船舶工兵第十連隊本部の第二中隊が、正式な配属先名である。
部隊長は、陸軍中佐横尾紋太郎、中隊長は岡本良春中尉、小隊長はクチン以来の教官でもあった三宅少尉で幹部候補出の若い将校であった。
入隊日は、中隊から盛大な歓迎を受けて、軍隊とは思えないほどの親切さであった。
班長や教育兵からも色々と優しく教えられて、その日は、赤飯と頭付きの魚で祝ってくれたのである。
その晩は、初年兵の名簿を見て知ったのか、下士官や古年兵からの呼び出しもあった。
何の用事かと思い、大声で「班長殿に言われて参りました・・・・」と言って何人かの下士官を訪ねた。
「お前は百島の生まれか。俺は福山だから今後何かあった時には、心配せず俺に言って来い。悪いようにはしないから」と云い、「三班には沼隈の武田班長もいるから、今度会いに行って来い」とも云って呉れた。
他にも何人かの上司にも呼ばれたが、皆からも同じ様な事を聞いたのである。
その晩は、早く休ませてくれた。
翌日、教育班長の井上文七軍曹から、入隊時に持っていた貴重品は、全て預けるようにとの通達があった。
私も、自分の腕時計や野戦郵便貯金の通帳等を預けることになったのである。
あの時、班長が、私の通帳の預金高を見て、ひどく驚いたのである。
「お前には、何故こんなにお金があるのか? 部隊の将校でも、これ程の貯金はない」と言われて、説明するのに困った。
「私は、入隊前の会社でダイヤモンドを持っていたのですが、入隊して持っていても仕方ないので、売却して貯金したのです」と云った。
その為、貯金が三千円以上になったと、入隊前の事情を説明したのである。
部隊長は、陸軍中佐横尾紋太郎、中隊長は岡本良春中尉、小隊長はクチン以来の教官でもあった三宅少尉で幹部候補出の若い将校であった。
入隊日は、中隊から盛大な歓迎を受けて、軍隊とは思えないほどの親切さであった。
班長や教育兵からも色々と優しく教えられて、その日は、赤飯と頭付きの魚で祝ってくれたのである。
その晩は、初年兵の名簿を見て知ったのか、下士官や古年兵からの呼び出しもあった。
何の用事かと思い、大声で「班長殿に言われて参りました・・・・」と言って何人かの下士官を訪ねた。
「お前は百島の生まれか。俺は福山だから今後何かあった時には、心配せず俺に言って来い。悪いようにはしないから」と云い、「三班には沼隈の武田班長もいるから、今度会いに行って来い」とも云って呉れた。
他にも何人かの上司にも呼ばれたが、皆からも同じ様な事を聞いたのである。
その晩は、早く休ませてくれた。
翌日、教育班長の井上文七軍曹から、入隊時に持っていた貴重品は、全て預けるようにとの通達があった。
私も、自分の腕時計や野戦郵便貯金の通帳等を預けることになったのである。
あの時、班長が、私の通帳の預金高を見て、ひどく驚いたのである。
「お前には、何故こんなにお金があるのか? 部隊の将校でも、これ程の貯金はない」と言われて、説明するのに困った。
「私は、入隊前の会社でダイヤモンドを持っていたのですが、入隊して持っていても仕方ないので、売却して貯金したのです」と云った。
その為、貯金が三千円以上になったと、入隊前の事情を説明したのである。