Casa Galarina

映画についてのあれこれを書き殴り。映画を見れば見るほど、見ていない映画が多いことに愕然とする。

マグノリア

2008-07-19 | 外国映画(ま行)
★★★★★ 1999年/アメリカ 監督/ポール・トーマス・アンダーソン
「生きることの本質を強烈な語り口で見せる傑作」



189分と言う長尺ですけど、何度見ても飽きません。傑作です。それぞれのエピソードは、川の支流のように途中で合流したり、離れたりを繰り返しながら、死や別れの予感に向かって突っ走っていく。この独特のドライブ感を生み出すのが、P・T・アンダーソン監督は実に巧い。音楽やカメラ、エピソードのつなぎ方がとてもリズミカルで、観る者を飽きさせない。前作の「ブギーナイツ」同様、最初の1時間はあっと言う間に過ぎ去ってしまいます。忘れないうちに言っておきますが、エイミー・マンの音楽がすばらしいです。

本当にヘンな奴ばっかり出てきますが、このキャラクターを考えるセンスには脱帽します。そしてこの特異なキャラクターをそれぞれの俳優陣が精魂込めて演じている。俳優陣全てに主演俳優賞をあげたいくらいです。ジュリアン・ムーアもフィリップ・S・ホフマンもいいのですが、何と言ってもトム・クルーズでしょう。これ以上のトム・クルーズを私は観たことがありません。男根教とも呼ぶべきイカサマSEX宗教のカリスマですが、そのイカれっぷりは圧巻です。

そして、スラング大会のように実に下品な言葉が次から次へと出てくる。罵ったり、蔑んだり、英語に精通した上品な方なら、耳を塞ぎたくなるような口汚さですね。ジュリアン・ムーアのセリフの90%はFUCKとSHITで成り立っているんではないかというくらい。でも、この俗悪さこそ、P・T・アンダーソンの強烈なオリジナリティであり、かつこの作品を傑作たらしめているものの一つだと私は思っているんです。

これらの汚いセリフは、彼らが地面を這いつくばって生きる、生き様そのものであり、魂の叫びのように聞こえます。どんなに下品であろうと、心の底から絞り出される悲痛な叫びであるからこそ、彼らは救われる。あまりにも、奇想天外な奇跡によって。初めてこの作品を見たときは、この唐突に起きる奇跡に声をあげて驚いたのですが、なぜかすんなり受け入れられたんですね。その腑に落ちるための伏線は、冒頭幾つかのエピソードで張られているのですが、それ以上に人間は「人生というものは何が起きるか分からない」と直観的に理解できているからだと感じられてなりません。己のどうしようもない所で、人間は生かされているのだ、という哲学的な見地から眺めたくなる作品。しかもそれが俗悪極まりない人物たちによって、創り上げられている。のたうち回って生きる彼らこそ、人間として最も美しく尊い存在に見えるのです。