「老人タイムス」私説

昭和の一ケタ世代も高齢になりました。この世代が現在の世相をどう見て、考えているかーそのひとり言。

戦前にはなかったこの猛暑

2013-07-09 06:18:11 | Weblog
九州から四国、近畿、東海地方にかけて梅雨明け宣言が出たとたんに日本列島は猛暑である。昨日山梨県甲州市では38.6℃を記録した。僕が住む東京でも35.0℃を越えた。僕の記憶では戦前、戦中にはこんな暑さはなかった。夏休みの日記帖には毎日の気温を記す欄があったが、30℃を超す日は珍しかった気がする。

僕は、このブログを書くまで日本の最高気温は1933年(昭和8年)7月25日、山形で記録した40.8℃だとばかり思っていた。ところが気象庁の日本の最高気温ベスト.テンによると、2007年8月25日に熊谷(埼玉県)多治見(岐阜県)でそれぞれ41.29℃が記録されている。さらに、驚いたことには、このベスト.テンには戦前の記録は山形(第3位)と1927年に宇和島(愛媛県)で記録された40み℃(第11位)の二つしか入っていなかった。

この猛暑で毎日のように熱中症患者が出ているが、戦前昭和の頃には「熱中症」とい言葉さえなかった。真夏の日中、僕らがセミやトンボとりにえかけると、”日射病”になるからと麦わら帽子をかぶらされた記憶がある。当時、東京の区部でも冷房のある家はほとんどなかった。わが家には扇風機さえなかった。今、考えてみると、寝苦しい夏の夜には戸をあけて寝ていたような気がする。今と違って木造の家で風通しが良かったのである。

昨日、用事があって老妻と一緒に日中外出しようと思ったら、娘から止められた。若い時は暑さには強く、夏痩せもしないと自負していたが、昔の暑さと違ってきた。せいぜい、水をこまめに飲み、冷房をきかした部屋で熱中病にかからないよう、じっとしているより仕方がない。