娘むこが連休を利用して故郷函館のクラス会に参加してきた。その土産の一つに僕の所望で道南江差の五勝手屋の羊羹を買ってきてくれた。明治3年創業の老舗の羊羹で、昔から丸い容器に入って、一口づつ、容器についている糸で切って食べる。昔は、こうした仕掛けで食べる羊羹が全国各地にあったが、今は少なくなり、戦前昭和の少年の郷愁を誘う。
北海道の土産物の銘菓ナンバー.ワンといえば、今や札幌の「北の恋人」である。台湾、韓国、東南アジアの観光客の土産物の定番になっているそうだ。この「北の恋人」は昭和51年に発売されている。僕は昭和47年の札幌冬の五輪の年から56年まで札幌に在勤していたから「北の恋人」というネーミングが、札幌五輪で沸き立っていた当時の北海道の雰囲気にピタリだったと懐かしく感じる。
当時、東京に帰国する際の土産物は、新鮮な海産物や農産物には事かかなかったが、ちょっとした手土産はあまりなかった。札幌の「山親父」(熊)といった甘い煎餅や函館トラピスト修道院製のクッキー、洞爺の「わかさイモ」、北見の「ハッカ豆」が主流だったようだ。ところが、今や新札幌空港の待合室の売店では、なにを選んだらよいか困るほどだ。
「北の恋人」と並んで人気のある六花亭の「マルセイ.サンド」も、昔、僕がいた頃は札幌ではそんなに有名ではなかった。”マルセイ”とは○の中に「成」の字を書く。「成」は十勝地方の開拓者、依田勉三が作った開拓団体「晩成社」に由来するものだそうだ。由来から見ても、元は十勝地方限定の銘菓だったが、今や札幌,函館などの大型売店には観光バスが停まるほどだという。
北海道は観光資源に恵まれている。土産物ももっと開拓の余地がある。ハスカップで作った苫小牧限定の菓子「よいとまけ」が、昨年の紅白で美輪明宏が歌って話題になった「よいとまけの唄」で、脚光をあびて原宿にまで進出したとのこと。低空飛行を続ける北海道経済にはよいことだ。
北海道の土産物の銘菓ナンバー.ワンといえば、今や札幌の「北の恋人」である。台湾、韓国、東南アジアの観光客の土産物の定番になっているそうだ。この「北の恋人」は昭和51年に発売されている。僕は昭和47年の札幌冬の五輪の年から56年まで札幌に在勤していたから「北の恋人」というネーミングが、札幌五輪で沸き立っていた当時の北海道の雰囲気にピタリだったと懐かしく感じる。
当時、東京に帰国する際の土産物は、新鮮な海産物や農産物には事かかなかったが、ちょっとした手土産はあまりなかった。札幌の「山親父」(熊)といった甘い煎餅や函館トラピスト修道院製のクッキー、洞爺の「わかさイモ」、北見の「ハッカ豆」が主流だったようだ。ところが、今や新札幌空港の待合室の売店では、なにを選んだらよいか困るほどだ。
「北の恋人」と並んで人気のある六花亭の「マルセイ.サンド」も、昔、僕がいた頃は札幌ではそんなに有名ではなかった。”マルセイ”とは○の中に「成」の字を書く。「成」は十勝地方の開拓者、依田勉三が作った開拓団体「晩成社」に由来するものだそうだ。由来から見ても、元は十勝地方限定の銘菓だったが、今や札幌,函館などの大型売店には観光バスが停まるほどだという。
北海道は観光資源に恵まれている。土産物ももっと開拓の余地がある。ハスカップで作った苫小牧限定の菓子「よいとまけ」が、昨年の紅白で美輪明宏が歌って話題になった「よいとまけの唄」で、脚光をあびて原宿にまで進出したとのこと。低空飛行を続ける北海道経済にはよいことだ。