D・H・ロレンス, 照屋 佳男 訳, 中央公論新社 (2018/11).図書館の本.
この著者の「チャタレー夫人の恋人」は1950年代に猥褻であるとして,その翻訳が裁判で争われた.チャタレー裁判という名詞だけは覚えている.大学生になってから,岩波文庫版の「息子たちと恋人たち」を読んだという記憶はあるのだが,内容はちっとも覚えていない.
この「麗しき夫人」は,訳者が著者最後の短編集「馬に乗って立ち去った女 その他」から選んだ6編の新訳.訳者後記によれば,本物の人間・人間としての実力を有する人間と,偽の人間・人間としての実力を失っている(失いかけている)人間との対比がテーマだそうだ.この視点は訳者独自のものらしい.
本物対偽物の対比がはっきりしているのは最初の短編「太陽」だが,残りの作品は対比があからさまでなく,そのぶん面白い.
「国境沿いの地域」では前夫の亡霊が現夫=贋人間をとり殺す.他にも「最後に笑う者」など,偽人間は死んでしまうという結末が多い.
「愛に淫して」は意外なハッピーエンド.べたつくように愛する愛は贋の愛なんだそうだ.
「麗しき夫人」は,一番長く,麗しき夫人=偽人間で,そのマザコン息子に好意を持つ女性の立場から描かれる.ちょっとミステリっぽい小道具が使われたりする.
「チャタレイ...」も新訳がいくつか出ているので,読んでみようか.
装丁・本文組 濱崎実幸.