ーやっと見つけた もう逃がさないー上目づかいで下からねめあげるように見る男は高笑いをした
ー4-
「美女集め?そりゃあ大変な仕事を仰せつかったものね」
かけてきた電話の向こうで あきら子の幼馴染の日向竜子(ひゅうが りゅうこ)は笑い転げていた
「ま・・・いいや そういうことなら面白そうだし会って話そうよ おいで日向軒まで」
日向軒は駅前バス停横にある中華料理屋
中華料理屋なのに一番人気なのがカレーライス
そもそもどうして中華料理屋でカレーライスなのか ここもぶっ飛んだ感性の血筋なのか
駅前商店街の謎の一つだ
あきら子が日向軒に着くと まだ笑ってる竜子が「おじいちゃん あきら子に美味しいの作って」
調理場に声をかけた
裏メニュー 小龍包・酢豚・焼売 小丼に雲呑麺・ミニ炒飯の芙蓉杯のせ・・・・あきら子の好きなモノを知っている竜子の祖父が
特別美味しく作ってくれる
竜子の祖父は 何かとあきら子を可愛がってくれた月静のおじいちゃんと友人だった
「商店街の盛り上げねえ・・・いっそこんなイケメンがいますーってサイトに出すとか
ほらね性格はともかく見た目がいいのがそこそこいるから」
「見た目だけならね」あきら子は溜息ばっか
「貴人流離譚ってあるじゃない 神社かお寺で調べたら どっか偉い人で流されたとか 押し込められたとか
そういうのも一人くらいは見つかるかも
〇〇伝説作れるかもよ」
「〇〇伝説って殺人事件ってつけたくなるからイヤだ」
「注文のうるさいコね相変わらず 多少はヤマっ気も出さなきゃ」
出来上がった料理を受け取りに階段を降りながら竜子が笑う
すっきり色白 竜子も黙っていれば楚々たる美人
日向軒は勿論美味しいのだけれど 竜子目当ての客も多い
「竜子もミスコン出てくれればいいのに」
「あきら子が出るならね 考えてあげてもいいわ」
あきら子の表情が強張る
「髪を短くして着る服を男っぽく変えてもね あきら子はあきら子なの
負けないで」
竜子が励まそうとしてくれていることは 良く分かっている
けれど あきら子はまだ吹っ切れない
恐怖は消えていない
仕事から帰ったら部屋に男がいた
後ろ手で打った110番
男の声を聞いてー気をきかせてくれた電話の向こうの人間が至急パトカーを回してくれた
それで 男がこれまでも部屋に侵入し その画像など男のパソコンにあったとー
知らないうちに住所を探り当てられ
ーもう この街に住んではいられないーあの時思った
もう一人暮らしもできないと
だから生まれ育ったここへ逃げ帰ってきたのだ
「ありがと竜子 感謝してる」
ぼろぼろで戻ってきたあきら子に同居を言いつけ テキパキ物事を進めてくれた竜子
竜子は顔の前で手を振る「よしてよ お互いーじゃない」
竜子もその祖父の竜造も あきら子から家賃も受け取らない
「暇な時に手伝ってくれれば いいから お給金出ないけど」と竜子が言い
「ケチなこと言うんじゃねえ」と竜造
竜造の妻のアキ子はにこにこと笑っていた
だから あきら子は日向軒の三階に住んでいる
廊下を隔てて竜子の部屋
三階には 他に使われてない部屋が幾つか
竜造とアキ子夫婦は二階で暮らす
そして竜子は男山にこう言った
「おかしな事したら承知しないからね 大切に働いていただくのよ」
「ご安心を この男山にお任せあれ!」
「それが安心できないから 念押ししてるんでしょーが!」
年上の男にも強い竜子だった
住む場所も働く所もさっさか決めて
「先のことはゆっくり考えればいいの!
人生は長いんだから
この街はほぼみんな顔馴染み
安心でしょう?
男山氏には仕事中あきら子が一人にならないようにしてくれるように言いつけておいたから」
「竜子 強い・・・・」
「ふふふ・・・ 下手なことしたら日向軒のカレーライス食べられなくなる
ーそう脅しつけたの
男山氏 ここのカレーライスが大好物なの」
そうして・・・・・ちょっと落ち着いてから あきら子は月静のおじいちゃんに会いに行ったのだった
だけどおじちゃんは居なくてー
あの人がいたのだ
月静秋夜(つきしず しゅうや)
おじいちゃんの孫
東京の大学から大学院に進み何かの研究をしていた人
「そうか 君が祖父を気にかけてくれていた あの女の子か
すれ違いだったな 少し前に祖父は死んだ
君のことを自慢していたよ
よくやっていると褒めてた」
学校に通いながら少しモデルの仕事をしていると 月静のおじいちゃんには話してた
月静秋夜は まるでドラマで観る大正時代の書生のような和服の中にシャツ そして袴と ひどく古風な恰好をしていた
あきら子はかなり無遠慮に眺めていたかもしれない
秋夜の方から「この恰好は・・・ちょっとした趣味だ」と言った
秋夜とあきら子が会うのは随分と久しぶり
秋夜がこの山荘を離れた時 あきら子は中学生だった
大人になってみれば4歳の年の差は たいした違いはないけれど
子供の頃は とても頭が良いと評判の秋夜は自分とはかけ離れた存在に思えた
「大学で研究してるって聞いてました」
「ああ・・あれはやめてね 祖父の病気もあって出戻りさ
山の隠居で 山歩きをしているよ」
それ以上 深くは訊けなかった
それでも時々 月静のおじいちゃんの墓参りに行ったついでに寄ったりする
不自由していることはないかと尋ねに
でもそれは口実で 亡くなったおじいちゃんの話をしたいのだ
あきら子の両親と秋夜の両親は同じ交通事故で死んだ
秋夜の父が運転していてー
峠のカーブ 誰かの車が四人の乗った車にぶつかり落とした
誰かは分からないままだ
身寄りが無かったあきら子の親代わりとなってくれたのが 月静のおじいちゃん
あきら子がこの地を離れないでいいように どうやったのか手を打ってくれた
学校がある平日は 月静のおじいちゃんの親友の日向軒の竜造が引き受け
竜子と学校に通う
休みになれば月静のおじいちゃんの山荘で過ごす
ミスコンや商店街盛り上げイベントを話のネタに山荘をあきら子が訪ねると 見知らぬ女性が居た
「あ あの月静さんはー」
その女性の美貌に あきら子は少し焦った
美しい人は多く見てきたつもりであったけれど この女性は格が違う
まるで別世界の住人のような不思議な雰囲気がある
「あなた この雑誌の人?」
眺めていた本をぱらぱらめくり あきら子に問いかけてくる
それは 確かにあきら子が載っている雑誌
月静のおじいちゃんは買ってもくれていたのだろうか
「はい ええ 以前ちょっと仕事してて」
「では もうやめてしまったのね」
「はい もう出来ません」
そんな会話をしているところに秋夜が帰ってきた
「ああ 会ったのか あきら子ちゃん こちらは銀 季夜(しろがね きよ)さん
遠縁でね 静養に来てる
季夜さん 死んだ祖父が可愛がっていたあきら子ちゃん
男の一人暮らしを案じてくれている
必要な買い物があれば頼むといい」
「そうか 着替えを頼めるかな
ここにあった着物を使わせてもらっているのだが 動きやすいいま風の
そうこの本にあるような
そんなものも着てみたいと思っている」
「ここは片田舎だから そうそう洒落たものはありませんが
どういうのが良いか その本から選んでくれませんか」
あきら子が言えば 季夜は長椅子に一緒に座って 自分にも似合いそうなものをみてくれと言った
買う品が大体決まったあたりで あきら子は寂れた商店街に人を呼ぶイベント話し合いについて二人に教える
季夜さんが出れば優勝間違いなしだけれど 他の参加者から恨まれそう
美しい 恐ろしいほどに
なのに気さくなー
不思議な女性(ひと)
そう あきら子は思ったものだ