【卓上四季】:五輪の利用
『漂流する日本の羅針盤を目指して』:【卓上四季】:五輪の利用
評論家小林秀雄は1936年のベルリン五輪の記録映画に興奮したようだ。エッセー「オリムピア」にこうある▼「映画を見て非常に気持ちがよかった。(中略)健康というものはいいものだ。肉体というものは美しいものだ」。砲丸投げのシーンを思いながら「精神が全く肉体と化する瞬間」に息をのみ、鍛え上げられた身体が躍動し爆発するその一瞬を「実に鮮やかな光景である」と記した▼選手はこの日のために厳しい練習を積み、最高のパフォーマンスへと集中する。それは昔も今も変わらない。ただ、この五輪は選手の思いとは別に、初めて政治利用されたことで知られる。ヒトラー率いるドイツは「ナチスの栄光を誇示する手段として十二分に活用した」(池井優「スポーツの政治的利用」慶応義塾大学法学研究会)▼小林が見た映画もその一つだ。宣伝のための事務所も海外40カ国に置き、パンフレットは13カ国語で作成して、約140万部を世界中に配布したという。五輪は政治的独立を掲げていた。にもかかわらずだ▼それから85年。この間、五輪が政治に翻弄(ほんろう)される場面は何度もあった。今夏開催予定の東京五輪も政治介入が指摘された。大会組織委会長の辞任劇でのことである▼コロナ禍の行方は見通せないが、政府が何とか開催し、今年の選挙も見据えて政権浮揚につなげようと考えているなら、かつての行いと変わるまい。2021・2・28
元稿:北海道新聞社 朝刊 主要ニュース 社説・解説・コラム 【卓上四季】 2021年02月28日 05:00:00 これは参考資料です。 転載等は各自で判断下さい。