力づくでは事を運べない

それは男が初めて知る恋だった
これが恋とも知らずして

では そろそろ帰りましょうかーと日暮れが近付き伽耶が言う
走りだそうとした安澄丸の体が馬上でぐらりと揺れた
乗っていた鞍が外れたのだ
安澄丸に怪我は無かったがー

鞍には細工がしてあった
不自然な切れ目

誰かが安澄丸が落馬するように仕組んだのだ

それは誰か

疑われたのは馬には詳しいーどんな馬も馴れさせる力持つ波也希
彼は言い訳はしない
この里での馬が起こした咎は わたしが受けるべきのものーと潔い

安澄丸様が寛大なことを良いことに ずにのりおって こうなったら里にも火をかけましょうーと
兵達は騒ぐ

「それをしたのは あたしです 伽耶様を奪われたくありませんでした」
そう言って進み出た娘は自らの胸を刺した
力任せにその刃(やいば)を 己が手で引き抜く
血が迸る

「諏依!」駆け寄り助け起こす伽耶
「なぜ 何故このようなことを」

「ごめんなさい・・・・」
そう言って諏依は息絶えた

命の絶えた亡骸に伽耶は言い聞かせる
「安澄丸様は良い方です 里は強い方に守られた方が安心というもの あたくしは喜んで 心から望んで安澄丸様のところへ行くのです」

それはそこに控える波也希に伝える為のようでもあり
里の住人には これから安澄丸がこの里の守護者になるのだと教えているようでもあり

伽耶は安澄丸に頭を下げる
「この娘は 諏依はあたくしと姉妹のように育った者 どうか怒りをお鎮め下さいませ お怒りが解けぬのなら あたくしの命を奪って下さいませ」


その姿すら毅然としていて美しく

「心から俺のもとへ来るというか 嘘は無いか」
そう安澄丸は問うた

「嘘偽りなく」と伽耶は答える

「その娘を弔ってやれ  そして気持ちが落ち着いたなら俺のところへ来い 山の端で待っていよう」

それから諏依は里を見下ろす桜の下に埋められた
短い命 春になれば桜の花となり里に戻ってこられるように

波也希は桜の世話もするようになった

里人を里を守るは長の娘の務め この身一つでそれができるなら何とたやすいこと

伽耶を得た安澄丸の兵達はそれまでの略奪者の群れから守護する者達に変わった
それが伽耶ゆえであったのか
彼等がそういう境地に達していたからなのか

とあれ伽耶を見ることで安澄丸の荒ぶる心は鎮まったのだ

桜の花を見るように

春になれば里は桜の花で彩られる
ふわふわと夢のように温かく優しい色に

その花びらのどれかに諏依の魂が宿っているだろうか

ひらひら ひらひら 今年も桜が咲いている

「よたばなし」-30-

2020-03-27 23:09:00 | 自作の小説
ー罪夢ー

ああ また この夢だ

芝居小屋の古い建物 床が抜けそうな舞台
誰も居ない座席

ただ一人残っている若い女
これから売れるはずの女優だった

とびきり美しい
薄暗い小屋の中でも輝くようだ

あたしはこの若い娘が怖かった

その若さ 美しさ

今もー売れ始めの若いコ達を見ると思い出さずにいられない
あの娘は腕が似ている
なよやかな細い腕

そう あたしが殺した娘は爪の形すら美しかった

あたしは妬んだ その美しさ 若さ

あたしの情人(おとこ)だった監督は これからはあの娘でいくーと言った

もう お前は脇に回れーとばっかりに


でも今なら 誰もこの娘を知らない
まだ世に出てはいない


不幸な事故はつきもの
よくあること

古い建物はよく火事がある


そこにいたのは ただの不運


他人の名前で呼び出して

中から出られないように細工して 火をつけた
簡単だった

「誰か! 出して!出して!」「助けて!」「きゃああああ~~~~」

苦し気に咳き込む音
それすら甘美なものとして聞いたのだ

これで もう脅かされない

不幸な事故 世に出る前に死んだ娘

もう誰も覚えていない


遠い昔の話
長い事 思い出しもしなかった


それが何故だろう 今頃になって
見かけた若い娘達に あの娘の面影を見つけてしまう
くっきりした二重瞼の黒目がちの瞳

抜けるように白い肌

黒の中の黒のようだった長い髪

つんとした それでいて触りたくなる唇


夢の中 極上に美しい娘の姿は燃えあがり近づいてくる

炎に包まれて 焼けながら
その腕で あたしを抱きしめようとする

嫌だ! あたしは謝らない
赦しなんてこわない

あたしの地位を脅かそうとしたその美しさが悪いのだ

あたしは悪くない
あたしは自分の場をまもっただけ

しつこくもまだ恨んでいるのか

怨み続ければいい

こんな夢など恐ろしいものか

起きてやる
起きて もっと別な楽しい夢を見直すだけのこと

お前など夢に置き去りにしてやるわ