うざね博士のブログ

緑の仕事を営むかたわら、赤裸々、かつ言いたい放題のうざね博士の日記。ユニークなH・Pも開設。

こころにナイフをしのばせて

2007年06月10日 07時59分19秒 | 活字中毒の日々、そして読書三昧
先日のテレビで、神戸の酒鬼薔薇事件と似た事件が昔もあったとして07:00から1時間放映された。
 【テレビ朝日;6/2 特捜!「もう一つの酒鬼薔薇事件」】

 テレビではドラマ形式で進行するが、舌足らずな内容に終始した。再度、放送枠を十分にとり放送してもらいたいものだ。残念な話である。
 時代は70年安保をひかえた大学紛争が激しい、東大の安田講堂に機動隊が導入された頃。昭和44年、1969年 4月23日午後。場所は神奈川県川崎市鷺沼付近、東名川崎IC近くの私立サレジオ高校周辺で高1の同級生が同じ生徒を殺害したもの。首をナイフで切り落とした残虐な事件である。
 今まで、当時の少年法により具体的な動機、犯意から詳細な事件内容、そしてその後の犯人の経過が明らかにされないままで来た。全貌が公表されないでいたのだ。
 事件後の被害者・加賀美家の家族のズタズタにされた生活、人生はわたしにとって想像を絶するものだ。あまりの残酷さに母親は精神錯乱から記憶喪失になり、父親は家族を守るよすがにするために会社をやめて珈琲店を開業する。唯一の妹はリストカットを繰り返す私生活を送り、紆余曲折の生き方を強いられる。
 それに反して、その後少年Aは少年院、医療少年院を出て社会復帰する。「更生」し、前科も残らない。姓を変え成長して有名私立大学法学部に進む。今は東京郊外の地方の名士として弁護士事務所を4階建て自社ビルにて開業している。社会正義を標榜する職業に就いているのだ。初めから終わりまで、一切、直接の謝罪はなし。当初約束した、慰謝料720万円もほんの一部しか払わずのうのうとこの社会で生きている。
 わたしは昨年8月刊行の、「こころにナイフをしのばせて」-奥野修司・文芸春秋刊- を書評誌で知り、あまりの酸鼻、無常さに一気に読んだものだ。この本は家内にも薦めた。肉親の情のやるせなさに打たれたのだ。

 最後に一言。この奥野修司氏の被害者家族への困難なインタビューを中心にまとめた、文章・内容・構成の才能に賛辞を送りたい。一見地味な語り口のようであるが、難しい言葉、巧みな言い回しではなく、真摯な取材に裏打ちされた平易な文章力に脱帽である。力量はあり、わたしは知らなかったが、以前に大宅壮一ノンフィクション賞を受賞した経歴の持ち主である。
     
コメント
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